第37話 絶体絶命の一撃
一体見かけるだけでもめずらしい変異型モンスター。
それが群れをなして駆け寄ってくる非現実的な光景に、一瞬だけ思考が止まる。
しかし、
――テッテ、テッテレー!!
という場違いなクソデカレベルアップ音が、僕を我に返らせた。
:ちょっ、音量!!
:このシリアスな場面で・・・
:鼓膜壊れちゃった
:音が重なってるってことは2レベルアップか
:格下でもあれだけ倒せばそりゃあね!
:音量注意ネキはどこいったのよ!
:怨霊注意!!
:注意ネキ、あなた憑かれてるのよ
:遊んでる場合じゃないでしょ!
ふたたび変異スケルトンが襲ってくる直前、僕はバックステップをしながら、刀を振るう。
「くっ!? ……刀気解放〈小狐丸〉――〈化かし身〉!」
技の効果で即座に現れたデコイが、僕と変異スケルトンの間を隔てる。
しかし、それに安堵する暇もない。
(こんな開けた場所で複数戦は無理だ! まずは階段まで退いて……なっ!?)
横目に退路を確認しようとした僕は、背後の光景に目をむく。
:あ、あれっ?
:階段が、ない?
:えっ?
:場所間違えてる?
:待ってこれまさか・・・
:ボスステージなどの戦闘のみを行う階層では
探索者が部屋に足を踏み入れた瞬間に
その出入口が閉じられる場合があります!
二階層での例は稀ですが、おそらくは……
:感電に夢中で気付かなかったか!
:前しか見てなかったから・・・
:このダンジョン鬼畜すぎでしょ!!!!
だが、背後の光景に気を取られている暇もなかった。
デコイの前に立った英雄スケルトンは妙に堂に入った構えから、ブゥン、と剣を振り抜くと、
「……は?」
あっさりと……。
たったの一太刀で、僕が囮にした〈化かし身〉の身体が両断された。
(いやいやいや、嘘だろ!?)
あの〈化かし身〉のステータスは、本体と全く同じ。
つまりはあのスケルトンに斬られたら、
(――僕も、一撃で殺される!)
足がすくみ、顔から血の気が引くのが分かる。
しかし、変異スケルトンは、そんな僕を追撃しようとはしなかった。
ただ、その場でゆっくりと剣を引き、
「や、ば――」
その剣が光り出した瞬間、僕は自分の失策を悟った。
:なんかスケルトンの剣光ってない?
:危険です!
スケルトンヒーローはスケルトンの〈ソードマン〉です!
その戦闘法は人間のジョブ持ちに準じます!
:まさか……
:スキルを使うの!? こんな低階層の敵が!?
(――あの構えは、突進系の剣スキル〈疾風剣〉!)
僕も剣士系の職業で遊んでいた時、散々使ったから分かる。
あれを人間の反射神経で躱すのは不可能。
だから、応戦を選ぶ!
「――〈風牙断空閃〉!」
剣を振ったのは、ほぼ同時。
次の瞬間、奴の顔が、剣が、目の前にまで迫って、
「――!?」
僕の頭が両断されそうになった直前、進路上に生み出された風の刃がスケルトンを捕捉、技の特殊効果で骸骨の剣士を後ろに吹っ飛ばした。
「……はぁっ!」
無意識に止めていた息を吐く。
ほんの一瞬、コンマ数秒でも判断が遅れていたら、僕の命はなかった。
しかも、脅威はこれで終わった訳じゃない。
:ライさま!!
:しのいだ? しのげた?
:とっさの判断すごい!
:心臓に悪いよ!
:わたしもう見れないよ!
:がんばってがんばってがんばって!
:出た最強必殺技!
:でも待って!あれ……
:嘘でしょ! あの技でも倒せないの?
確かに〈風牙断空閃〉の直撃を受けたはずの変異スケルトンが、カシャリ、カシャリ、と不気味な音を立てて、立ち上がろうとしていた。
スケルトンが吹き飛ばされ、倒れたのは、技の追加効果が入ったため。
決してダメージがない訳ではないが、致命傷にはほど遠いのは明らかだった。
(……まいったね、これは)
ほんのわずか出来たその時間で、MPポーションを自分の口に突っ込みながら、内心で嘆息する。
あの変異スケルトン一匹でさえ、僕を一撃で殺せるだけの攻撃力を持っている。
なのにそのスケルトンの背後から、さらに数匹の変異ゴブリン、コボルト、スライムが迫ってきている。
対する僕のコンディションは、お世辞にもいいとは言えない。
(ちょっとMP、使いすぎたな)
絶え間なく〈瞑想〉で回復はしていたものの、〈雷鳴衝〉だけで決め切るつもりだったから、あまりMP配分に気を配っていなかった。
MPポーションで少しはマシになったけれど、アドサガではポーション系アイテムの回復量はあまり多くないし、連続で使用は出来ない。
それに……。
(――そろそろ、〈似非剣豪〉の効果が切れる)
残りMPを考えてもバフのかけ直しを許されるような状況ではないし、ランク2の刀を使えなくなれば勝ち目はない。
(……この刀が、最後の一本になる、かもね)
ポーションを放り捨て、刀を呼び出す。
現れた刀をがっちりと掴むと、覚悟を決め、そのまま鞘にしまい込んだ。
:刀をしまった!?
:あきらめちゃったの?
:やめてよ! そんなのやだよ!
:ファンなんです!好きなんです!
お願いです!死なないでください!
:やだやだやだやだ!
:だれかライ様をたすけてよお!!
:違う! 居合だ! 彼は居合抜きで戦い抜くつもりだ!
:そうか! 居合なら刀は壊れない!
MP枯渇も装備交換の隙もない!
:でもあの最強技でも通用しなかったのに・・・
:ネガティブなこと言わないでよ!! 信じようよ!
:神様お願いします! どうかライ様を救ってください!
神様お願いします!! お願いします!!
気付けば、スケルトンの隣には、ほかの変異モンスターたちが合流していた。
これまでの技を見ていたからだろうか。
奴らは不必要にお互いが接触することも、ましてや一直線上に並ぶこともなく、思い思いの場所から僕を半包囲していた。
(……まったく、嫌になるよ)
有利なら調子に乗ってくれればいいのに、奴らは分かっているのだ。
無謀な突撃など必要ない。
このまま人数に任せて削っていけば、僕を必ず仕留められると。
疑いようもない、絶体絶命のピンチ。
そしてピンチは……。
「――撮れ高、だ!!」
負け惜しみのようにそう叫んで、前へ。
どんなに強力な解放技も、単独でこの状況を打開するには届かない。
だから、
(――活路があるとすれば、〈居合抜き〉だけ!)
左手に熱を感じるほどに強く、鞘に魔力を込める。
自ら死地へと飛び込みながら、自分の意識が研ぎ澄まされているのが分かる。
この〈居合抜き〉という技の効果は、実にシンプルだ。
【居合抜き】
鞘に込めた魔力で加速することにより、納刀状態から放つ攻撃の威力と速度が上がる。
けれど、シンプルだからこその力が、この技にはあると信じる。
「――ッ!!」
魔物たちが声なき声を発し、それぞれの武器を、技を、振りかざす。
僕が相手を斬ろうと間合いに入った瞬間に、あるいは誰かを斬りつけた瞬間に僕の命を刈り取ろうと、殺意をあふれさせているのが分かる。
……でも、それは叶わない。
なぜなら、もうそこは「居合」の間合いだ。
(――本当に、母さんの話を聞いていてよかったよ)
かつて、僕はゲームでは決まりきった型でしか放てなかった〈居合抜き〉を改変し、上段から唐竹割に抜刀する、変則的な〈居合抜き〉を放った。
それはゲームからの明確な進歩だったけれど、同時にその時の限界だった。
だけど、今ならもう一歩、踏み込める。
鞘の中で、風が渦巻く。
異変を感じた魔物たちが慌てて動き出す。
でも、もう遅い。
「――さぁ、新技のお披露目だ!」
ゲームでは夢想することさえ叶わなかった、その一刀。
鞘に込めた魔力で加速された一撃に、無理やりもう一つの技を重ねる!
「刀気解放〈風絶ち〉――」
暴走する魔力に、鞘が、刀が暴れる。
荒れ狂う力すらも推進力へと変え、僕は一息に刀を抜き放ち、
「――〈居合・風牙断空閃〉!!」
横一閃に奔った最強の〈居合抜き〉が、魔物たちの身体を断ち切ったのだった。




