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第46話 秀明の野望

 披露宴会場のホテルにレイトチェックアウトの設定で宿泊した美子達は、翌朝にゆっくりと起き出し、のんびりブランチを済ませて十二時にチェックアウトした。

 予め荷物を纏めてホテルに持ち込んでおいた為、用意しておいた婚姻届を区役所に提出したその足で、新婚旅行に出発した二人だったが、その日の十八時から秀明の故郷での宴会に参加する事になっていた為、夕方に目的地の手前の市で途中下車し、駅前のホテルにチェックインして荷物を運び込む。そこで二人は時間調整をして、バッグだけを持って再びホテルを出た。


「ええと……、ここは公民館よね? ここで待ち合わせ?」

「いや、ここでやるから」

「……そう」

 かつて来訪した時と同様に隣町の駅で電車を降り、タクシーを拾って向かった先で降り立った美子が、目の前の建物を見上げて困惑顔で尋ねたが、秀明は事も無げに答えた。それを聞いた彼女は、思わず遠い目をしてしまう。


(確かに、町中に大きな宴会場があるホテルとか、規模の大きい飲食店はなさそうだったものね)

 美子がそう自分を納得させていると、《中央公民館》と書かれた正面玄関らしき所から、一人の同年輩の男が、秀明に呼びかけながら走り出て来た。


「秀明、久しぶりだな! 結婚おめでとう!」

「ありがとう、良治。今日は世話になる」

 駆け寄った相手と笑顔で握手してから、秀明は美子に向き直って彼を紹介した。


「美子。今回仕切ってくれる、武田良治だ。中学時代も生徒会長として、校内を仕切っていたからな」

「そして副会長のお前が、陰で操っていたんだろうが」

「俺は昔、内気で繊細だったんだ」

「何を言ってる」

 苦笑いで小突いてきた良治に、秀明も上機嫌に言い返す。そんなやり取りを見た美子は、(やっぱりその頃から、黒幕って感じだったのね)と納得して笑ってしまった。そして相手に向き直って、軽く頭を下げる。 


「はじめまして、藤宮美子です。今回はお手数おかけします」

 すると良治は、慌てて真顔になって頭を下げた。


「いえ、せっかくこちらに出向いて貰ったのに、同窓会の延長みたいな祝いの席になってしまって、恐縮です。八十人以上来る予定なので、ホールにシートを敷いて立食形式にしていますし」

「それは構いません。秀明さんがなるべく多くの同級生の方と、顔を合わせる事ができれば良いと思いましたので。それよりも武田さん、公共施設を借りて準備するのは、大変でしたよね?」

「それほどでも。同級生に公民館に就職した奴がいるので、手続きとかは丸投げしました」

 あっさりと笑って応じた良治に(やっぱり基本的な所は、この人と類友かも)などと思いつつ、美子が無意識に秀明に視線を向けると、どうやら考えた事が分かったらしく、秀明が苦笑いを返した。


 それから公民館内の小会議室で、準備が整うまで少し二人で待つ事になったが、再び良治が呼びに来てホールへと案内された。そして彼が出入り口の扉を押し開けて二人を中に誘うと、大勢の人間が歓声を上げて秀明達を迎え入れた。

 正面にステージ、後方に階段状の観客席があるホールは、中央部がバスケットやバレーの試合もできる様な平らなスペースで、そこに土足で入り込んでも良い様に一面にシートが敷かれ、壁際に飲み物やデリバリーの料理を並べた長机が、幾つも連なって並べられていた。そして美子は、ふと不安に襲われる。


(ちょっと待って。まさか私達だけで、ステージに上がったりしないわよね? そんな悪目立ちするのは、流石に嫌なんだけど?)

 しかし彼女のそんな懸念は、ステージの手前に一つだけ出されていた長机と、そこにあった二つのパイブ椅子を見て綺麗に消え去った。そして美子の推察通り、良治が「まず、ここに座って下さい」と説明する。そして二人がその席に座り、目の前にビールが注がれた大き目のプラコップが置かれると、良治がざわめいていた会場を一度声をかけて静かにさせてから、開会を高らかに宣言した。


「それでは! 我らが愛すべき悪ガキ江原秀明君と、哀れな生贄の藤宮美子さんの結婚を祝して、乾杯!」

「かんぱ~い!」

 良治の音頭に合わせて、会場中から一斉に楽しげな声が上がったが、その開会宣言を聞いて美子は噴き出し、秀明は苦笑いの表情になった。


「お前ら、今のは全然祝いの言葉じゃ無いぞ?」

 しかし秀明の抗議の声もなんのその。周囲で好き勝手に言い合う声が響く。


「いやぁ靖史が言っていたけど、本当にまともな女性だよな~」

「本当に。江原君と結婚する様な人って、当時は全然想像できなかったもの」

「こんなカタギのお嬢さんを騙して誑し込むとは……。俺はお前を、そんな男に育てた覚えは無いぞ!」

「良治。生憎と、俺もお前に育てられた覚えは無い」

 若干うんざりした表情になった秀明の肩を掴みながら、ここで良治が美子に申し出た。


「美子さん、こいつをちょっと借りて良いですか? 十五年ぶりに、男同士の話をしたいので」

「はい、もう煮るなり焼くなりお好きな様に」

「美子、お前な……」

「ほらほら、ちょっと来い」

「お前には聞きたい事が、山ほどあるんだからな」

 にっこり笑って頷いた美子に、秀明は文句を言いたげな顔になったが、忽ち周囲に群がった複数の男達に囲まれて、フロアの中央辺りに引き摺られて行った。


 最初は嫌そうな顔をしていたものの、すぐに笑顔になって周囲と笑い合い、勧められるままビールを飲んでいる秀明の様子を、美子はそれから一人笑顔で観察していた。

(本当に楽しそう……。やっぱり提案してみて良かったわ)

 そんな事を考えながら、ちびちびと一人でビールを飲んでいると、横から声がかけられた。


「お久しぶりです、美子さん」

 その声に顔を上げると、靖史がコップ片手に佇んでいるのを認めて、美子は椅子から立ち上がって礼を述べた。

「勝俣さん。先日は送って頂きまして、ありがとうございました」

 それに彼は小さく頷いてから、申し訳無さそうに言い出す。


「すみません、良治達が秀明を連れ出して、この場に全然知り合いが居ない美子さんを一人にしてしまって」

「お気遣い無く。皆さん久しぶりに顔を合わせた同級生と、話したい気持ちは分かりますし。元々傍観するつもりで来ましたから」

「そうですか。何だか色々とすみません」

 どうやら気を遣ってくれたらしいと分かった美子は、笑顔で空いている隣の席を勧めた。すると靖史も素直に腰を下ろした為、思った事を正直に話してみる。


「観察していると、本当に楽しいですよ? 彼がああいう屈託のない笑い方をするのは、珍しいですし。普段はもっと……。何て言うか、皮肉っぽい笑い方が多いかと」

「そうですね。でも元々秀明は、あんな風に笑う奴だったんですよ」

 その口調に、若干の苦みと寂しさが内包しているのを察した美子は、静かに言葉を返した。


「そうですか。やはり私よりも皆さんの方が、あの人の事を知っていそうですね」

 すると靖史が、唐突に話題を変えてきた。


「俺は東京の私立大学に進学したので、向こうで一人暮らしを始めてから、偶に都内で秀明と顔を合わせていました」

「そうだったんですが。存じませんでした」

「でもあいつ、俺達の前から姿を消してから、三年ちょっとで凄く印象が変わっていて……。入学直後に久しぶりに顔を合わせた時、殺伐とした感じになっていて、一瞬別人かと思った位でした」

「そうですか……」

(やっぱり白鳥家に引き取られてから、相当やさぐれたのね。想像は付くけど)

 苦々しい思いを覚えつつ、美子が溜め息を吐きたいのを堪えていると、靖史が引き続き真顔で述べる。


「一応笑ってはいましたが、どことなくつまらなさそうで。生気が無いって言うのとは、また違うんですが……。正直、心配していたんです。こいつは将来、とんでもない犯罪者になるんじゃ無いだろうかって。埒も無い考えでしたが」

(確かに、犯罪行為を微塵も躊躇わない人間になったわね。頭と運がすこぶる良くて、今まで捕まらずに来たけど)

 確かに人生を踏み外しかけてました、などと言えず、美子は無言で項垂れた。するとここで靖史が何やら若干明るい口調になって、話を続ける。


「でも大学に入って一年位経過したら、随分マシな表情になっていて。何かあったのか聞いてみたら『一緒になって馬鹿をやったり悪さをする、ろくでなしの相方ができた』とか言って。そんな風にふざけて言う様な、凄く仲の良い友人ができたんだなって、安心したんです」

 晴れ晴れとした口調と表情で靖史はそう述べたが、十分心当たりの有った美子は、無意識に顔を引き攣らせた。


(それって絶対、小早川さんの事……。あなた達在学中に、一体何をやらかしてたのよ!?)

 本気で頭痛を覚え始めた美子だったが、靖史は笑顔のまま話を締め括った。


「だけど今日の秀明は、これまで以上にいきいきとしていて驚きました。昔通りの笑顔だし。きっと美子さんと結婚したおかげですね」

「いえ、今日は久しぶりに皆さんとお会いして、嬉しいだけだと思いますが」

「それもあるかとは思いますが、全てでは無いですよ。今後とも秀明の事を、宜しくお願いします」

「はい、任されました」

 深々と頭を下げた靖史に、美子も笑顔で応じる。そして二人で笑って世間話をしていると、突然靖史の背後から腕が回され、秀明が軽くヘッドロックしながら文句を言ってきた。


「おい、靖史! 他人の嫁に、何手を出してんだ!」

 早くも酔い始めている気配の秀明を、靖史が苦笑いで見上げる。

「あのな……。超絶に扱いにくくて問題児のお前が愛想を尽かされない様に、美子さんにお願いしていた所だ」

「可愛くないぞ、靖史。昔は俺の後を、パタパタ付いて来てたってのに。そんなに物を斜めに見る様になりやがって」

「秀明は物事を裏返しに見るだろう? それよりはマシだ」

「何だと? 本当に生意気になったよな、お前!」

 そして上機嫌の秀明に拉致されて、靖史もフロアの中心に引き摺られて行かれ、美子は再びテーブルに一人になった。しかし別段寂しいともつまらないとも思わず、笑顔で固まって談笑している秀明達を眺める。


(もしこの町でずっと母親と二人で暮らしていたら、きっとひねくれずに育ったわよね。……何かムカついて来たわ。あの夫婦の間抜けな写真を撮っておいて、ネット上に拡散させる位はしても良かったかも。誰か撮っていなかったかしら?)

 何となく白鳥家の事を考えて、美子が一人でムカムカしていると、数人の女性の集団がやって来て、美子に声をかけた。


「美子さん、男共が江原君を離さなくて、ごめんなさいね?」

「退屈してませんか? 飲み物とか料理とか取って来ますから、遠慮無く言って下さい」

「ありがとうございます。今のところは大丈夫です」

 どうやら女性陣の中でも、物おじしないで世話焼きのグループが、一人きりの自分に気を遣ってくれたらしいと分かった美子は、笑顔で礼を述べた。すると続けて質問が繰り出される。


「それで? 江原君とはどうやって知り合ったんですか?」

「やっぱり江原君がナンパしたとか?」

「真面目そうだし、美子さんの方から声をかけたりしないですよね?」

 ちゃっかりパイプ椅子持参で周囲に座り、じっくり腰を据えて聞き出す気満々の彼女達に、美子は笑いながら話し出した。


「実は、見合いの席で顔を合わせたのが、最初なんです」

「見合い!?」

「意外すぎる!」

「それで? 江原君に騙されちゃったんですか?」

「それが……、あまりにも失礼な事を言われて、あの人にお茶をかけて席を立ってしまって」

「うわ、やる~、美子さん!」

「そりゃあ、あの江原君と結婚しちゃった人だもの」

「それで? その後、どうなったんですか!?」

 それから美子は暫くの間、秀明とのあれこれを正直に口にする事ができない為、ある事は歪曲し、ある事はぼかしながら彼女達に語って聞かせ、彼女達からは秀明の昔の話を聞いて盛り上がっていたが、唐突に秀明の良く通る声が会場中に響き渡った。


「よぉ~っし!! そろそろ皆、気分良く盛り上がってきたよな? これから主役が喋るから、耳かっぽじってよぉ~く聞きやがれ!!」

 その声に会場中の視線が秀明に集まり、美子達も例外ではなかった。


「何事?」

「うわ、何か江原君、凄い酔ってない?」

「美子さん、ごめんなさい。もう! あの男共はっ!!」

「いえ、気分良く飲んでいるみたいですから」

 彼女達が困惑したり怒りの表情を浮かべる中、何を思ったか秀明はどこからかパイプ椅子を二つ引き摺って、美子達がいる長机から少し離れた所に少し間隔を空けて椅子を並べた。そして美子を手招きする。


「よし、美子、ちょっと来い!」

「一体何?」

「良いから」

 訳が分からないまま美子は周囲の女性達に会釈して立ち上がり、秀明の所に向かった。すると秀明が上機嫌に彼女を出迎えたと思ったら、いきなり左腕で肩を抱いて、フロア全体を見渡しつつ大声を張り上げた。


「それじゃあ、皆、良~く聞けよ?」

 そして参加者全員が何事かと興味津々で見守る中、秀明は真顔で言い放った。


「俺は美子を、世界で一番愛してる! それは美子が、世界で一番良い女だからだ!!」

「なっ! こんな所で、いきなり何を言い出すのよ!?」

 突然の大真面目な宣言に、会場は一瞬呆気に取られたものの、次の瞬間爆笑が湧き起こった。


「何を言い出すのかと思ったら、惚気かよ!」

「江原君、相変わらずやってくれるわね!」

「笑わせてくれるじゃないか」

「どんだけ惚れ込んでんだ!?」

(このろくでなし野郎っ……。どうして私がこんな羞恥プレイをする羽目に! ホテルに戻ったら蹴り殺してやる!!)

 顔を真っ赤にして物騒な事を考え始めた美子の横で、秀明が何やら右手を軽く振る。それを近くで見ていた良治が察したらしく、何とか笑いを抑えて何度か手を打ち合わせてから、会場中に呼びかけた。


「おぉ~い、お前らちょっと黙れ! 秀明が、まだ話があるとさ!」

(どうして、こんな晒し者状態に……。さっさと話を終わらせなさい!)

 そしてまだ多少ざわめいてはいるものの、一応興味津々で秀明の話の続きを聞く態勢になった参加者の視線を一身に浴びる事となった美子は、左腕で自分を捕まえたままの秀明を、殺気の籠った目で睨み付けた。


「それで、どうして美子が良い女かと言うと」

「ちょっと! まさかつまらない話を、延々と喋るつもりじゃ」

「俺の人生の最後を、この町で一緒に過ごしてくれると約束してくれたからだ」

「え?」

 慌てて怒鳴りつけようとした美子だったが、秀明が語った内容を聞いて、思わず瞬きして黙り込んだ。その間に秀明が、淡々と語り出す。


「俺はこの町を離れる時、いつか絶対ここに戻って来て、母親の墓を建ててやると誓った。色々あって墓だけ先に作って、いつの間にか帰る事を忘れていたんだが、美子がそれを思い出させてくれた」

「…………」

 当然、秀明がこの町を離れる事になった経緯を知り尽くしている参加者達は、神妙に押し黙った。その静まり返ったホールに、静かな落ち着き払った秀明の声が響く。


「俺は美子の家に婿入りしたから、その家と美子と美子の大切な物をしっかり守らないといけないが、五十年したらここに戻ってくる。美子と一緒にな」

 秀明がそう語ると、流石に会場から苦笑と呆れ気味の囁きが漏れる。


「五十年って……」

「お前何歳まで生きる気だよ?」

「でも、江原君らしいと言えばらしいわね」

「だからその時、美子が苦労しないように、それまでにこの町を作り替える事にした」

「はぁ?」

「秀明。お前、何言ってんだ?」

 そしてさらりと付け加えられた内容に、殆どの者が目を丸くした。そんな周囲の当惑に構わず、秀明は少し離れた所に居たらしい人物達に向かって、声を張り上げる。


「健人! 正純! お前ら上背あるから、ちょっとこっちに来て手伝え!」

「何だ?」

「さぁ……」

 怪訝な顔をしながら指名された二人が前に出て来る間に、秀明は美子を解放すると同時に、長机の横に置いておいた自分のブリーフケースに向かい、それから何かを取り出して元の位置に戻った。


「よし。二人でこの地図の両端を持って、椅子の上に乗ってくれ。腕は少し上げて、皆がこれを見える様にして欲しい」

「ああ」

「分かった」

 予め出してあった椅子はこの時の為だったらしく、男二人が折り畳まれた大きな地図を広げ、上部の両端を持ちながら椅子に上がると、美子にもそれがこの町の地図だと分かった。しかしそれには赤い曲線が大きく書き込まれている他、黄色く塗りつぶされたり、青や緑の印が点在していて、全くその意味が分からなかった為、本気で首を捻る。

 会場にも困惑する気配が満ちている中、秀明は伸縮性の指示棒を勢い良く伸ばしたと思ったら、その先端で地図を軽く叩きつつ上機嫌で声を張り上げた。


「じゃあこれから、この町の改造計画について説明するぞ? コンセプトはズバリ、《でっかいコンパクトタウン》だ!!」

「………………」

 途端に会場内が水を打った様に静まり返り、美子は本気で頭を抱えた。


(いきなり、何を馬鹿な事を言い出すの……。皆、ドン引きしてるわよ?)

 しかし会場の無反応さも全く気にする事無く、秀明の独壇場が続く。


「この町が発展できずに寂れた最大の原因は、公共交通機関からのアクセスが悪い事に尽きる。そのせいで企業誘致も上手くいかないし、就職先が無い若者がどんどん町を出て行って、若年層の割合が減少し続けている。だから鉄道会社を作って、線路を引く」

「ちょっと! 秀明さん!?」

「………………」

 更にとんでもない話が飛び出した為、流石に美子が窘めたが、秀明の口の動きは止まらなかった。


「安心しろ。新たに敷設する路線は、一般的な私鉄と比較するとキロ数で見ると比較にならない程短い。だがJRのこの駅から、こうS字型にここの山を回り込み、町の中心を抜けて、丘の間を抜けてこっちの私鉄の駅に接続する様に引けば、双方の鉄道会社と相互乗り入れできて効果的だ。その場合操車場と車庫は、ここら辺に設置する事になる」

「………………」

 地図の上を指示棒で指し示しながら、計画の具体案を提示し始めた秀明だったが、その内容を聞いた美子は大きく目を見張った。


(まさか、あのお墓参りの時に私が言った事を、真に受けていたなんて……。単に思い付いた事を、口にしただけだったのに)

 唖然として言葉を失っていると、秀明の感極まった様な声が続く。


「調べてみたら、該当ルートの地権者はたったの百十九人だった。同じキロ数でも、これがゴチャゴチャしてる都心だったら、軽く千人は超えるところだ。あまりのチョロさに、俺は思わず泣きそうになったぞ!」

(と言うか、既に涙目よね? これは絶対、酔いも入ってるわ)

 叫んだ後、拳で両目を拭った秀明を、美子は生温かい目で見やった。するとここで秀明が、更に傍迷惑で予想外の事を言い出す。


「そういう訳だから靖史。お前が鉄道会社を立ち上げて、まず気合い入れて土地を買い漁れ。地元の地銀には無いが、某都市銀行には伝手がある。土下座や泣き落としが駄目なら、手っ取り早く脅してでも融資を引き出してやるから安心しろ!」

「脅し……、安心できるかっ!! 何馬鹿な事を言ってるんだ、お前!?」

(やりかねない……。いいえ、この人ならきっとやるわ。すみません勝俣さん、ご迷惑おかけして)

 突然の指名に、真っ青な顔で人垣をすり抜けて駆け寄り、秀明の胸倉を掴んでがくがくと揺さぶり始めた靖史に、美子は心底同情した。そして叱り付けられながらも、秀明が笑顔で断言する。


「お前はもう土地も金も持ってるから、名誉と肩書きを山ほどくれてやる。郷土史に名前が乗るぞ?」

「秀明……」

 そこで靖史が手の動きを止めて絶句すると、この間ひたすら呆然としていた良治が何とか立ち直り、秀明の服から靖史の手を引き剥がしながら、冷静に言い聞かせてきた。


「秀明、ちょっと待て。幾ら何でも鉄道会社を作れば町が発展するって、発想が極端で乱暴過ぎるぞ?」

「勿論、それは分かっている」

「そうか、分かってるのか。それなら」

「だから、お前が町長に就任しろ」

「お前、人の話、全然聞いてねぇな!?」

 今度は良治が血相を変えて秀明に組み付いたが、対する秀明は傍目にはどこまでも冷静だった。


「今の町長の任期は、後二年だよな? それだけ時間があれば大丈夫だ」

「あのな、秀明」

「お前『トップになるって気持ちが良いな』と言ってただろうが。今度は学校一つのトップじゃなくて、町のトップだ。どうだ、文句は無いだろう?」

「確かに言ったが、それとこれとは」

「金も人員も俺が手配する。どんな手を使っても、次の町長選で絶対にお前を町長にしてやる。これから長期間に渡って、継続的に計画を実行する人間が必要なんだ」

「秀明……、お前、マジか?」

 何やら悟ったらしい良治が表情を険しくしながら確認を入れると、秀明は力強く宣言した。


「農地の区画整理や町道県道の拡張工事、工業団地の造成と企業誘致、商業エリアの復興と周辺自治体との調整。やる事は山積みなんだ。とっくに頭がカビてて現状維持すらできていない、ただ手をこまねいてるだけの干からびたじじい共に、それができるわけないだろうが! だから他の誰でもない、俺達がやるんだ! 靖史、良治、一緒にやろうぜ!? お前達も全員、黙って俺に付いて来い!!」

「………………」

 最後は嬉々として、会場を見渡しながら絶叫した秀明だったが、あまりにも途方もない内容を次々に聞かされた面々は、流石に理解が追いつかなかったらしく、微動だにせず秀明を凝視していた。


(言っちゃった……。皆、付いていけなくて、固まっちゃってるけど? もっと他にもやりようがあるでしょうに……)

 心の中で美子が呆れ果てていると、秀明は良治をへばりつかせたまま、満面の笑みで美子に向き直って胸を張った。


「どうだ美子! これでお前が年を取ってからこの町に移住しても、介護難民になる事は無いぞ? それまでに医療体制もマンパワーも、格段に今より向上している筈だからな! どうだ! 惚れ直したか!?」

 その自信満々の姿に、美子は笑い出したいのを必死に堪えた。


(この人……、あれから二ヶ月以上、一人でこつこつ調べてこっそり計画を立てて。だから何だか忙しそうにしてたのね。それに、すっかりやる気になってるなんて……。本当に無駄に頭が良くて、行動力があり過ぎだわ。昔の同級生達を、巻き込む気満々だし)

 そして小さく首を振ってから、秀明に向かって歩き出した。


(しかも黙っていて驚かせた方が、喜んでくれると思ってるなんて、何て傍迷惑でお馬鹿さんで可愛いのかしら)

 そして秀明の目の前に立つと美子は右手を伸ばし、彼の左頬を軽くペチッと叩いた。



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