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すまいる  作者: 仲村 歩
1/5

天使の見習い

また、気忙しい季節がやってきた。

街中はクリスマス一色に染まり。1年で一番輝いている。

「あと2日か」

空を見上げるとビルの間に真っ黒にしか見えない小さな夜空が見える。

こんな街中では晴れていても星なんて見える方が珍しい。

朝の天気予報は雨が雪になるかもと言っていた。

まだ、降りだしては無いが厚い鉛色の雲に覆われているに違いない。

大通りに目をやると忙しなく車が行き交い、カップルや忘年会帰りの酔ったサラリーマンたちが歩いている。

「今年はホワイトクリスマスかなぁ」

「そうだと良いね」

すれ違ったカップルからそんな会話が流れてくる。

ショーウインドウに目をやると酔っぱらったサラリーマンらしき背広姿の男が2人、小柄な女の子に絡んでいた。

ナンパでもしているのかこの街じゃ日常茶飯の事でふだんなら俺も気にも留めなかった。

「ねぇねぇ、良い事をしてくれるの?」

「えっと、ほわっと幸せになれますよ」

その女の子は茶髪と言うか不思議な髪の毛の色をしている。

首元にフワフワの襟が付いた真っ白い服でこの時期に良く見かけるミニスカサンタ白バージョンみたいな格好をしている。

そして手には大きめのカードの様な物を持っていて不思議な言葉が書いてあった。

『あなたの不幸をください。私が幸せを差し上げます』

新手の新興宗教かはたまた電波な女の子なのか。

そんな事よりも俺が気になったのは彼女がとても儚げに見えた。

存在が薄いと言えば良いのだろうか。

「バカじゃねぇの」

気付くとそう言って背広姿の男を蹴り倒していた。

「何だ? おまぇ……」

尻餅を付いた男を腰に手を当てて見下ろすと語尾が尻すぼみになり2人連れ添って逃げて行った。

彼女を見て俺は目が覚めた気がする。

こんな状況でも彼女は笑っていた。

笑うと言うか微笑んでいた。

それは作り笑顔ではなくまるで地のままの様な気がした。

「こんな所でそんな事をしているとまた絡まれるぞ。家に帰りな」

これ以上係わりをもつのが嫌で自宅のマンションに向い歩き出した。


大通りから脇道に入ると途端に街灯が少なくなり薄暗い道が続いている。

その先に俺が住んでいるマンションがあった。

しばらく歩き振り返ると後ろから付いて来ていた彼女も立ち止まった。

「何か用なのか?」

俺の問いに対して彼女は不思議そうな顔をして首を傾げた。

「家に帰れと言ったはずだ」

「帰る場所はありません。私は天使の見習いですから」

電波系少女と言う奴なのだろうか、厄介なのに捕まった気がする。

「で、その天使の見習いが俺に何の用なんだ?」

「あなたの不幸を私に下さい」

「俺は不幸じゃねぇよ」

「それじゃ何故あなたの瞳はそんなに哀しい色をしているんですか」

彼女の言葉に返す事が出来なかった。

「俺の目は日本人には珍しい碧眼だからそう感じるんだろう。それに俺の瞳なんか濁りきってるよ」

「違います。何処までも澄んだ哀しみの色で満ちています」

「そんな事は君に関係ないだろ。付き纏わないでくれ」

「嫌です!」

今、はっきりと拒絶された?

それでも不思議な事に彼女に怖さは微塵も感じられなかった。

「天使の見習いですから」

今、心を読まれた?

そんな筈はない儚げで普通じゃないけど普通の女の子にしか見えない。

「私、あなたに決めちゃいましたからあなたになら見せちゃいます」

そう言って俺に向かって両手を広げて飛ぶ様にして向かってきた。

目の前であり得ない事が起きている彼女と俺は5メートル近く離れていたはずだ。

段々近づいてきた彼女が俺の腰に抱き着くように腕を回すと軽いショックを受けて温かい物に包まれたような感覚がした。

天使と言ったよな。

頭の上に光の輪があって背中に白い羽が生えているあれの事なのか?

でも、目の前に居るのはちょっと電波な女の子で。

それに天使なんてこの世に……確かに飛んで……

「今、飛んだのか?」

「はい、こんな事も出来ますよ」

俺から少し離れた彼女が体を回転させると来ている洋服が瞬時に赤と白のミニスカサンタに変わった。

「この服はこの時期限定なんです」

「で、もう一度だけ聞くけどその天使の見習いが俺に何の用事なんだ」

「それは、クチュン」

可愛らしいクシャミの音が聞こえて女の子が小さな鼻に指を当てて鼻を啜っている。

大きなため息を付いて彼女に声を掛けた。

「どうあっても付いて来るんだな」

「はい」

「それじゃ、付いて来ればいい」

「はい!」

振り返りゆっくりと歩き出す。

俺の目の前でイリュージョンの様な事を平気で見せた彼女の事だ、俺が逃げ回っても何処までも付いて来るのだろう。

それに見失ったとしても目の前に現れる想像が容易にできる。

それなら温かい部屋で話を聞く方が建設的だし、電波系と言えども女の子に風邪をひかせるわけにはいかないと思ってしまった。


家に入りリビングのソファーに彼女を座らせて何か温かい物をと思い寝起きに飲んでいる牛乳に砂糖を加えてホットミルクを作る。

その横でお湯を沸かしてインスタントのコーヒーを淹れた。

マグカップに入ったホットミルクを彼女の前に置くと彼女が両手で持って口に運んでいる。

「温かい」

「今日は冷えるからね」

俺もコーヒーを口にする。砂糖を入れると眠気を誘うのでブラックだ。

マグカップをテーブルに置いて話を切り出す。

「それじゃ話を聞かせてもらおうか」

「はい。私達天使の見習いは困っている人や苦しんでいる人を助ける事で天使になれるんです」

「つまり不幸な人を助ける事って事かな」

「はい、その為に私達は力を差し上げるんです」

「その君達の力って何なの?」

「それは私達の存在の力です」

「存在の力ってそれが無くなれば君達は存在できなくなるんじゃ」

「そうですね消えてしまいます。でもそうする事で天使に昇格する事が出来るんです」

だからあの言葉だったのか。

『あなたの不幸をください。私が幸せを差し上げます』

にしても彼女達が天使ではなく見習いなら天使って何なんだ。

疑問に思った事を正直に彼女に聞いてみた。

「それじゃ聞くけど天使って何?」

「えっと光の存在です。ですから普通は目にする事が出来ません。人の言う所の奇跡なんて呼ばれている事が天使の仕業です。あっでも光の存在がとても大きいと時に具現化される時があります」

具現化と言われてもピンとこない。

何故なら天使なんて存在は宗教画や二次創作物なんかにしか出てこないからだ。

それに実際に見た人なんて皆無に違いない。

でもそんな天使の見習いが俺の目の前で美味しそうにホットミルクを飲んでいる。

「あのさ、何で俺なの?」

「えっと顔に不幸が現れています」

「……」

マジで殴りたくなってきた。

「あのう、すいません。お腹が空いて」

「はぁ? 天使もお腹が空くの?」

「はい、実体を保つのに凄く力を使うんです。ですから実体の時は普通にお腹が空きます。それに昨日から何も食べてなくて。それに天使じゃなくて見習いです」

怒る気も失せてきた。

儚げに見えたのは実体を保つ力が落ちて来ていたからなのだろう。

仕方なくキッチンに置いてあったバイト先でもらったクッキーや焼き菓子を彼女の前に置くとおいしそうに頬張り始めた。

「美味しいです」

「話を続けていいかな」

「はい」

「見習いの上が天使で天使の上に全知全能の神様がいるんだね」

「ん~と、神様とは少し違います。主様が知らない事は無いですけど全知全能じゃないですよ。でも命を生み出す事が出来るのは主様だけです」

「へぇ、そうなんだ」

神なんてこの世に存在しないと思っている俺でも妙に納得してしまう回答だった。

「で、俺は何をすれば良いのかな?」

「あなたの望みを教えてください」

「俺は今の生活に十分満足しているしこれ以上の望みなんて」

「でも、幸せそうには見えません。それに」

今まで即答していた彼女が急に口を濁した。

「それに、どうしたの? 俺には言えない事?」

「いえ、昇格試験の期日があと2日なんです。だから何としても天使になりたくて」

「ゴメン、俺は力になれそうにないや」

「それじゃ、私に恋を教えてください。恋を知れば天使になれるって」

「恋って恋愛の恋?」

「はい、恋です」

それこそ俺には無縁の物だった。

齢19にして年齢の数が彼女いない歴そのまんまである。

「そんな恋なんて俺には教えられないよ」

「そうですか」

彼女が肩を落とし意気消沈している。

「どうして恋なの?」

「天使の昇格試験は難関なんです。合格できる人が殆ど居なくて。それでも試験に落ちても天使になった先輩方が沢山いるんです。だから」

「大変なんだね天使の見習いも。自分の命を削って他人を幸せにするか恋を知るかなんだ」

「はい」

2日が経てば大人しく空の世界にでも帰るのだろう。

今すぐに寒空の下に放り出しても結局は付き纏われるのだろう。

それならば全く役に立たない俺に出来るのは彼女を放り出すのではなくこの家に置いておく事かなと安直に思ってしまった。

「俺は君に何も教える事は出来ないけれど君がよければ試験の期日までここに居れば良い」

「本当ですか?」

「構わないさ、無駄にデカい家だしね。使ってない部屋は沢山あるからね」

「あの私からも質問して良いですか」

「良いよ」

「お1人なんですか?」

「1人暮らしの男が女の子を連れ込むのは非常識だよね」

「いえ、そうではなくお1人なのに大きな家に?」

彼女の質問に少し戸惑ってしまう。

それでも彼女が2日とは言えここで暮らすと言うのなら話しておいた方が良いのだろう。

「まぁいいや。君がここに居ると言う事は直ぐに判ってしまう事だから説明しておくよ」

「はい、宜しくお願いします」

彼女が真っ直ぐに俺の顔を見て軽く握った拳を膝に置いた。

「このマンションは元々俺の親父が購入して家族で暮らすはずだったんだ。俺の学校の事情でとりあえず俺が1人で先にこの家に来ていた。その数日後には荷物が届き親父やお袋それに姉貴に妹が来る筈だった。でも荷物は届いたけれど俺の家族は来なかった」

「どうしてですか?」

「親父が運転する車に乗ってここに向かう途中で事故に遭ったんだ。トンネルの中でタンクローリーに追突され車は大破。そしてガソリンと軽油を満載していたタンクローリーは爆発炎上した。俺が家族と再会した時には親父もお袋も姉貴も妹も小さな木箱に入れられていたよ」

「お辛かったでしょう」

彼女の言葉に対し『清々したよ』とか『全然』などと捻くれるでもなく強がるでもなく心の内を素直に口にした。

「どうなんだろうね」

それが口から出た言葉だった。

マンションのローンも親父が入っていた保険で補い。

家族が入っていた生命保険で無理をしなければ一生暮らせるほどのお金が入ってきた。

それらは全て家族と引き換えに得た物だけどそれがどうなのかは俺には分からない。

それ以上彼女は何も聞いてこなかった。

夜も遅くなったので彼女が使えそうな部屋に案内する。

その部屋は姉貴と妹が使うために用意された部屋だった。

ベッドが置かれ大きめのクローゼットが備え付けられている。

部屋の片隅には段ボール箱が積んであり箱には何が入っているか記されている。

それを見ながら洋服などが入っている段ボールを数箱あけた。

「この中の服はサイズが合えば着ていいから。まぁ君が気にしなければだけど」

「お姉さまと妹さんの服ですね」

「うん。姉貴と妹は歳が離れているけれど背格好が同じだったから似たようなサイズだと思う」

「それでは遠慮なく使わせて頂きます」

「それと風呂なんかも適当に使って欲しい、タオルなんかは風呂場にあるから」

「はい、ありがとう御座います」

「あんまり遠慮しないでくれる。その方が俺も気が楽だから」

「はい、おやすみなさい」

「おやすみ」

お休みなんて言葉を交わしたのはいつ以来だろう。

覚えてない程昔ではない筈だ。

自分の部屋に行きベッドに横になると直ぐに眠りに落ちた。



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