「ある晴れた日」
ジーーーーーーー……
ジーーーーーーーーーーーーーーー……
焦げ付き揺らめくアスファルトと、よう鳴く蝉。
都会ならばセットでお得なワンパック……でもないけれど、なければないで寂しい。
そんな風物詩と言える存在なのではなかろうか。
そう、今は夏。
まもなく秋の気配を感ずるはずの残暑であろうとも、紛れもなく夏なのである!
【地域密着型重工よしはる】
倉庫を改造したであろうこじんまりした工場にて。
「よし、直った……!」
こけしを子供のサイズまで巨大化したようなマシンを前にしゃがみこんでいた男は、なんとも嬉しそうにそう呟き、目に当てていた高機能ゴーグルを外す。
オ…オ…オオババァサマ、ナオリマシテゴザイ
「……口は悪くなったみたいだね」
おばあちゃんからの突っ込みには、すぐそばに立つボサボサ金髪頭で作業着姿の男も”たはは”と小さく笑うしかない。
頭を指先で掻きながら、
「じゃあおばあちゃん、早速命令してください」
コクリとおばあちゃん。
「板、出しておくれ」
ワ…ワカリヤシタ
言うが早いか、
マシンの後方足元から薄い板が地面スレスレににょきっとせり出してくる。
「よしよし」
いい具合だ。
おばあさんも、確認するなり「板」と呼んだ足場に、
「さて、と」どっこいしょと片足乗せる。
たったそれだけの動作でもいかにも大変そうなのは、
今年で70後半に差し掛かろうという高齢まで一生懸命働いてきたからであろうことは、刻まれた皺から察するに易い。
そうして、
――ウィン。
聞き取れるかどうかという、小さな音。
おばあちゃんの、もう片方の足が乗るなり、マシンは気持ち持ち上がる。
「どう?」
「あぁ……。確かに、直ってるね」
それから、ノロノロ。
前進を始めたマシンは目の前の出口付近まで進むと、
”くるり”
方向を変え元の位置へ。
それにしてもマシンの目(刻み海苔を顔にあたる部分に貼り付けたような)がうっすら光っているのが不気味であるが、気にしてはならない。
「うん、問題なさそうだ」
納得するおばあちゃんに「そりゃあよかった」
「じゃあ、さっそくだけど……」
「あぁ、このまま行きま――あ」
しかしここで何か思い出したらしい。
作業着姿の男は、
「……口の方は?」口元を掻き、告げる。
「口はおまけさ」
ニヤリと笑うおばあちゃん。
たしかにこのマシン。搭乗型マシン”いろはに3号”は、
人を乗っけつつ、オートで(マップも入力済み)目的地まで安全に届けるのが目的のマシンであって、口は遊び心に過ぎない。
年寄りにウケるだろうという目的も無きにしも非ずだが。
「さぁさ、行くかね」
おばあちゃんは出口――『重工ヨシハル』と書かれたのれん(室内もよくよく見渡せばどこか懐かしさを感じさせる装飾)をくぐる。
-外-
「ありゃまぁ」
おばあちゃんが店を一歩出るなり、そこは灼熱地獄。
「こりゃまた結構な日差しですこと」
レンガで舗装された地面は”ジリジリジリ……”とまるで鉄板の上を想起させる。
「オババの丸焼きだね」
決して冗談ではすまなさそうなのが、恐ろしい。
「今日はまた最高気温更新だそうですから」
後ろから声が掛かる。
地球温暖化ってやつカシラ。
首をひねる。
――でも大丈夫。
なぜなら?
そう、
オババ……ジジ……、マルヤキ。キケン、デ、ゴザイ
進む先の熱。
気温を感じるなり、瞬時におばあちゃんの体はフワリ柔らかい冷気に包まれるからである。
志向性の冷房装置。
対象の表面に冷気のバリア(気温と体温から適温に調整してくれる優れものさ)を作ってくれるので、常に快適。
安全安心。
真夏日であろうとステキな散歩をアシストしてくれる、ちょっとした近未来装置なのである。
「便利なもんだわ」としみじみ呟くおばあちゃん。
「(ちょっと前まで幅を取る椅子だったのにねぇ……)」
技術の進歩は留まるところを知らない。そろそろ空を飛ぶどころか、瞬間移動をすると言っても驚かない……。
かもしれない。
「もっともっと、便利になりますよ」
きっとね。
根拠などないけど。
でも、少なくとも彼の中に不思議と沸き起こる自信に嘘はない。
ただここでおばあちゃんがする、
「あんたがしてくれるのかい?」なんて質問はちょっと予想外だったようで、
「……え?」
一瞬面食らったものの、
「はは。まさか……」
鼻を小さく掻きつつも、否定するヨシハル。
けれどもその黒い(片目だけ妙に濃い)両目はどこか遠くを見るようで――。
※
イッテキヤガレデ…デ…ゴザイマス。オ…オババァサマ
「何を言ってるんだい、お前が私を運ぶんだよ」
やれやれだね。
最後に、そうこぼして去って行ったおばあちゃんだったが、その顔は満足そうだったので、ひとまず安心していいだろう。
残る課題もあるにはあるが。
「AIは、まだまだ弱いなぁ」
「(でもボクはその分野の人間じゃないんだよナー)」
どうしたものか。
「――ふぅ」
マシンと同様、室内も冷房装置が起動しているはずだ。
にもかかわらず暑そうに額をぬぐい溜息を漏らすヨシハル。
おばあちゃんの背が見えなくなるまで見送ると(でも出ない)
ガシャガシャとスライド式のシャッターを閉める。
「今日の仕事もこれで終わりかな??」
と言うと、ググッと体を伸ばし、
「うん」とひとつ壁に掛かるずいぶんとレトロな時計へ顔を向ける。
ずいぶんと古い。
ソレはこの工場を前に使ってた人が残していったもんで、最初はその手間にイラっとしたりもしたもんだが、今じゃ随分と愛着を持っている。
なんせいまどき壁掛けの巻き時計なんてどこにも置いやしない。
前の持ち主いわく価値のあるものらしいけれど、ずいぶんと胡散臭い人だったのでまぁ嘘だろう。
ちっちっちっち。
……短い針は上の方を指している。
まだ昼過ぎ。
「ふむ」
倉庫を改造したであろうこじんまりしたスペース(今いるとこね)の奥の方。自宅との境にある縁側へと腰掛ける。
「どっこい、しょ」
まだ若いのに。
そうして、飲みかけのお茶へと手をかける。
「(ぬるい)」
そりゃそうだ。
自分に突っ込みつつ、バタンと倒れこむ。
「ふぅ」
……。
「……」
……。
……。
……。
「(あ)」
”ぬるい”で、なんぞ思い出したらしい。
ヨシハルは倒れた格好のまま、なにやらそこらをゴソゴソ探しだし――。
「あった」
お茶の代わりになにかを持つとどこぞへ向け、
押す。
「”ピッ”」とね。すると?
……。
「……うあああ」
突如としてうめきだすヨシハル。
それはもう。
うめく。
その上グネグネとしだす。
グネグネと。
「あああああああ……」
グネグネ。
グネグネ。
どういうことかと言えばこういうことで。
どうやら手にしたのはリモコンであり、押したのは冷房機能のようなのだが、
彼曰く、
『これから徐々に熱くなっていくであろう未来を憂いて。
グネっているのである――』
……。
うめくほどにキツいならばなぜ消したと言いたいところではあるが、
そこは省エネ地球のため。
つまり冷房代のためであるから仕方がない。
「うあああああああああ……」
つか、
あるでしょ?
コレやっとかなきゃ落ち着かないっての。
ソレです。
それ。
ただ問題点もないわけではなく。
彼は立派な成人(20代前半)男性であり――。
それだけに、一応恥も外聞もあるのは確かであるわけで……。
ガラ。と開く奥の引き戸と、
「あら?」女性の声。
「っ!?」
「おばあさまは?」
……ゆっくり、
ゆっくりと目を上げる(今仰向け)そこには。
いつの間にやら現れた「(く、くのいち)」
ではなくココア色の肌の女性。『リコ』がそこへと立っている。
「……ちょうど、今行ったよ」
「そうですか」
残念そうな彼女の手にはお盆があり、その上には冷えたお茶が載っている。
――さすがというべきか。
当たり前というべきか。
年齢どおりに大人のようで(それでもヨシハルに比べ、いくらか若い)彼の無様な様子に関してはまるで気付いてなかったのかのような態度を取ってくれているのが、また泣けてくる。
いっそ笑っておくれ。
「く」
「?」
「ぐぐ」
「??」
「ああああああああああああ!」
こうなればもはや裸同然のヨシハル。
恥ずかしさを隠すため、
より大きな恥で覆い隠さんとするその姿は――。
すがすがしくも、やはりみっともない。
そんな姿を一通り見た後、
「もう」
ここ、置いておきますね。
静かに冷えたお茶を置いて奥へと戻っていく彼女は、やはり大人である。
11/6
久々に読んだらとても読みづらかったので少し修正。
とりあえず後半だけ。
前半は今度。
・・・なんか別人が書いてるみたい。