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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

戸田君の恋人

菅原君の重力

作者: haregbee

「戸田君の真実」、「村上君のリアル」、「江戸川君の靴」の続編です。

目を開けると、そこは見知らぬ世界だった。


ファンタジー的な意味ではなくて、現実的な意味で。


私はベッドの上で仰向けに横たわって、ダークブルーの毛布が掛けられていた。


部屋の隅に置かれた机にマックの白いノートPCが乗っているのが見えた。


私は、マックのPCなんか使ったことない。


私のアパートの天井よりもずっと高い天井を見上げると、UFOみたいな形状の照明傘がぶらさがっていた。


そう、ぶらさがっていた菅原君を引きあげようとしたのだ。


渾身の力を込めて、彼を引っ張り上げた。


それからの記憶がない。


汗でびっしょりだし、頭が重いなと思っていたら、玄関のドアが開く音がした。


部屋の雰囲気からして、この部屋の持ち主は男性だ。


この部屋が菅原君のものである可能性は極めて低い。


なぜなら、菅原君は、私の隣人だからである。


ちょっとやばい状況かもしれない。


私はベッドから起き上がると、PCの隣に置いてあった電気スタンドを掴んで、部屋の壁にはりついた。


ビニール袋がガサガサいう音がした後、しばらく経って、部屋のドアが開いた。


どっからでもかかってこい。


「何してるの」


呆れたように言ったのは、戸田君だった。


なんだ、戸田君か。


ん?


「なんで、戸田君がいるの?」


「俺の部屋だから」


戸田君はそう答えると、私の手から電気スタンドを取り上げた。


それから、両手で私を抱き上げるようにして持ち上げてベッドに座らせた。


私は菅原君を引っ張り上げるのにすごく苦労したのに、戸田君は私を軽々と持ち上げた。


私は決して軽い方じゃないと思うけど、男の人ってすごい。


怖いような安心するような、不思議な感覚だった。


「熱あるのに、なんで動くかな。頭痛いでしょ。冷却シートと薬買ってきたけど、とりあえず着替えたら?」


差し出された服とタオルを素直に受け取ったのは、汗でべとべとすぎて、本気で気持ち悪かったからだ。


戸田君は、着替え終わった私を見てなぜか喜んでいた。


彼いわく、「ぶかぶかで可愛い」らしい。


「迷惑かけてしまったみたいで、ごめん。冷却シートと薬もらって帰るね。薬代と服は今度返すから」


そう言って帰ろうとしたら、ベッドに押し倒された。


私を映す瞳は何かを切望しているようで、筋張った手は慈しむように頬を撫でる。


どんどん熱が上昇していくような気がした。


散々な一日だったけれど、最後にこんな仕打ちが待ち受けていたとは。


抵抗しようにも、体が重くて、力が出ない。


現実逃避がてら、記憶をさかのぼってみることにした。


今日は朝から発熱して、大学を休んだ。


ふうふう喘ぎながら、ベッドで眠っていたら、お昼頃だっただろうか。


大きな物音と怒鳴り声が聞こえて目が覚めた。


何かが割れるような音がした後、隣の部屋のドアが強く閉められる音がした。


菅原君がお兄さんとケンカしたみたいだった。


隣人の菅原君は、痩せていて小柄な男の子だ。


料理上手なので、窓を開けると、いつも隣の部屋から良い香りが漂ってくる。


菅原君には、仲の良いお兄さんがいる。


よくふたりでスーパーで一緒に買い物している姿を見かけた。


ふざけあいながら買い物している姿を見て楽しそうでいいなと思っていたのに、ケンカするなんて、どうしたんだろう。


気になっていたら、寝付けなくなって、スポーツドリンクを買いにいくことにした。


コンビニに行く途中には、高層マンションが建っている。


私はそのマンションから出てくる菅原君のお兄さんを何度か見かけたことがある。


多分、お兄さんはそのマンションに住んでいるのだろうと思っていた。


どうして近くに住んでいるのに菅原君と一緒に暮らさないのかなと思っていたけれど、色々事情があるのだろう。


さっきのケンカのこともあったから、気になって、マンションを見上げた時、とんでもない光景が私の目に飛び込んできた。


実は私の視力は2.0以上ある。


だから、マンションの屋上に佇む人影がばっちり見えた。


その人は、屋上の柵を乗り越えようとしていていた。


嫌な予感しかしなかったので、私はマンションの非常階段を駆け上がった。


マンションの管理人さんはお昼休憩でいなかったので、エレベーターが使えなかったけれど、外から入れる非常階段の鍵は壊されていた。


明らかに怪しかった。


屋上までたどり着くと、男の人がぽつんと柵の向こう側で佇んでいた。


よく見たら、菅原君だった。


「菅原君、そこで何してるの」


振り返った菅原君は、苦しげな、泣き出しそうな顔をしていた。


私は何か言わなくちゃと思った。


たとえ、それが気休めにすぎなくても。


「寒いから帰ろう、菅原君」


返事はない。


「きっとすぐに仲直りできるよ」


「うるさい」


菅原君が悲鳴のような甲高い声を上げた。


まるでヒステリーな女性みたいだった。


「うるさいうるさいうるさい。女のあんたに何が分かるんだ」


菅原君はひどく興奮していて、自分がどこに立っているか忘れてしまったようだった。


次の瞬間、菅原君の体がぐらりと揺れて、ガクンと下がる。


私は無我夢中で菅原君の両腕を掴んだ。


怖くて、何がなんがんだか分からなかったけれど、ありったけの力で菅原君を引っ張った。


火事場の馬鹿力のおかげか、相手の体重が私よりも軽かったせいか、私は奇跡的に菅原君を引っ張り上げることに成功した。


その後、気絶して、今に至る。


「何考えているの」


戸田君は、私の首筋に唇を押し当てながら、囁いた。


「別に」


やりたい放題されて腹が立っていた私は、素っ気ない返事をした。


「教えてくれないと、キスするよ」


無視すると、本当に唇を塞がれた。


「ふっ」


苦しいし、最悪だ。


「んーんーんー」


思いっきり胸を叩いたら、解放された。


戸田君がうながすように私を見下ろすので、ちょっと話してみることにした。


「菅原君のこと考えていた」


「あんたが助けた人ね。電話したら、男が出るからびっくりした。でも、まあ。会ってみたら、安心したけど」


戸田君がいわんとしていることは、私だって、もう分かっている。


「菅原君を引き上げるのは、すごく大変だったんだ。多分私よりも軽い人なんだろうけど、すごく重くて。菅原君を引き上げるべきなのは、もっと力強い腕なんだろうなって思った」


私は菅原君のお兄さんのことを考えた。


彼が本当のお兄さんでなくても、私には関係のない話だ。


「菅原君は男の子だけど、たとえば、私が落ちそうになっても、引っ張り上げることはできないんだろうなって。でも、きっとその必要はなくて、菅原君はそういう存在でいいんだと思う」


戸田君は、私の頭を撫でながら、おでこにキスを落とした。


なんだか、正しい答えを見つけて、褒めてもらっている気分だ。


「俺は、あんたが落ちそうになったら、簡単に引っ張り上げるよ。受け入れてくれさえすれば」


戸田君がまた調子に乗りそうだったので、頭を叩いてやった。


ポカポカ叩いていたら、腕を掴まれて、真剣な顔で見つめられた。


「具合悪いなら、連絡してよ。どっかで倒れるのはやめて」


そんなことしていたら、寄り掛かってしまいそうだ。


でも、とりあえず頷いておいた。



教訓:


人の重さには、種類があって、それは性別と関係ない。


後で知ったことだけど、戸田君のマンションは、私が行こうとしたコンビニのすぐそばだった。

「戸田君の恋人」シリーズ、これからもよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 簡潔だけど、情景がリアルに浮かびます。ゆったりとしたテンポもいい。 [一言] とても素敵な短編作品だと思います!一気に引き込まれました。主人公の女の子と、彼女を大事にしている戸田君の距離感…
2011/09/19 03:25 退会済み
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