縄
最初は、ほんの些細な好奇心だったのです。
「両手の自由を奪われると興奮するそうだよ、やってみない?」
そう彼が言うので、私は痛くしないのならと言う条件の元実行することに致しました。
彼はタオルを使って、私の手を後ろ手に縛りました。
そうして行われたその日の営みは確かにいつもとは全く違う興奮を得ることができました。
その後私たちの営みには時折タオルが使われることになりました。
ある日、彼は言いました。
「今日は手ではなく目を隠してみよう」
両手は自由になりましたが、今度は視界が不自由です。
そうなると彼がいつ私に触れるか分からなくなり、とても敏感になりました。
それから私たちの営みにおいて、手を縛る、あるいは目隠しがされることが増えていきました。
時には両方行われることもあり、そうなってしまうと私はたまらなくなってしまうのです。
ですから、彼がもう少し過剰なことを言い出すのは、ある意味では当たり前だったのです。
「体中に縄を掛けてみないか?」
私たちの夜の営みは、すでにそういった過剰な刺激を求めて模索する行為となっていましたので、私は快諾しました。
痛くはしないんでしょう、そう聞くと、彼はもちろん、と答えてくれました。
彼との行為の中で、私は痛みや苦しみは与えられたことがありません。
ですから、彼の申し出を安心して受けられたのです。
最初こそ、ただ縄を横に掛けていただけだったのですが、今ではとても専門的な縛り方もできるようになりました。
今、私は、体中に縄を掛けられ、柔らかな布で視界を奪われています。
縄は僅かに肌に食い込んではいますが、痛みは感じません。
しかし、身体の自由が奪われ、胸が強調され、慎ましやかに隠さねばならぬところを晒されているというのは、羞恥を煽りながらも思わず熱いため息をこぼしてしまうものです。
「綺麗だね」
と、彼は私の肌を撫でます。
今から何処を撫でるとは言いませんので、私は驚き小さく身体を浮かせてしまいます。
最初こそ、怖がらないで、とか彼は言っていたのですが、最近ではそういった言葉を掛けてくれはしません。
その代わり、大丈夫だよ、と言ってくれるのです。
そうして撫でられているうちに、私の身体は彼の手を受け入れ始めます。
驚いて声を上げたりすることは無くなり、その代わり、自分のものとは思えない艶かしい声が出てくるのです。
彼は縄に沿って私の肌を撫でます。
指先でゆっくりと、時たま縄と肌の間に指を入れたりもします。
柔らかな胸は包むようにして揉むこともありますし、強く押すようにすることもあります。
飾りに舌を這わせることもありますし、指先で弄ぶ時もあります。
彼は、私の肌を堪能すると、私のもっとも敏感な箇所に手を滑らせてきます。
そこはもう彼の愛撫によって彼を受け入れる準備を整えてしまっています。
物の本で読んだのですが、こういった縄を使った行為の際、男が女に向かって罵声を浴びせたり、女の自尊心を傷つけるような台詞を吐きかけるといった場面がしばしば見受けられます。
特に女が男を受け入れる準備を済ましてしまった場合においては、聞くに堪えない言葉を女に向かって掛けるのです。
しかし彼はそんなことはしません。
準備の整っている私の身体をほぐしながら、とても愛おしそうな声を出します。
「君は本当に僕の事を愛してくれているんだね」
彼が言うには、このような非常識な行為でも私がきちんと反応するのは、私が彼を愛しているからだそうです。
彼は私の身体を労わり、苦痛なくこの行為を楽しめるようにしてくれます。
そんなふうに愛情を掛けられては、応えないわけにはいきません。
私は彼の手によって身体中が火照り、思わず身体をのけぞらせてしまいます。
そして、彼はとうとう私の身体に彼を埋め込みます。
私は彼に我慢をしないでと言い、彼は私に無理をしないでほしいと言います。
私たちはお互いを労わりながら行為を続けます。
彼と私の身体を隔てるものは何もありません。
彼の熱も私の愛も、すべて直接伝わってくるのです。
私たちを隔てるものは、私たちの皮膚そのものだけなのです。
行為の後に縄を解くのは、開放感と共に寂しさを感じます。
彼のいない間、私は自分に縄を掛けたりもしますが、全く何も感じません。
だから、私はずっと待っているのです。
「今日は―――」
嗚呼、夜が待ち遠しい。