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「トマトのソースは、常温で」

 

 片田舎とは言うものの。実際は田舎に片足を突っ込んでいる、地方都市から少しだけ離れた準田舎というのが正解。


 それほど不便もなく、人もいる。

 でも都市からすれば田舎は田舎に変わりないという中途半端な立ち居地。

 とある企業の保養地として採用されていたこの町はいまや企業の手を離れひとり立ち……出来ているのかは怪しいが、とにもかくにも今日を平和に生きている。


 そんな町唯一の、駅から少しの”やや活気のある”商店街、その外れ。

 そここそがヨシハルの住処であり、これまたこの町唯一の修理工場。

『重工ヨシハル』なのである。


 ……あ。

ちなみにだけど、『重工』と『ヨシハル』は別にしないでね。

『じゅうこうよしはる』って名前であって、重工のヨシハルじゃないからね。




 そしてそんな、

「しまった」

 自宅でもある工場を出ていくばくか。すでにヨシハルは後悔していた。

 クール・チップの充電。忘れてたなんて……。

 もういくばくも持つまい。


 クール・チップとは小さな板ガムのようなチップを腰の辺りに貼ると、いろはに3号ほどではない(つか比較にならない)が”気持ち”涼しくなるという優れものである。

 カイロの逆。

 うちわいらず。


 ただし充電しても使用時間が異常に短い上。やたらとデリケートなためコスパ悪しとあまり売れずに販売停止になってしまった過去の遺物でもある……。

「いい商品だと思ったのにな」

 まさか汗に弱いとは。

    

 現在はもちっと優れたのがあるけれども、その手の小さい技術はなんせ高い。それに今は折りしもの健康ブームで、かつ超少子高齢化であり、そういったものに頼ってはいかんという声が大きくなかなか売れないのだという。

「安けりゃ絶対に買ったんだけど」

 とりあえずは倉庫に眠ってたこいつで我慢我慢。

 



「はぁ、遠い」

 ただでさえはずれに住むヨシハル。双子の家はまだ距離がある。

「こんな場所でも舗装はしっかりされてるからな」

 道路に陽炎がのぼっている。


 くらくらする。


 くらくら。


 くらくら……。


 こんな調子でフラフラと。 

 双子の家へ 行く途中のことだ。




「ばぁかもぉぉぉおおおおおん!」




 うひゃあ!

 やましいところが随所に光るヨシハルは、ついペコリと頭を下げてしまう。

「ご、ごめんなさい!」

 ってな感じで。




「てめぇはよぉ! 何度いやぁわかるんだ!」




 怒号はなおも響き、ヨシハルを混乱させる。

「な、なななにごと!?」


 キョドれるだけキョドったのち。

 ようやく、

「お、おれじゃないのね」

 気づくも。

 でも。

「じゃあいったい全体……」

 誰が怒られてるんだろうか。


 それはそれとして、一人二人(買い物帰りだろうか)道をゆくおばちゃんが、頭を下げたままのヨシハルを見てクスクスと笑っているのに気づいているデリケートなヨシハルは、そっとしゃがみ、靴の紐を結ぶアピールをしながら周囲を探る。 

 すると、




「道場をなめとるんか!? 涼那すずな!」



 

 ……あぁ。なるほどね。

 よくよく聞き耳立てて聞いてみりゃ、というかぼーっとして気づいてなかったけど。ここ、屋科やしな道場の裏手じゃないか。

 ヨシハルは思い出す。


「今日もよく、怒られてるようね」

 さっきいたおばちゃんがいつの間にやらそばまで来ていて話しかけてくる。

「……えぇ、そうみたいですね」

 屋科の怒鳴り声といえば、このへんではもはや名物。知らぬものはいない。

 冗談で、観光名物にしたら?なんてことをいう人もいたけれど、屋科の道場主『久夏くげ』のじーさんに怒鳴られてたっけ。と先月の町内会を思い出す。

 ちなみにヨシハルは、この久夏じーさんとはワケあってあんまり……仲がよくない。というか一方的に嫌われている可能性が高い。




「顔を洗って出直してきやがれ!!」




 ガラガラガラ! 

 道場裏問から顔を出すじーさん。

 ちょうど目線の高さに目を向けていたヨシハルと、


「――あっ」

「フン!」


 一瞬だけ目が合うも、

「あわわわわわ」

 すぐに視界は女の子の顔で埋め尽くされてしまい。


「ぎゃ!」

「ふん!」

 額と額とが、ゴン! と鈍い音を立てぶつかり合う。


「いったぁ」

「あたた……」

 勢いのままに尻餅をつく。

 そして、ピシャリ! と閉まる裏門。


「あちゃ~」

 振り返りながら”いてて”と額をこするスズナと呼ばれた少女。

 こりゃあさぞやショックを受けていてもおかしくない状況のはずなのだが。 

「あはは」

 笑ってら。


 すっくと立ち上がると、

 おばちゃんに「大丈夫?」と尋ねられてもてんで問題なしといった調子から慣れっこなのだと感じ取れる。


 それから、少女はいまだ尻餅ついたままの格好で苦笑いをしているヨシハルに手を差し伸べると、

「いやぁ~。すんませんね、ヨシハルさん」

 なんてまるで友達のような口を聞く。

「……景色が飛んだよ。スズナちゃん」

 

 どうやらこの二人もまた、顔なじみらしい。




 ――涼那。

 屋科涼那。


 屋科 村重むらしげというなんやら立派なご先祖を持つ道場主九夏の孫である。 

 彼女の家は代々、古武術を子々孫々と受け継ぐ今の時代珍しい家系であり、結構な大会でもちょこちょこ結果を出している。

 特に、九夏はなかなかの逸材であったらしくその道で知らぬものはいないとか。


 そんな彼も寄る年波には勝てぬようで、やむなく大会出場に関しては引退を迎えるわけであるが……彼にはあらたな希望があった。

 息子である。

 九夏の遺伝子を受け継いだ息子も立派に育ってくれており、意思と道場を継いでくれるのではと九夏はもとより格闘界の誰もが信じていた。

 

 だが……。

 悲しいことに息子は早世。

 若くしてこの世を旅立ってしまった。

 おしい人物を亡くしたとみな深く嘆き悲しんでいたのが今でも忘れられないと言う者もいる。

 いい奴だったのだ。 


 ではこれでついに道場は終わりかと言えばそうでもない。

 早い話。

 早世こそしたものの、子を残したのである。3人も。

 これには九夏安心。


 一応勘違いされないよう言っておくが、別に道場を残すことが命より大事と言うわけではない。

 ただうれしかったのだ。

 息子に託せなかったものを託す、そのことそのものが。


 ……が。

 なんてことでしょう。

 九夏がっかり。 

 だって。

 だって。




 まず長男。

 さる大企業へ入社。


 まぁ。一人目の孫だったし。

 大企業だし。

 今の時代長男だからこそ道場継げとは強めに言えないし。

 不安定だし。

 孫かわいいし。

 頑張ってるみたいだしってことでじーさんも納得して送り出した。

 なにより格闘家をするにはやさし過ぎた。

 出来た男だったんだけれどね。




 となれば次男。

 長男がいるってことは当然いるのは次男。

 九夏期待しまくり。

 びしばし鍛えまくった。

 次男もそれに応えた。祖父譲り(つまり九夏)の情熱。父親譲りの快活さ、真っ直ぐさ。

 力。身長。丹精な顔立ち。

 すべてがパーフェクト(若干孫バカ目線)……。

 

 だもんだからいろいろあってじーさんはより彼に期待し、彼を強くすることに老後の人生に目標を、使命感すら感じていたくらいだ。

 なんてイイ事尽くめ。 


 だったのだけれども。

 あくる日の朝。




 次男失踪。




 留守電も残さず。

 手紙一枚を残して。


 九夏呆然。

 ……彼は誰に似たのか。

 能天気なところがあって、試合直前になって「アイスを食べに行く」といいそのまま北国まで食べに行くなんてこともあった。

  

 でも、だからって。

 唐突にいなくなることないじゃん。

 誰もがそう思ったのは語るまでもない。 




 そうして、最後に残された長女こそが屋科涼那。

 長女であり末っ子。

 母親に似て身長も小さく細い。

 穏やかで優しいのだけれども、それでも闘志のあった長男とは違い普段からボケーっとしているような子である。


 現在中学生通信教育中。やや、引きこもり。

 表情に悲壮感がないので引きこもりっぽさに欠けるのだけれど。

 そんな少女。



 本来ならば、彼女に白羽の矢が立つことなどなかった。

 というか別に立ってない。

 失踪からいつかは帰ってくると信じているし、なにより、前述のとおり彼女の体格は格闘技にはまるで向いていないのだから。

 

 じゃあどうしたのかといえば、単純で。

 彼女自ら立ったのである。

”私、やるわ”

 と。

 

 周囲もこれには驚いた。

 なぜか。

 なぜなのか。


 九夏も3度尋ねた。

 今まで、かわいさあまって正直だいぶ甘やかしてきたこの孫娘。

 やりたいことがあるなら好きなことをやらせてやろうと考えていたのだが、これまでなにかをしたいと主張したことはなかった。

 道場など入ったとこすら見たことない。

 だからなんでと尋ねるが……。

 でも答えない。


 ――この子はこの子で誰に似たのか。変なとこだけやたらと頑固であり、ヘラヘラしながらも言い出したら聞かない。

 閉じこもった時もそう。

 理由を聞いても頑として答えなかった。

 意志の強い引きこもりの誕生である。

 なんてめんどくさい。

 

 だから今度も九夏はそれ以上聞かなかった。

 きっと引きこもりのような状態から立ち直ろうとしてるのだろう。

 そう解釈することにした。

 であるこそ、先のとおり。心を鬼にし厳しく指導に当たっているようだけど……。

 ちょっと厳しすぎ?

 



 とまぁこんな感じ。

 なんとまぁ。

 ダメアニキ(彼女評)が突然の失踪してからの約半年。

 今日も今日とてがんばっているというわけだ。

 しかし所詮はひきこもりで、何をやっても失敗ばかりで今日も今日とて怒られてばかりなのはご愛嬌……。


「はは」

「はは、じゃないよ。まったく」

 ヨシハルは差し出された手をつかみ。立ち上がる。

 なるほど、小さい。

 格闘家の手ではない。

 こんな手でサンドバックの一つも叩いているのだろうか。


 そんな風にヨシハルがふと考えていると、

「それにしても……」

 かっこ悪いトコを見られた照れ隠しのつもりか。

「こんなとこで会うなんて珍しいですね」

 唐突に話を変えてくるスズナ。


「……いやね」

 パンパンとお尻を払いながらなんとはなしに周囲を見るヨシハル。

 おばちゃんはすでにどっかへ行ったらしい。

 いない。


「いやね、チビどものところへ行こうとしてたトコでね」

 チビ?

 一瞬怪訝とするも「あぁ」と納得し、

「それでかぁ」

 と頷く。


 今度はヨシハルが「?」と疑問に首をかしげると、

「さっき、チビちゃんたち。挨拶してったんですよ」

「まじか!」

「まじです」


 一歩遅かったか。

 くあああッ。

 あからさまにヘコむヨシハル。

「まぁまぁ」

 中学生に呆れられている。


 ついには見かねてか。 

「それはそうと、どうです? ここで会ったのもなにかの縁ですし……」

 と誘ってくれる。

 しかしそれはヨシハルにはよろしくないものだったようで、

「げっ!」

 と、つい声にだしてしまう。

 

 無理はない。

 この炎天下の中。

 激しい稽古をしていたのだろう。

 よくよく見てみるまでもなくスズナの胴着はものすごい汗で変色しており、湯気が立っている。

 ヨシハルでなくとも焦るに違いない。


「ははっ。冗談ですよ」

 いたずらっぽい顔でスズナ。

「ヨシハルさん、運動苦手そうだし」

 中学生の引きこもり女子にこうも言われる成人男性はなかなかいまい。 

 

 たはは……。

 だよね。

 しかしなんて自分はチョロいんだろう。

 ヨシハルは苦笑する。

 そもそもじーさん教えてくれんだろうしね。




 ……。

「――さて」


 こうもしちゃおれん。

 ヨシハルには運動どころか、このクソ暑い中いつまでも世間話をしているだけの余裕もなかった。

 そこで少し強引ではあるが話を切り上げることとする。

 本当に誘われでもしたらたまらないしね。

 

「あ、そうだ」

「お?」

 挨拶を軽く済ませ、電池の切れたクール・チップをポケットにしまっていると、じーさんに言われたままに門の脇にある水道で頭を冷やしていたスズナが改めて話しかけてくる。


「ヨシハルさん、”アトヒロ”の前通りますよね」

「うん、通るよ」

「じゃあ、ちっと。頼まれてくれませんかね」 

「え? あぁ、いいけど……」

「じゃあ」  

 



 ※


 兄にも良心の呵責があったのだろうか。

 机には一枚のメモ書きが残されていたという。

 メモ書きにはこうあった――。


『トマトのソースは、常温で保存して置いてください』

                    雪安ゆきやす

     







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