池のほとりで
初めまして。氷村はるかといいます。「小説になろう」では初めての投稿になります。絵画を鑑賞していて頭の中に流れてきたワンシーンを膨らませて書いた小説の一つです。ぜひご一読ください。
あの池にはね。
小さな住人がいるんです。
あれは私がまだ幼い頃、父の仕事のためここへ引っ越してきたのです。
その時にはすでに庭に池が造られていました。季節になると睡蓮が咲き、暗く冷たい印象を与える水辺にピンクの花が温かみを加えてくれているのです。
両親はなぜか不気味がり近づく事はありませんでした。けれど私は大好きで学校が終わるとすぐに帰り、夕方母が呼びに来るまで池のほとりにいました。
「いつまでいるの?」
渋々立ち上がった私の視界の隅を、大きな虫の様なものが飛んで行ったのです。何だったのかと辺りをよく見てみましたが、もう何の気配もありませんでした。
ある日。父は私の為にランプを一つ作ってくれました。
「これがあれば少し暗くなっても転ばないだろ」
私は嬉しくてその日からランプを片手に池へ遊びに行くようになりました。
薄暗くなるとランプに明かりを灯し、ただ、じっと池を眺めるのです。昼間の景色と違いどこかもの哀しい中に生き物の生きている気配を感じる。
その生き物が何なのか。
不思議に思いどんな生き物がいるのだろうと探り始めたのです。
「ただいま。まだ外に居たのか」
父は帰ってくると家の中へと私を連れて行くために、片腕で私を抱え上げ、もう一方の空いている手でランプを拾い上げようとしました。
「しまった!」
ランプは父の手をすり抜け池の中へ。
私は自分から、父の肩から体を離し池の中へ落ちました。
水に包まれ池底へと誘われる私には、驚きに歪む父の顔が何を言っているのか届きませんでした。
「そして気づいた時にはこうなっていたと?」
呟くように言う青年は、この薄暗い池のほとりに立つには似合いすぎる。
どこか憂い気な雰囲気を持ち。瞳には生きる希望がないように輝きを失い、表情を出すことがないように思えた。
「気が付いた時に初めて目に飛び込んで来たのは、私が探していた人達でした」
青年の肩から一筋の光が出て来て空中に停まる。
光はやがて落ち着き、一人の小さな妖精が姿を現したのだ。彼女は背中にある透明な羽をパタパタと動かせて見せた。
「君の願いは叶ったんだね」
「そうでもないわ」
小さい彼女は彼の肩に座ると俯いてしまう。
「私は家族と暮らせなくなりました。この姿になってから両親の元に何度も姿を現せてみたのですが」
そこまで言うと言葉を詰まらせた。
先は言わなくても分かる。
側にいても両親には妖精となった彼女の姿が見えなかった。
そうに違いない。青年はそう感じた。
そして彼女のように生きていても人に見えない存在になりたいと強く願っている。そうすれば、誰に見えずともあの人の側に居られる。
身分違いの恋に思い悩んでいた青年は、この暗くどこか哀し気な雰囲気を持つ池に好感を抱いたのだ。
「君は友達はいないの?」
「友達?」
「僕には君しか見えないけれど」
彼女は再び肩から飛び出すと空中に円を描くように飛び嬉しそうに言う。
「いますよ、たくさん!けれど人間の前には姿を出したくないの」
「そうなんだ」
青年は池の中に一歩踏み入った。
「何をしているの!」
息を切らせて走ってきたのは、青年とは対照的に明るい感じの少女だ。
身なりから良い暮らしを送っていることが分かる。年は同じ頃だろう。
少女は青年の腕を強く引っ張った。
「なぜ池に入ろうとしたの?危ないじゃない!」
「別に。入ろうとしたわけでは」
少女は青年の両足を指差して興奮しながら言う。
「靴はどうしたのよ。足だって濡れてるじゃない」
彼女の興奮ぶりが理解できないとでも言うように静かに言う。
「僕が自らとでも?」
「思ったわよ!日に日に思い悩んでいくあなたを見ていたんですもの」
「僕のことを?」
青年の表情が初めて動いた。
彼女の言葉に心底驚くと共に、自分の気持ちが知られたのではないかという不安が混じる。少女は青年に遠慮もせず抱きついた。
「お嬢様、離してください!」
「嫌よ。離すもんですか!」
肩を震わせる少女を青年は抱きしめた。
「私の負けです。貴女には敵わない」
「身分なんてどうでもいいのよ。一緒にいたいの」
互いに抱きしめ合う二人を小さな彼女は見ていた。にっこりと微笑み二人の頭上で一房の花を振る。
そこから広がり舞い落ちたのは幸福を運んでくると信じられているもの。
睡蓮から作られる妖精の水。
「二人ともお幸せに」
祝福する小さな住人の声はもう、彼には届かなかった。
目を通して頂きありがとうございます。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
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2015.9.21 Mon