氷点。
氷がカラリと音をたてた。
濃い色をしたアイスコーヒーを、私は口にする。
ドリンクバーのアイスコーヒー。
口のなかにきつい酸味が広がり、それが時間がたったものだと私に教える。
思わず私は、
「最悪。」
と呟く。
外は雨。
湿気で広がる髪。
水をふくんだ靴の爪先。
日々よくある事ばかりなのに、今日は酷く気になる。
なぜだろう。
きっとここに居る自分と、ここにある空間が。
そうさせているのだろう。
なんてありふれた言葉を並べて、そう思い込んでみる。
二杯目をアイスカフェラテにして。
しかし冷房のせいか、急に肌寒くなり、ホットにすれば良かったと後悔する。
けれども手持ちぶさたな右手でストローをまわす。
氷がたてる、カラリという音が聞きたくて。
そんな自分、嫌いじゃない。
渦を巻く氷に耳を澄ましてそう思う。
夕時のファミレスは人も少なく居心地が良い。
淹れたてのコーヒーだったら。
雨じゃなかったら、
私はなんて呟いただろうか。
私は小一時間、人を待っている。
「大事な話があるから。」
と私が呼び出したのだが、遅れるなら連絡の一本寄越してほしい。
お付き合いしていた男に、別れを告げようと思っていたのに。
注がれただけの三杯目のホットココアの湯気が消えかけた時、
そろそろ限界だと、そう思った。
立ち上がろうとした時、
どこか合わせたようなタイミングで彼が来る。
「遅かったのね。」
謝られる前に、私は言った。
「連絡の一本、くれれば良かったのに。」
しゅんとした彼が、怒られている子犬ちゃんみたいな顔をするので、私は冷めたココアのカップに視線を落とす。
「定期を忘れ、電車に乗り遅れた。手帳が見当たらなくて、携帯の充電が切れた。
君に会う日は必ず何か悪いことが起きる。」
彼が勢いよく話始めたので、私は何も言わずに黙って聞く事にした。
「タクシーの運転手に、行き先を間違えられたり。
傘を盗まれたり。
財布に金が入ってなかったり。
自転車の鍵を落としたり。
大事な話があると言われて、真剣に考えてきた。
君は何も悪くない。全部自分が悪い。
けれども君は、いつも優しかった、とても。
今日を迎えるにあたって、考えた。考えたけど、やっぱり無理だ……。
君もそう思わないかい?」
別れるのは無理だと、この人は言いたいのだろうか。
「ちょっと待って。どういうこと?あなた、わかってる?」
「わかっているよ。今さら何を話すんだ……。
考えてきたよ。
考えてきたけど。
やっぱり君とは、結婚できないんだよ!」
“大事な話”には、二通りあったのか。
予想外の出来事に、私は呆れきる。
端によけていた二つのグラス。
氷は溶けきって、今はカラリとも言わない。
思わず呟いたわ。
「最高。」
と。