第15話 神崎琥珀は自覚した
「いや、どうしたらいいって、それはもうアンタがその告白をオッケーするかどうかしかないでしょ」
「ゆかりちゃんは直球すぎるよ〜〜〜!」
昼休みのがやがやとした教室内で、私はゆかりちゃんの机に突っ伏してわめいた。
「何も難しいこと言ってないでしょ。古海蓮が琥珀のこと好きなんだったら、琥珀が古海蓮のことをどう思ってるかで関係性が変わるってだけじゃないの? ルート決めるのは琥珀のほうってことでしょ、良かったじゃない」
「ゆかりちゃんやめて、難しい話しないで……」
「あんた成績はいいのに、恋愛のことになると急に頭悪くなるわね……」
ゆかりちゃんはため息をつきながら、ちらりと教室の後ろを見た。古海くんは自分の席で何やら難しい本を読みながら、ときどきこっちを見て手を振ってくる。やめて、心臓に悪いから!
「あたしの影に隠れるのやめなさいよ。流石に感じ悪いでしょ」
「分かってるよ〜〜〜!」
でも恥ずかしいんだもん!
ゆかりちゃんは呆れた顔で頬杖をついて「で?」と低い声で言った。
「いつの間にそんなことになってんの? あんたがボロボロになって学校来たのと何か関係ある?」
「うっ……」
さすがゆかりちゃんだ、鋭い。鋭いんだけど……
「何、古海蓮に無理やり襲われでもしたわけ? 告白の返事も聞かないで襲ってくるような奴なのあいつ? だったらあたしが一発ぶん殴るけど」
「や、やめてやめて……! そんなんじゃないから……!」
ゆかりちゃんはちょっと古海くんへの印象が悪すぎて、推理がねじ曲がっている。
私はこっそり、他の子に聞こえないような小さい声で、週末に起きたことを話した。
ゆかりちゃんはぽかりと口を開けて、ちょっとのけぞる。
「あんたとんでもないことになってんじゃないの……! 待って、もしかして先生が朝の会で言ってた、最近見かける不審者の話ってそれなわけ!?」
「え、いや、それはよく知らないけど……先生、そんな話してたっけ?」
「してたでしょ。あんた本当にそれどころじゃないのね」
ゆかりちゃんが言うには、最近この辺りで、不審な男の人が、色んな子供や女の人に声をかけているらしい。
人探しをしているらしいのに、探してる人の名前は言わずに髪の色や背の高さだけを細かく話してくるんだそうだ。しかも平日の昼間なのに、明らかに中学生から高校生くらいの男の子を連れているんだとか。
「え、何それ……知らない……怖……」
「あたしだって今あんたの話聞いて鳥肌立ってるわよ。知らない男が声かけてくるのも怖いけど、声かけるのすっ飛ばして誘拐されるのなんかもっと怖いでしょ」
それは本当にそうだ。正直、誘拐されたときは死んだと思った。首を絞められているときも死んだと思った。
「ていうかあんた、そんな経験しといてよく『古海くんに告白されちゃったかもしれなくてどうしよう』なんて言えたわね。それより何倍も大変なこと起きてるでしょ」
「そうなんだけど……そうなんだけど……!!」
ゆかりちゃんの言うことは本当に最もだ。でも正直、誘拐されたことも首を絞められたことも、古海くんが私に告白してきたかも? と考えたら全部吹っ飛んでしまうのだから仕方ない。
だって古海くんだよ? どうしたらいいのかなんか分かるわけがない。
他の男の子だったら「どうやって断ろうかな」くらいの悩みで済むけど、古海くんが相手だと「好きってどういうこと!?」までラインが下がってしまう。古海くんの「好き」は普通の「好き」じゃない可能性があるのだ。
「ていうかさ、悩んでるってことは、もうそれが答えなんじゃないの」
「へ?」
「結局は告白って、断るか断らないかの二択じゃん。他の男子だったら断ろうって思うんでしょ? なのに、あいつが相手だと『どうしよう』になるってことはさ、もうそういうことなんじゃないの」
私はぽかんと口を開けた。ゆかりちゃんの言いたいことがよく分からない。
彼女はいらいらしたように机をとんとんと指で突く。
「あんたはもしかしたら、古海蓮の言う『好き』は自分の『好き』とは違うかもとか、そもそも好きなんだったらこれまでの平然とした態度はマジで何? とか、告白されたんだとしたらこんなに何も変わらないのおかしくない? とかって思ってるのかもしれないけど……」
本当にその通りすぎて何も言えなかった。ゆかりちゃん、エスパーだったりする?
「そもそもそれで悩んでるってこと自体、答えが出てるってことじゃん。古海蓮の言う『好き』が、自分の『好き』と同じかどうか確かめたいってことでしょ?」
「そ……」
「確かめてからじゃないと、怖くて答えが返せないんでしょ。互いに好きなんだって分かっても、『好き』の形が違ったら、両思いだって言えないから」
私はびしっと固まった。何も言えなくなってしまったことが答えだった。
そろり、と古海くんのほうを見る。彼は、今まで確かに本を読んでいたはずなのに、吸い寄せられるように私を見た。そして、表情を動かさないまま少しだけ首を傾げて、私にひらひらと手を振る。
私は顔がカッと熱くなるのを感じて、そのまま机に伏せた。
心臓が痛いくらいに鳴っている。あの手に抱きしめられたことを思い出した。
力が強かった。男の子の力だった。でも、いつも私の手を握ってくれるとき、そんなこと少しも感じなかった。それは彼の優しさだった。
ああ、そうなんだ。やっぱり。
私、古海くんのことが好きなんだ。
「自覚した?」
「した……」
「なら良かった。じゃあ放課後にでも返事しときなさいよ。こういうのは早く返事しないとこじれるから」
「む、無理……!」
昨日の今日でそんなことできたら苦労しない。そもそも古海くんは、私にはっきり告白したわけじゃないのだ。あ、本当に怖くなってきた。これ全部勘違いだったらどうしよう!? ただ私が恥ずかしい人になって終わるのでは!?
一人で呻いていると、ゆかりちゃんがため息をついて、私の頭にとん、と指を置いた。そのままぐりぐりと私のつむじを押す。
「い、いたたたた、ゆかりちゃん、いた、」
「琥珀、いいこと教えてあげる」
「へ、何? 痛い、ねえ結構痛いよこれ、ゆかりちゃん」
「両思いっていうのはね、互いが好き同士だってことを確かめ合ってからが始まりなんだからね。好き同士だって二人が理解してないなら、それは両思いでも片思いでもないの。関係に名前すらつかない。なんにもならないの」
ぱっと手が離されて、私は涙目で顔を上げる。こちらをはっきり見下ろして、ゆかりちゃんは尊大な態度で言った。
「だから、早く確かめてきなさいよ。もしあいつがあんたにひどいこと言ったら、あたしがぶん殴ってあげる」
「ゆかりちゃん……」
つん、と顎をそらして、ゆかりちゃんは言った。私はちょっと嬉しくなって、頭を押さえながら笑う。
「ふふ、うん、そう、そうだね……まだなんにも確かめてないもんね」
「そうよ。あんたは昔からうじうじしすぎなの。もうちょっと踏み込んだって、何も怒られたりしないでしょ。あんた、良い子だもん」
「あ、ありがとう……うん。私、頑張る……!」
そうしなさいよ、と笑ったゆかりちゃんは、本当にお姉さんみたいだった。




