第8話 古海くんのお父さんはちょっと変
「何?」
響さんの瞳がぐっと見開かれた。
「……あの子のことを知っているのか?」
「知っているっていうか、その……」
「何してるの、響さん」
聞き覚えのある声が後ろから聞こえて、私はぱっと振り返る。険しい顔をした古海くんが、何故か響さんのほうを睨み上げていた。
「古海くん!」
彼はぱたぱたとこちらに駆け寄ってくると、何故か私の腕を引いて、響さんから少し離した。
「神崎さん、この人に何か言われてない? 大丈夫?」
「え? うん、大丈夫だけど……」
「蓮、この子は友達か?」
「そうだよ」
古海くんは私の腕をくいっと引いて、私を自分の後ろにやった。
「響さん、少し目を離した隙にいなくならないで。ていうか、なんで神崎さんと一緒にいるの?」
「お前がどうしてそんな怖い顔をしているのか分からないが……その子は神崎さんというのか。さっきそこでぶつかってしまって、少し話をしていた」
「話を? なんで? 響さん、割と初対面の女の子からは怖がられるタイプなの自覚したほうがいいよ。傷痕だらけの大人の男が話しかけてきたら怖いでしょ」
「怖……まあ、そうだな。分かっている。だから今、俺は決して不審者ではないという説明をしていたところだ」
「いきなり『自分は不審者じゃありません』っていう説明をするのって、だいぶ変な人だよ、響さん」
男の人は衝撃を受けたような顔をして、私を見た。どう考えても「そうなのか……?」と聞かれている。
なんとも言えない気持ちになる。古海くんの言っていることは結構正しい。いきなりそんな説明をする人はすごく変だ。
けれど、私はなんとか古海くんの袖を引いた。
「こ、古海くん。響さんね、私が落としちゃった本を拾ってくれて、名刺もくれたんだよ。それに、古海くんのお父さんなんだよね?」
「そうだけど……」
「じゃあ怖くないよ。友達のお父さんだもん。まあ、変な人ではあると思うけど」
「変な人ではあるのか、俺は……」
あからさまに傷ついた顔をされてしまった。申し訳ないけど、今は古海くんを優先させてほしい。
「何も怖いことはされてないよ。確かに、傷痕だらけなのはちょっとびっくりしたけど、料理についても教えてくれたし、いい人だよ。古海くんも分かってるよね?」
古海くんは何も言わずに、少し眉を下げて私を見ていた。無表情に近くて分かりにくいけれど、その目は途方に暮れているように見えた。
きゅっと古海くんの手を握る。
「何もされてないし、何も怖くないよ。だから、そんなに怒らなくていいよ。大丈夫」
緊張していたらしい古海くんの顔が、ふっとゆるんだ。
「……僕、また怒ってた?」
「うん、怒ってた」
古海くんの視線がちょっと下がった。
「……違うんだ、心配で。響さんは、誤解されやすいし……」
「うん、分かってるよ」
「響さんが、神崎さんに嫌われたらどうしようと思って……」
「嫌わないよ。ちょっと変わってるけどいい人なところ、古海くんと似てるなって思っただけだよ」
古海くんは鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔をした。
「……似てる?」
「似てるよ。変な人だなあって思うところとか、特に」
「僕、変じゃないよ」
「幽霊を素手で殴るのは十分変な人だと思うな……」
ちょっとむっとしたような顔で、古海くんは響さんのほうを向いた。
「見えるなら殴れるって言ったの、響さんだよね?」
「俺だが……まさか本当に幽霊を殴っているのか? たまに虚空に向かってシャドーボクシングをしているなとは思っていたが……」
それでスルーしてしまうあたり、古海くんのお父さんなんだな……と思った。
というか、こんなに似ているのに血が繋がっていないなんて、それこそ不思議だ。まあ確かに、顔はあんまり似ていないかもしれないけど。
「それよりも、神崎さん。どうして図書館に?」
「あ……えっと、料理の本を借りたくて」
古海くんは私の持つ本を見て、納得したように頷いた。
「神崎さん、料理上手だったもんね。何か作りたいものでもあるの?」
「ええっと……」
「お母さんに作ってやるんだそうだ。誕生日が来週あるらしい」
私はかあっと赤くなった。響さんに打ち明けたときも恥ずかしかったけど、同級生の男の子に知られるのは何倍も恥ずかしい。お母さんとかお父さんとかのことを好きっていうと、同級生の男子は大体が馬鹿にしてくるのだ。
けれど、古海くんは私の手をぎゅっと握って、薄く笑った。
「いいね。神崎さんは料理が上手だから、お母さんも喜ぶよ」
私はぱっと顔を上げる。古海くんの互い違いの瞳が、透き通るような光を私に向けている。馬鹿にする雰囲気は全然なくて、ただただ、尊敬の色がそこにはあった。
そうだ。古海くんは、そんなことで私を馬鹿にするような人じゃない。
じわじわと頬が熱くなって、私は顔を下げた。
「ホットケーキ作れたくらいで、大げさだよ……」
「ホットケーキって難しいよ。響さんは初めて作ったときにフライパンを爆発させてた」
「そ、そっちのほうが難しくない……?」
むしろフライパンって爆発するの?
響さんを見てみたけれど、彼は「何も聞いてくれるな」とばかりに頭を抱えていた。どうやら本当に爆発させたらしい。
「お母さんの誕生日ってことは、神崎さんはケーキも作るの?」
「ううん、それは流石に無理かな……ここの近くにケーキ屋さんあるでしょ? あそこで買うよ」
「そう……じゃあ今日中に見に行っておいたほうがいいよ。お母さんが好きなケーキが、そもそも来週あるかどうか分からないでしょ? 当日に売り切れないように、予約しておいた方がいいと思う」
言われてみれば確かにそうだった。図書館では料理本を借りることしか考えてなかったし、ケーキはケーキ屋で買うという予定しか立てていなかったのだ。
古海くんは私をじっと見て、手元の料理本を見た。
「僕……一緒に行こうか?」
「えっ、でも」
「幽霊、そこら中にいるでしょ。ゆっくり選びたいときに邪魔じゃない?」
私はうっと呻いた。幽霊というのは存在のアピールに必死で、私が何かに注目していると視界の中に入り込んでこようとすることが多い。ケーキ屋さんのショーケースを眺めている間に囲まれることも、割とある。
正直、古海くんがいてくれるととてもありがたかった。幽霊たちも最近は警戒してあんまり近づいてこないけど、古海くんがいるのといないのとじゃ、全然違うからだ。
「じゃあ、その、お願いしてもいいかな……」
「いいよ」
きゅっと手を握り、彼はカウンターのほうに私を引っ張っていく。
「なら、それ借りよう。響さんも早く本借りて着いてきてね。子供だけで外出るの危ないでしょ」
「子供が言うものじゃないだろう、それは……」
少し呆れた顔で、響さんは本を拾い集めた。よく見ると、結構分厚くて大きな本ばかりある。見たことがないくらい古びたものもあった。
「響さんは考古学者だから、資料として本をよく借りるんだよ。これまでに発見された遺跡と出土品についてとか、地図にも載ってないような小さな村の歴史とか、そういう本だね」
「そうなんだ……」
表紙をちらりと見てみると、「イタコ」「巫女」「憑霊」「巫覡」とかの文字が見えた。憑霊とか巫覡ってどう読むんだろう?
どこにそんな本があったのかと思うほど古いものもあって、タイトルすら掠れて読めなさそうなものも抱えている。
ふと、その中に、ちょっと変わった本があるのを私は見つけた。
「……星羅村……?」
タイトルがよく読めない。星羅村の……伝承? だろうか。どこかの村の言い伝えをまとめたものかな、と思う。それだけ目についたのは、具体的な地名が書かれたのがその本だけだったからかもしれない。
けれど、なんだかちりちりと、こめかみが焦げるような違和感があった。
「どうしたの、神崎さん?」
「ねえ古海くん……星羅村って、知ってる?」
古海くんはゆっくりと瞬きをして、響さんが持っている本に目を向けた。
「ああ……響さんが最近調べてるらしい村だね。たまにあるよ。フィールドワークのために、特定の村の風習とか歴史とかを、事前調査するんだ」
「そう……なんだ」
フィールドワークっていうのが何かはちょっと分からなかったけど、私はそれよりも、星羅村という名前がなぜか頭に残ったことが不思議だった。聞いたこともないし、行ったこともないはずなのに……
「神崎さん」
くい、と腕が引かれる。
「日が暮れる前に帰ったほうがいいでしょ? 早く借りよう」
「あ、うん……」
私は言われるがままにカウンターに向かう。後で響さんに星羅村のことを聞いてみよう、と思った。なぜか分からないけれど、知りたいと思ったのだ。
変な親子の掛け合いはもうちょっと続きます。気になるなーと思ってくださったら、ブクマや星をつけていただけると嬉しいです。
ちなみに古海親子は互いに自分が保護者だと思っていますが、この空間において保護者なんてものはいません。




