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第16話 晩秋のひと時

 病院関係者にも、まだ妹達には母親の病状を説明してはいないからと母同様に口止めをして、偽装結婚の件を上手く誤魔化した美子だったが、日が経つに連れて別な事で悩み始めた。


(やっぱりこの前の事は、幾ら何でも甘え過ぎよね……)

 姉妹揃っての食事の最中、ふと悩んでしまった美子は、箸の動きを止めてしまった。


(改めてちゃんとお礼をするべきだと思うけど……、『代金は全て自分持ち』だとあれほど強く言っていた位だから、お金は受け取ってくれないだろうし)

 そして眉間に皺を寄せて、角皿に盛られているカレイの煮付けを凝視する美子。


(何か品物を贈るにしても、こういう場合にはどんな物を贈れば良いのか……。好みも分からないし)

 そんな事を考えながら、端から見ると親の仇でもあるかの様にカレイを凝視している長姉を見て、妹達はこそこそと囁き合った。


「何か、また姉さんが変よね?」

「最近、まともな方が少ないと思うわ」

「やっぱり江原さん関係?」

 そして美子の隣に座る美恵も、無言で面白く無さそうに姉を眺め、微妙な空気のままその日の夕食は終了した。


「美子姉さん、今、入っても良い?」

 台所を片付けて明朝の準備も済ませた美子が自室で寛いでいると、美幸がひょっこり顔を出して尋ねてきた。それを怪訝に思いながらも、美子は鷹揚に頷く。


「構わないわよ。美幸、どうかしたの?」

「江原さんと喧嘩したの?」

 部屋に入るなりストレートに聞いてきた末の妹に、美子は僅かに顔を引き攣らせた。


「……どうしてそんな事を聞くのかしら?」

「美子姉さんが変だから」

「あのね」

 あまりの即答っぷりに、思わず項垂れてしまった美子だったが、美幸の断定口調は変わらなかった。

「だって江原さん絡みじゃない事で、そうそう姉さんがキレたり怒ったり暴れたり考え込んだりしないもの。それで、何?」

 どうあっても引く気は無さそうな美幸を見て、美子は一つ溜め息を吐いてから、半ば自棄気味に言い出した。


「……それじゃあ、ちょっと美幸の意見を聞きたいんだけど」

「うん、何?」

「ある事で江原さんに、ちょっとした借りができてね。心苦しいわけ」

「うんうん、なるほど」

 わざとらしく頷いてみせる美幸に美子は内心苛ついたものの、怒りを抑えて話を続けた。


「それでお礼をしたいんだけど、お金は受け取って貰えないと思うし、品物を贈ろうかと思っても、どういう物を選べば良いか、判断が付かなくて困っているのよ」

「ふぅ~ん」

「それで、どうすれば良いか悩んでたんだけど、何か良い考えがある?」

(まさか美幸が提案してくる筈も無いけどね)

 相談の形にはなっているものの、正直美幸の回答には全く期待していなかった美子だったが、美幸は事も無げに言ってのけた。


「それなら、美子姉さんからデートに誘って、江原さんの行きたい所にお付き合いすれば良いんじゃないの?」

「え? どういう事?」

 全く予想外の事を言われた為に美子が本気で戸惑うと、美幸も不思議そうな顔つきになって話を続けた。


「だって、美子姉さんの方から『どこかに出掛けましょう』なんて誘った事、一度も無いんじゃない?」

「それは確かにそうだけど……」

「だから誘って貰えるだけで、江原さんは十分嬉しいと思うんだけど」

 小首を傾げながら美幸が言ってきた内容に、なんとなく納得しかけた美子だったが、慌てて気を取り直して問い返した。


「ちょっと待って。確かに一理あるけど、それでお礼になるの?」

「だから出かける場所は、美子姉さんが決めたり自分の希望を言ったりしないで、江原さんが行きたい所にするのよ」

「え?」

「だって男の人からデートに誘う時って、普通は相手の女の人が喜ぶ様な所を選んで連れて行くんでしょう? だから江原さんに行きたい所を聞いた上で、『お礼をしたいので、その日の支払いは私が持ちますって』言えば良いんじゃない?」

「…………」

 何でも無い事の様に言ってきた美幸に、美子は思わず無言になった。


(これまで何度か出かけた事はあるけど、まともなデートだった事は一度も無いんだけどね……。でも確かに相手の希望に合わせるって事で、お礼にはなるかもしれないわ)

 真剣に考え込んでしまった美子を見て、美幸が顔を覗き込む様にして尋ねてくる。


「美子姉さん、駄目?」

 なんとなく心配そうな顔つきの美幸を見て、美子は安心させる様に同意を示した。

「ううん、確かに美幸の言うとおりかもね。江原さんに聞いてみるわ」

「本当? 言ってみた甲斐があったな~」

 そして上機嫌になった美幸が自室に戻るのを見送ってから、美子は若干嫌そうに自分の携帯電話を取り上げた。


「……取り敢えず、メールで連絡してみましょうか」

 そして今度は文面をどうするかで暫く悩んだ末、なんとか打ち込んで送信した美子だったが、それから五分と経たないうちに着信を知らせるメロディーが鳴り響く。


「う……、反応が早いじゃない。それにわざわざ電話してこなくても……」

 恨みがましく呟いた美子が携帯を取り上げて応答ボタンを押すと、笑いを堪えている様な、上機嫌の秀明の声が聞こえてきた。


「もしもし? 何やら随分面白い事を、送信してきたじゃないか」

 その茶化す様な物言いに、美子は気分を害しながら言い返す。

「色々手配して貰ったお礼のつもりだったんだけど、気に入らなかったら無視して頂戴」

「とんでもない。こんな嬉しいお誘いを無視したら馬鹿だろう。お言葉に甘えて、遠慮なく希望を言わせて貰うよ」

「……できれば、私の許容範囲内の要求でお願いします」

 どんな事を言われるのかと身構えながら、(寧ろ断ってよ)と美子が内心で恨みがましく思っていると、秀明が極めて事務的に要求を繰り出してきた。


「今度の日曜正午に、新宿御苑千駄ヶ谷門前で待ち合わせ」

「はい?」

「持参する物は二人分の弁当と飲み物、それとなるべく大きなレジャーシート」

「ええと、あの……」

「復唱」

 予想外の内容を聞かされて美子は戸惑ったが、秀明が冷静に確認を入れてきた為、反射的に言われた内容を繰り返した。


「今度の日曜正午に、お弁当と飲み物を二人分とレジャーシートを持参して、新宿御苑千駄ヶ谷前に集合」

「良くできました。それじゃあ、楽しみにしてる」

 美子の返答を聞いた秀明が、満足そうに告げたと思ったら、あっさりと通話を終わらせて切ってしまった為、美子は慌てて呼びかけた。


「あ、ちょっと!」

 しかし当然、再度繋がる筈もなく、美子は呆然としながら携帯を耳から離す。

「……何なのよ、一体」

 秀明の態度に腹を立てた美子だったが、電話をかけ直す様な真似はしなかった。


 それから直近の日曜日。

 小春日和の陽気となったその日の正午近くに、美子が指定された場所に出向くと、既に秀明が待ち構えており、軽く手を振りながら彼女に歩み寄って来た。


「やあ、荷物が重かっただろう? ここからは俺が持つから」

「どうもありがとう」

 大きめの角張ったショルダーバッグとマチのある紙袋持参でやってきた美子を見ると、秀明はすかさずそれを受け取って中に向かって歩き出した為、彼の申し出に若干皮肉っぽく応じた美子も、並んで歩き出した。


(重いと分かっているなら、車があるんだからこの前みたいに家まで迎えに来なさいよ。これってやっぱり嫌がらせ?)

 腹立たしく思いながら、チラリと横を歩く秀明の顔を見上げた美子だったが、相手が何食わぬ顔で歩いているのを見た彼女は、諦めの境地に至った。


(まあ……、今回はお世話になったお礼代わりなんだし、嫌がらせして憂さ晴らししたいって言うなら、甘んじてその対象になってあげるわよ)

 そんな事を考えていると、彼女の視線に気が付いたらしい秀明が、不思議そうに尋ねてくる。


「どうかしたのか? 俺の顔に何か付いているとか?」

「いえ、別に。ただ天気が良くて良かったと思っただけよ」

「確かにそうだな」

 そう言って満足げに空を見上げた秀明に、美子は若干戸惑った。


(何と言うか……。いつもみたいに、人を小馬鹿にしている様な笑みじゃ無いから、機嫌は良いと思うんだけど、本当の所はどうなのかしら?)

 そんな事を考えつつ、美子は紅葉している楓や桜並木やメタセコイアの大木を眺めながら進み、池を渡って少し歩いてから、広々とした芝生の広場に到達した。周囲をぐるりと大木が囲み、その向こうに高層ビルが見える見晴らしの良い所で、秀明が美子に向き直って提案する。


「じゃあ、この辺りで食べるか」

 その申し出に、美子は微妙な表情で返した。

「……やっぱりそうなるのね」

「は? 今からどこか他の場所に移動するとか思ってたのか?」

 怪訝な顔で尋ねてきた秀明に、美子も納得しかねる表情で言い返した。


「そういうわけじゃ無いけど……。どうしてお弁当持参で呼びつけられたのかと思って。ただ食事を作って貰いたかったのなら、家に来れば良かっただけだし」

「単に、外で弁当が食べたかったからだが?」

「……そう」

(何かやっぱり、噛み合って無い気がする)

 どこまでも不思議そうに言葉を返した秀明に、美子は肩を落としたが、すぐに気持ちを切り替えた。


「それじゃあ、シートを出して広げましょうか。そのショルダーバッグに入っているから」

「分かった。これだな。結構、かさばってるな……」

 そして秀明が折り畳まれたシートを取り出して広げ始めたが、美子と二人で芝生の上に広げたそれを見て、正直な感想を述べた。


「随分大きくないか?」

 2m×3m程の大きさに見える代物に靴を脱いで上がり込みながら秀明がそう述べると、美子が事も無げに告げた。

「五人で出かけると、こんな物よ。大は小を兼ねるって言うしね」

「五人? 七人じゃなくて?」

 何気なく問いを重ねた秀明に、美子が紙袋から風呂敷包みを取り出しつつ答える。


「父は仕事が忙しいし、母は美幸が小学校に上がった直後から体調を崩していたから、姉妹だけで出かける事が多かったのよ」

「そうか……」

 秀明はそれ以上余計な事は言わなかったが、美子が黙々と取り皿や箸を揃えるのを見ながら、何を思ったか小さく笑い出した。


「しかし、賑やかだっただろうな。五人で出かけると」

「何が?」

「毎回もれなくトラブルも付いて来たのだろうなと思って」

「……何も言わないで」

 憮然とした表情で言葉少なに肯定した美子に、秀明は再び笑いを堪えた。その間に美子は紙コップにお茶を注ぎ、おしぼりと取り皿と箸を秀明の前に揃える。そして二段重ねの割と大き目な重箱を二人の間に並べて、相手に促した。


「宜しかったらどうぞ」

「いただきます」

 そして神妙に挨拶してから、秀明は重箱の中身を手元の皿に取り分けつつ、黙々と食べ始めた。


(どうして黙々と食べているわけ? 別に、一口ごとに感想とか褒め言葉を言えと言ってるわけじゃないんだけど)

 がっついているとは言えないが、勢いが衰えないまま無言で食べ進める秀明に、美子は当初苛立ったものの、このままだと全部食べられてしまいかねないと思い返して、自身も食べる事に専念した。

 しかし半分ほど食べた所で満腹感を覚え始めた美子は、控え目に秀明に声をかける。


「あの……、多かったら、残しても構わないから」

 それを聞いた秀明は、若干驚いた様な表情で口と箸の動きを止めた。

「残す? どうして?」

 不思議そうにまじまじと見つめられて、美子は若干居心地悪そうに告げる。


「その……、男の人がどれ位食べるか分からなかったから、多目に作って来てしまったものだから……」

「これ位は食べる」

「そう? それなら良いんだけど」

「それより、お茶のお代わりを貰えるか?」

「あ、はい」

 差し出された紙コップに慌ててお茶を注いだ美子だったが、再び平然と食べ始めた秀明と、目の前の重箱の中身を交互に眺めて、途方に暮れた。


(本当にこれ全部食べられるの? 私、もう無理なんだけど)

 しかしそんな美子の懸念など、秀明はものの見事に吹き飛ばした。

「御馳走様でした」

「お粗末様でした」

 重箱を綺麗に空にした秀明に美子が唖然としながらゴミを纏め、重箱を元通り風呂敷に包んでいると、秀明はその横でいきなり寝転がった。


「じゃあ、少し寝るから」

「え? ここで!?」

「ああ。天気も良いし」

「確かに天気は良いけど、あの……」

 おろおろとしながら尚も言いかけた美子だったが、横になって片方の腕を枕代わりにして寝始めた秀明が無反応なのを見て、恐る恐る背中側から前の方に回り込んでみた。しかししっかり瞼を閉じて微動だにしない彼を見て、思わず起こさない程度の小声で呟く。


「……え? 本当に、寝ちゃった?」

 そして静かに再び彼の背後に戻り、極力音を立てない様に荷物を纏めながら、美子は考え込んでしまった。

(何? そんなに眠かったの?)

 そこで、ある可能性に気が付く。


(ひょっとして……、居眠り運転しそうな位だったから、今日は敢えて車を使わなかったわけ?)

 そんな事を考えてた美子は慌てて振り返り、秀明の背中を凝視した。


(話を聞いた段階で、仕事が忙しくて疲れが溜まってるのが分かってるのなら、無理に今日出て来なくても、家で休んでれば良かったじゃない。何を考えてるのよ?)

「馬鹿じゃないの?」

 思わず口を突いて出た言葉に、美子は無意識に顔を歪める。


(私が例の件で全部手配してくれた事を気にしてるから、気を楽にする為に無理して付き合ってくれたとか?)

「……そんなわけ、無いわよ」

 自信無さげにそんな事を呟いてから、秀明の様子を観察していた美子だったが、全く起きる気配を見せない為、段々困惑してきた。


(でも、どうしよう。全然起きそうもないし、このまま放置して帰ろうかしら? ……そんな事、できないわよね)

 一瞬冷たい事を考えたものの思い留まった美子は、色々諦めて溜め息を吐いた。

(もう良いわ。確かにお天気が良くて気持ちが良いし、一緒に寝ちゃおう)

 一応何の為貴重品はポケットに入れて、美子は秀明の背中を見る様な体勢で横になり、そのまま風変わりな昼寝に突入したのだった。


 そんな美子が全く知らなかった事だが、そんな二人の様子の一部始終を、少し離れた所から双眼鏡で観察していた一組の男女の間には、少し前から冷え冷えとした空気が漂っていた。

「ねえ? あんたの親友、何をやってるのか聞いても良い?」

「……寝てるかな?」

 美実から白い目を向けられた淳は、とても友人を庇える雰囲気では無く正直に述べた。それに美実が盛大に噛み付く。


「『寝てるかな?』じゃあ、無いでしょうがっ!? 何なの? 馬鹿なの? デートの相手ほったらかして寝るなんて!? しかもここに着くまで、姉さんに荷物を持たせて!」

「ああ、それに関しては、俺もどうかと思うんだが……」

「江原さんがここまで無神経な人だとは思わなかったわ。もう帰る。馬鹿馬鹿しい」

「あ、おい、美実?」

 プンプンしながら双眼鏡を淳に押し付けてその場を後にした美実を無理に引き止める事はせず、淳は苦笑いで見送った。そして改めて双眼鏡で件の男を眺めて、感慨深そうにひとりごちる。


「だがなぁ……、あいつ見た感じ、随分気持ち良さそうに寝てやがるんだよな……」

 そうして苦笑した淳は、取り敢えず二人を観察する為に食べ損ねていた昼食をとるべく、周辺の飲食店を探しに出かけたのだった。


「……ぅん」

「起きたか?」

 身じろぎしたと同時にかけられた声に、美子はゆっくりと目を開けた。

「……え? あ、そうか。寝てたんだわ」

 いつの間にかかなり日が傾いており、風除けのつもりか目の前に片膝を立てて座り込んでいる秀明のジャケットが身体に掛けられているのが分かった美子は、それを除けながら上半身を起こした。すると秀明が真顔で提案してくる。


「そろそろ冷えてきたし、帰らないか?」

「そうね。これ、ありがとう」

 ジャケットを手渡しながら頷いた美子は、予想外の事態に靴を履きながら溜め息を吐く。


(熟睡しちゃったわね。起きたなら起こしてくれても良かったのに)

 そして手早くレジャーシートを畳んでしまい込むと、ショルダーバッグと紙袋を持った秀明が確認を入れた。


「駅まで荷物は持って行く。家まで送らなくても大丈夫だな?」

「子供じゃ無いんだから。来る時も一人で来たし、大丈夫よ」

 門に向かって歩き出しながら、美子が何を今更と思いながら言い返すと、秀明が物言いたげな視線を向けてきた。それに気付いた美子は、若干眉を寄せながら尋ねる。


「何?」

「いや、今回寝顔を見ていて思ったんだが……」

「……どんな事を?」

 何やら嫌な予感しか覚えなかった美子だったが、取り敢えず尋ねてみると、予想通りろくでもない答えが返ってきた。


「今まで予想外の切り返しとか、想定外の行動が面白くて、顔の造形にあまり注意を払って無かったが……。妹達には負けるがそれなりに見られるんだな」

(本当に今日のあれこれは、嫌がらせ決定!!)

 それを聞いた途端、こめかみに青筋を浮かべた美子は、勢い良く秀明からバッグと紙袋を引ったくって怒声を浴びせた。


「それはどうも!! さようなら! 酒飲んでひっくり返って朝まで寝なさい!!」

「美子が言うならそうする」

「……っ!」

 バッグを取り返したりはせず、何故か嬉しそうに応じた秀明を見て、美子は怒りと羞恥心で顔を赤くした。

(どこまで人を馬鹿にすれば気が済むのよ!?)

 憤然として足早に立ち去る美子を笑顔のまま見送った秀明だったが、自身も帰ろうと足を浮かせかけたところで、タイミング良く肩を叩かれた。

 

「よ! お疲れ!」

 その声に、今の今までその存在に気がつかなかった事に舌打ちしそうになりながら、秀明は面白く無さそうに言い返した。

「別に疲れて無い」

「そうだよな。お前には珍しく、アホ面で熟睡してたもんな。少しは疲れも取れただろ」

 ニヤニヤしながら顔を覗き込んできた淳に、秀明は無意識に渋面になる。


「……やっぱり覗いてたか」

「気がついてたか?」

「俺とした事が、気がつかなかったな。今回は見逃してやるが、次はするなよ?」

「分かった」

 そして自然に並んで歩き出しながら、淳が笑いを堪える様に指摘してきた。


「しかし、お前が他人が側にいる状況で熟睡するのは珍しいよな? 特に女の場合」

「そうだな」

「よっぽど疲れてたのか? こき使われてんな~」

「偶々だ」

「それとも? 彼女に限って、側にいても熟睡できたとか?」

「そうだな」

 淡々と淳の問いに答えていた秀明だったが、何故か急に相手が黙り込んだ為、不思議そうに尋ねた。


「どうした?」

「……お前が素直に認めるとは思わなかったぞ」

 気味悪そうに自分の顔を見つめてくる悪友に、秀明はいつもの人の悪い笑みで応じる。


「時々意外な顔を見せないと、つまらないだろう?」

「不気味だから止めろ。それに何やら最後に、美子さんを怒らせてただろうが。何をした?」

「正直に言っただけだったんだがな」

「何を言ったんだか」

「容姿が思ったより見られると」

「……どこまで馬鹿だ、お前は。幾ら料理を褒めるのに忙しかったからって、容姿をきちんと褒めろよ」

 がっくりと項垂れた淳が思わず愚痴を零すと、秀明が思わず立ち止まった。


「そう言えば、どれも美味かったので、褒めるのを忘れていた気がする」

「はぁ!?」

「今までの女の料理とかだと、幾つか作った中でなんとかマシなのが一つ位はあったから、それに集中して褒め言葉を駆使していたからな。どれもこれも美味いから、夢中で食べてた」

「お前と言う奴は……」

 真顔で告げられた内容を聞いて、盛大に顔を引き攣らせた淳は目の前の親友を殴りつけるのを辛うじて堪えたが、ここで秀明が問い質してきた。


「ところで、お前はどうして彼女の料理の腕前を知ってる口ぶりなんだ?」

「何でって……、そりゃあ、美実と付き合いだしてから、何度か家に呼ばれて夕飯をご馳走になってるし?」

「……ほぅ?」

 途端に物騒な気配を醸し出し始めた秀明に、淳は咄嗟に間合いを取りながら弁解した。


「仕方ないだろ、向こうは好意でご馳走してくれたんだし! だけど俺とお前が友人関係と分かってからは、全然呼ばれなくなったからな!!」

「それは悪かった」

 思わず苦笑して先程までの気配を霧散させた秀明に、淳は心底安堵しつつ(本当に面倒くさい奴)と呆れながら、再び並んで歩き出した。



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