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半世紀の契約  作者: 篠原 皐月


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第34話 三田の妖怪

「先輩、変なんです。例の佐倉って人物、該当者が見当たりません」

「本当か? 光」

 三田在住の『佐倉』なる人物の調査を依頼していた後輩からの電話を受けた淳は、若干不信感を滲ませた声を返した。するとこれまでの付き合いで敏感にそれを察した光が、語気強く言い返してくる。


「本当ですって! この一週間、各種データのチェックをして、最後は区役所の住基ネットに潜り込んでまで調べたんですから。どう考えても住所か名前のどちらか、あるいは両方が間違ってます!」

「もしくは、住んでても住民登録は他の場所、表札も表に出してるのは別な物って事だな」

 その訴えに淳はすぐに納得し、相手を宥めた。


「分かった。おそらくこちらのミスだろう。無駄骨を折らせて悪かった。経費は遠慮無く請求してくれ。割増で払うから」

「分かりました。支払い宜しくお願いします」

 光が最後は機嫌良く電話を切ってくれた事に安堵しながらも、淳は困惑顔で考え込んだ。


「おかしいな……、偽名でも使われたか? そうなると益々胡散臭いし、厄介なんだが」

 ここで一人で考えていても埒が明かないと判断した淳は、早速美実に電話を入れ、それを受けた美実は、夕飯を食べ終えてから自室に引っ込んでいた美子の所に押しかけた。


「美子姉さん、ちょっと良い?」

「何? 美実」

「この前着物を新調して貰った佐倉さんって、本当に三田に住んでるの?」

「住んでるんじゃないの? どうしていきなりそんな事を聞くわけ?」

 ノックするのとほぼ同時にドアを開けて室内に入ってきた美実を、美子は不思議そうに見やった。そこで美実は頭の中で考えてきた、口からでまかせの内容を告げる。


「今日芝公園駅の近くに出向いたんだけど、用事を済ませてから散歩がてらブラブラと三田を抜けて白銀高輪まで歩いてみたの。でも『佐倉』って表札を出してるお屋敷が、見た限りでは無かったから」

「え? どうしてそんな事を? それに『佐倉』って……」

「話を聞いた限りだと随分羽振りが良さそうだったから、よほど大きなお屋敷なんじゃないかと思って、探してみたのよ」

 美実の話を怪訝な顔で聞いた美子は、ここで噴き出しそうになりながら、妹の誤解を正す為に口を開いた。


「嫌だ、美実。あなた、勘違いしてたのね?」

「どういう事?」

「『さくら』は名前の方で、名字は加積さんなのよ」

 それを聞いた美実は、驚きで目を丸くした。


「そうだったの!? だって、一度顔を合わせただけの相手を名前呼びするって美子姉さんらしくないし、てっきり『さくら』って名字の方だと思ってたわ」

 その訴えに、美子は苦笑しながら頷く。


「確かに最初は『加積さん』ってお呼びしてたんだけど、本人から『桜さんって呼んで?』と言われてしまったのよ」

「なるほどね……。因みに『さくら』って言うのは、お花見する『桜』よね。そうなると『かづみ』ってどういう字を書くの?」

「『加入』の『加』に『積み木』の『積』よ。因みにご主人の名前は康二郎さん。『健康』の『康』に、漢数字の『二』。おおざとの『郎』よ」

 そして必要な情報をしっかり得た美実は、一刻も早く淳に報告しようと、話を切り上げにかかった。


「良く分かったわ。なんだ。色々真剣に見て来ちゃって損した」

「余所のお宅の門や玄関をじろじろ見て来たわけ? 不審者だと思われたかもね」

「これから気をつけるわ。じゃあお邪魔しました」

 そう告げると同時に美子の部屋を出た美実は、急いで自室に戻って電話をかけた。


「淳、調べても分からなかった理由が分かったわ。私の勘違いで、違う名前を言ってたのよ。ごめんなさい」

 そう率直に謝ると、淳は苦笑混じりに返してきた。

「やっぱりそうか。それで? どんな名前だったんだ?」

「厳密に言えば間違って無いけどね。住んでるのは三田で間違いない筈だけど、『さくら』って言うのは名字じゃなくて、名前の方だったの。フルネームは『加積桜』って言うんですって。美子姉さんが『桜さん』って言ってるのを、名字呼びかと思い込んでたわ」

 若干疲労感を覚えながら美実が告げると、淳は納得した様に言葉を返した。


「そうだったのか。確かに佐倉って名字は有るからな」

「因みに、桜さんのご主人の名前は『康二郎』って言うらしいわ」

 ここで何気なく追加した情報に、淳の声のトーンが僅かに変わった。

「そうなると……、旦那の名前が『加積康二郎』?」

「みたいね。それがどうかしたの?」

 急に訝しむ様な口調になった淳に、美実が不思議そうに尋ね返すと、淳が意外な事を言い出す。


「そういう名前を、どこかで聞いた覚えがあるんだが。どこだったか……」

「そうなの? 世間って意外に狭いのね」

「ちょっと待て。加積……。加積、康二郎…………」

「淳? 一人で何をブツブツ言ってるの?」

 急に電話の向こうで自問自答し始めた淳に、無視される形になった美実は多少腹を立てながら呼びかけたが、彼はそれも耳に入っていないらしく、何かを呟き続けていた。


「三田の、加積……………………」

「ちょっと淳、さっきから何を一人で」

「……って!? おい、ちょっと待て!! 加積康二郎って言えばもしかして、いや、もしかしなくても“あの”三田の妖怪の事じゃねぇのかっ!?」

 何やら独り言を呟いているかと思いきや、いきなり大声で叫んだ淳に対し、反射的に携帯を耳から離した美実が怒鳴りつけた。


「ちょっと淳! 耳元で怒鳴らないでよっ!!」

「それどころじゃねぇぇっ!! 大至急、親父さんに代わってくれ!」

 焦りまくった感じで淳が告げてきた内容に、美実は怒りも忘れて呆気に取られた。


「え? お父さんは、まだ帰宅してないわよ? そろそろ帰る頃だと思うけど」

「分かった! 今から必要な物を揃えてそっちに向かう! 親父さんと美子さんに話があるとだけ言っておけ!!」

「あ、ちょっと淳!?」

 動揺著しい淳が喚き散らしたと思ったら、問答無用で通話を終わらせた挙句、慌てて掛け直しても一向に電話が繋がらないという事態に、美実は「どういう事?」と呆然としつつも、取り敢えず美子に報告すべく部屋を出て、先程顔を出したばかりの彼女の部屋へと向かった。しかし無人だった為に一階に下りて台所に向かうと、丁度帰宅したらしい昌典が食堂に入ろうとする所に出くわす。


「あ、お父さん、帰ってたのね。気が付かなかったわ」

「どうした美実。何か話でもあるのか?」

「私じゃなくて、淳が」

「は?」

 父からの問いかけに美実が端的に答えると、案の定昌典が変な顔になった。それには構わず美実は昌典と一緒に食堂に入りながら、室内で父親の分の夕食を並べていた美子にも聞こえる様に説明する。


「今からここに来るって。美子姉さんとお父さんに、話があるみたい」

「話? 今から?」

「私にも?」

「そう。内容は分からないけど。電話も繋がらないし。運転中みたい」

「…………」

 それを聞いた昌典と美子は掛け時計に視線を向け、深夜とは言えないまでもいきなり訪問するにはどうかという時間帯である事を確認した為、何となく嫌な予感を覚えながら無言で顔を見合わせた。

 それから昌典が遅めの夕食を済ませ、食後のお茶を飲んでいるところにインターフォンの呼び出し音が鳴り、昌典と美子、美実の三人で玄関へと向かった。そして美実が外に出て門を開け、玄関まで誘導して来ると、鞄を手に提げた淳が出迎えた二人に深々と一礼する。


「藤宮さん。夜分、恐れ入ります」

「それは構わないが……。小早川君、何やら顔色が悪いぞ。どうかしたのか?」

 昌典としては、事前の約束も無しに夜に押し掛けてきた娘の恋人などに、好感を持てる筈は無いのだが、明らかに様子がおかしい相手を気遣う様に声をかけた。それに対して、淳が硬い表情のまま申し出る。


「その……、内密に、藤宮さんと美子さんだけにお話ししたい事があるのですが……」

 そんな事を言われた父娘三人は無言で顔を見合わせたが、昌典の決断は早かった。

「美実。盗み聞きなどしない様に、美野と美幸の足止めと監視を頼む。不自然に思われない様にな」

「何とかやってみるわ」

 難しい顔をしながら美実が頷いたところで、静かに引き戸を開けて淳の背後から美恵が姿を見せた。


「ただいま。あら? 小早川さん。平日のこんな時間にどうしたの? ああ、帰る所かしら?」

「美恵姉さん、良いところに! ご飯は外で済ませて来たわよね? ちょっと協力して」

「え? いきなり何事よ?」

「二階に行きながら説明するわ」

 格好の協力者を得た美実は、半ば姉を引きずる様にして廊下の奥へ進み、美子は淳に上がる様に勧めた。


「取り敢えず居間の方へどうぞ。座敷の方は暖めておりませんので」

「お邪魔します」

(本当に、一体何事? お父さんが食べている間に聞いた美実の話だと、加積さんに関しての話みたいだけど、美実も殆ど分かっていないみたいだし)


 神妙に頭を下げて、後に付いて歩き出した淳を訝しく思いながらも、美子と昌典は黙って居間へと入った。そして淳と向かい合う形で昌典と美子がソファーに収まってから、彼に話を促してみる。


「それでは小早川君。訪問するにはそろそろ非常識と言われそうな時間帯に、我が家にやって来た理由を聞かせて貰いたいが」

「順を追ってご説明します」

 昌典に向かってそう宣言してから、淳は美子に向き直った。


「美子さん。あなたが最近知己になった加積桜さんの夫である、加積康二郎氏の現在の肩書きをご存じですか?」

「ええ。この前華菱でご本人と顔を合わせて、名刺を頂いたから」

 サラリと言われた内容に、男二人は瞬時に血相を変えた。


「夫人だけじゃなくて、本人と顔を合わせた!?」

「ちょっと待て!! そこでどうして加積康二郎の名前が出てくる! 美子が着物を汚された話は聞いているが、それは佐倉と言う人物では無かったのか!?」

 男二人が動揺した理由が若干違っていた為、淳は昌典に補足説明した。


「藤宮家の皆さんは桜夫人の名前を聞いて、名字が佐倉だと勘違いしてたんですよ」

「何て事だ……」

 思わず片手で顔を覆った昌典を見て、美子は怪訝な顔になった。


「お父さん、加積さんと知り合いだったの? でも加積さんと顔を合わせても、別に問題は無いでしょう? 」

「お前……、あの人がどんな人間か、全く知らないだろう?」

「それはそうだけど、貰った名刺だと大企業の顧問をしている位の人だもの。変な人の筈が無いじゃない」

 呻く様に言われても全く実感が湧かなかった美子は、軽く眉根を寄せた。そんな彼女の前に、淳が鞄の中から取り出したリストを差し出す。


「その名刺の肩書きは、このリストの中にありますか?」

「え? えっと……、ああ、あったわ。ここの、興仁建設の名誉顧問よ。でも……、他の物は?」

「加積氏が今現在保持している、全ての肩書きの一覧です」

 列挙されている中から覚えがある企業名と肩書を見つけて指差したが、淳の説明に美子は益々分からなくなった。


「でも肩書が十九もある上に、業種も社名も肩書もバラバラで、全く統一性が無いわよ?」

「予定外でしたが、既に今日顔を合わせたとの事ですから、この写真を見て貰えますか?」

 美子の疑問には直接答えず、淳は更に一枚のスナップ写真をコピーした様な物を彼女の前に押し出した。それを見た美子は、そこに写っている男性を見て即答する。


「加積さんの、今よりもう少し若い頃の写真よね? 今は総白髪だし、これより皺が増えてるわ」

「やっぱり本人で間違いないか……」

 向かい側でがっくりと項垂れた淳とは対照的に、並んで座っている昌典は本気で美子を叱り付けた。

「美子! お前はどうして、こんな面倒なのを釣り上げるんだ!」

 その非難に、美子は盛大に言い返した。


「釣ってないわよ! 第一、加積さんのどこが面倒なの? 確かにちょっと顔が怖いけど、礼儀正しくて話が分かる、結構楽しいおじいさんじゃない!」

「そんな事を本気で口走る人間は、お前位だ……」

「一体、どんな会話をしてきたんですか?」

 男二人が如何にもうんざりした様な口調と顔付きになったのを見て、美子は些か腹を立てながら話を進めた。


「私も聞きたいんだけど。加積さんって、一体どんな人なの? 詳細を教えて欲しいんだけど」

 その問いかけに、昌典が溜め息を吐いてから説明を始める。

「高齢になったせいかここ数年は鳴りを潜めているが、長年日本の政財界を陰で牛耳っていた、後ろ暗い噂がてんこ盛りの人物だ。『陰の総理』とか『最後のフィクサー』とかの物騒な二つ名が幾つもある」

 それを聞いた美子は、少しだけ考えて思い当った事を口にしてみた。


「そうすると、これまで名前を聞いた事が無かったけど、元代議士とかで、政界を引退後も陰で影響力を保持していたとか?」

「いや、総理や大臣の首を密かに挿げ替えてきた事はあるが、彼が公職に就いた事は一度も無い」

「そうなると……、色々な分野の企業の顧問をしているから、財閥系の家系の出身とか」

「出自は殆どと言って良い程不明で、典型的な成り上がりだ」

「ひょっとして暴力団関係者で、総会屋とか貸金業で財を成したとか」

「そちら方面に働きかけて人員を動かしたり金銭を流してはいるが、その類の組織は保持していないし、間接的ならともかく、直接企業に圧力をかけたりはしていない」

 話を聞きながら頭の中で色々推測してみたものの、全く要領を得なかった為、美子は本気で困惑した声を出した。


「お父さん……。悪いけど、益々わけが分からなくなってきたわ」

 その正直な感想を聞いて、昌典が無意識に渋面になりながら話を続ける。

「俺も、簡潔に上手く説明できんが……。とにかく、あらゆる意味で真っ当な人間が関わり合う類の人間では無い事は確かだ。更に問題なのは、加積氏には四十代と三十代と二十代の愛人が一人ずついて、三田の屋敷で夫妻と同居しているという噂がある事なんだ」

「桜さんの他に、三人……。へぇ…………、お年の割にはお元気なのね」

 ちょっと考え込んで暢気すぎる感想を述べた美子に、昌典がたちまち癇癪玉を炸裂させる。


「お前と言う奴は! 他に何か言う事は無いのか!?」

「だって他に何を言うのよ? それだけの愛人を囲っていられるなんて、やっぱり相当のお金持ちなのねとか、同居させてるなんて女性の扱いが手馴れてるのねとか、あんな怖い顔でも良いっていう愛人さんは、やっぱりお金目当てなのかしらねとか?」

「そうじゃないだろう!! お前、自分が新しい愛人として、目を付けられたとは思わないのか?」

 そんな事を言われた美子は瞠目し、次いで疑わしそうに尋ね返した。


「正統派の愛人が三人も居るのに、私が入り込む余地ってあるの? それに私、愛人向きだって言われた事は無いんだけど」

「正統派って何だ、正統派って……。愛人に、正統とか邪道とかあるわけ無いだろうが」

「でも確かに加積氏は真っ当な愛人らしい愛人に飽きて、毛色の変わった美子さんに食指を伸ばしてきたのかもしれません」

 ここで、この間無言を保っていた淳が真顔で口を挟んできた為、父娘は揃って彼を睨んだ。


「……小早川君」

「結構失礼な事を口にしたって、自覚はあるかしら? それに加積さんから愛人になれとか一言も言われていないし、私だけじゃなくて加積さんに対しても失礼じゃないの?」

「正直、そんな事はどうだって良いですが」

「本当に失礼よね!?」

 本気で美子は腹を立てたが、淳はそれにも構わずに、沈鬱な表情で淡々と話を進めた。


「とにかく、もう既に顔を合わせてしまった事に関して、どうこう言っても仕方ありません。これから極力、係わり合いにならなければ良いわけですから」

 その意見に、昌典も漸く平常心を取り戻しつつ、真顔で同意する。


「そうだな。確かに小早川君の言う通りだ。先日着物を作って貰って、汚した着物の弁償はして貰ったんだし、別に問題は無いよな? 今後、顔を合わせる機会だって無いだろうし」

「それが……、仕立てを頼んだ着物が出来上がったら、それを着てご自宅の方に見せに行く約束を……」

「したのか?」

「ええ」

 控え目に言い出した美子の話を聞いて、昌典と淳は揃って嘆息した。しかし諦めて、了承の言葉を口にする。


「約束してしまったのなら仕方が無い。断りを入れて、先方の機嫌を損ねたくはないからな。とにかくあの夫婦を怒らせたり、変に気に入られたりしない様に、くれぐれも対応には気を付ける様に…………、美子。どうかしたのか?」

 真剣に言い聞かせているのに、何やらそわそわとして挙動不審になってきた娘に、昌典は若干目つきを鋭くしながら問いかけた。すると美子が、言い難そうに話を切り出す。


「その……、この前、華菱に出向いた時の事なんだけど……」

「それがどうした?」

「ええと……、怒らせたりはしていないと思うのよ? お二人とも結構ノリノリで話を進めていたし……」

「何があった?」

 如何にも後ろめたい事がある様な素振りの美子に、昌典は更に顔付きを険しくし、淳は頬を引き攣らせたが、そんな二人の前で美子は弁解がましく話を続けた。


「ほら、加積さんって、顔が怖いでしょう? だから桜さんがこれまでイメージアップを図って色々やってみたけど、甲斐が無くてしょうがないから、整形をしろ、しない、なんて話の流れになって。ちょっと緊迫してきたその場の空気を和ませようと、な~んちゃって的な本当に些細な提案を、ほんの出来心とちょっとした好奇心で」

「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと結論を言え!!」

 昌典の一喝に、美子は半ば自棄になって正直に言い放った。


「幼稚園児のコスプレをすれば、間違っても怖がられないと思うから試してみてはどうかと、加積さんに面と向かって勧めてしまいましたっ!!」

「こっ……、この大馬鹿者がぁぁぁっ!!」

「ごめんなさい!」

 美子の告白を聞いた昌典は、力任せにテーブルを拳で叩きながら絶叫し、淳は文字通り両手で頭を抱えた。


「俺に謝って済む事か!! 全くお前と言う奴は、姉妹で一番常識人で問題を起こさないと周囲から思われているのに、偶にしでかす騒動は姉妹一の超ド級の物ばかりで!! 深美の最後の手紙の内容も、大体四割がお前を心配する内容だったぞ!?」

「何よそれ!? まるで姉妹の中で私が一番問題児みたいじゃない!」

「現にそうだろうが! 美恵達四人についてが四割、残り二割が俺に関する事だったんだ。少しは自覚しろ! 百か日法要も済んでいないのに、深美が草葉の陰で泣いているぞ!?」

「……納得できないわ」

 亡き母親に、自分が姉妹の中で一番問題児扱いされていたという事実に、美子は少なからずショックを受けると同時に、理不尽な想いに駆られていると、未だ動揺を抑えきれないまま、淳が控え目に問いかけてきた。


「美子さん。さっきノリノリって言ってたみたいですけど、まさか加積氏が本気でそんなコスプレをするとか」

「その場で加積さん用に、幼稚園児のスモックと半ズボンとベレー帽と通園バッグ。桜さんは保育士なので、ジャージ風のズボンにエプロンとリボンを特注しました」

 きっぱりとそんな事を断言されて、淳の顔が引き攣る。


「ええと……、華菱で?」

「布だったら何でも仕立ててみせるそうです。……プロですね」

「……そうですね」

 二人揃って、何とも言い難い表情で口を閉ざすと、ここで昌典が何とか気力を奮い立たせて話を纏めにかかった。


「とにかく、これ以上変に目を付けられたらかなわん。先方の自宅を訪問するのは回避できないにしても、間違っても加積夫妻を怒らせるな!! そして、それ以上に変に気に入られるな!! 分かったな、美子!?」

「はぁ~い」

 しかし如何にも気のない素振りで一応了承の返事をした美子に、忽ち昌典の雷が落ちる。


「何だ、そのふて腐れた態度はっ!!」

「だって、愛人とかありえないし……」

「お前はまだ事の重大性を」

「まあまあ、藤宮さん。ちょっとここは一つ、お茶を飲んで落ち着きましょう。美子さんはもう席を外して良いですよ? 後は俺が藤宮さんと話がありますので」

「それなら後は宜しく」

「あ、おい! こら、美子!」

 淳が申し出たのを幸い、美子はそそくさと席を立って廊下へと出た。そして父親が後を追って来ない事に安堵しながら、二階へと上がる。すると、本来静まり返っている筈の廊下に妹達の歓声が響いていた為、美子は不思議に思いながら、原因と思われる美幸の部屋のドアを開けてみた。


「あら。皆、揃ってたのね」

 その声に、その部屋の主の美幸が振り返り、不思議そうに美子を見上げてきた。

「あれ? 美子姉さん、お父さんと大事な話は済んだの?」

 美恵と美実がそう誤魔化していたと分かって、美子は苦笑しながら頷く。


「ええ、取り敢えずはね。皆でジェンガをやってたのね」

「うん、久しぶりに。美子姉さんもやらない?」

「そうね。混ぜてくれる?」

 そしてカーペットの車座に混ぜて貰った美子が、新たに積み上げられたタワーから一本引き抜くと、美幸が何気なく尋ねてくる。


「ところでお父さんとどんな話をしてたの?」

「来月の百箇日法要の事でちょっとね。他にも色々」

「そうなんだ。大変だね」

 そうして妹達が笑い合いながらゲームを進めていると、美子が真顔で切り出した。


「ねえ、ちょっと皆に聞きたいんだけど」

「何?」

「私って、愛人タイプだと思う?」

 その唐突な質問に妹達は揃って動きを止め、困惑顔で美子を凝視した。


「何言ってんの?」

「美恵姉さんならともかく、何で?」

「私ならってどういう意味よ!?」

「まさか江原さん、結婚してたの!?」

 途端に騒がしくなってきた為、美子は謝りつつ妹達を宥めた。


「ごめんなさい、深い意味は無いの。ちょっと聞いてみただけだから、気にしないで」

「ちょっと待って、そこで話を止めないでよ!」

「本当に江原さん、妻帯者じゃないのよね!?」

 美子は妹達を落ち着かせようとしながら、何気なく口走った内容でも問題を引き起こすなんて、やっぱり自分は潜在的なトラブルメーカーかもしれないと、密かに落ち込む羽目になったのだった。




ここで謎になっている、どうして加積夫妻が美子に目を付けたのかという事については、番外編【藤宮美子最強伝説】の中で説明してあります。時系列が気になる方はこちらが完結したらご覧下さい。

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