第29話 Sランクソーサラー久利須 彩花
「S、級……?」
「まあ、母さんがSランクなのはほとんど名誉職みたいなもので、ほかのSランクほど強くないんだけどね」
そう言って母さんは謙遜するけれど、ダンジョンの情報に疎い僕ですら、Sランクがすごいというのは知っている。
日本全体でも数えるほどしかいない、本当の探索者のトップ。
その一人が母さんだったなんて、想像もしていなかった。
「これでも母さんも昔は凄腕の探索者だったのだけれど、膝にエナジードレインを受けてしまってね」
と悪戯っぽく言って下手なウィンクをする母が、急に偉大な人物に見えてくる。
「い、いや、待って母さん!」
そうなってくると、不思議なのは〈ソーサラー〉というジョブ。
「〈ソーサラー〉は能力値が中途半端で、オマケにスキル性能もあんまり実戦向きじゃない…………って、掲示板で見たことあるんだけど」
思わず口をついて出てしまった言葉を、掲示板のせいにしてごまかす。
「あー。それはきっと、ゲーム時代の情報についてまとめたものを読んだのね。……あのね、レイくん。自分のカードをもらって嬉しい気持ちは分かるけど、ネットって正確じゃない情報とか古い情報もたくさん載ってるから、あんまり信じちゃダメよ」
「う、うん」
まさか科学が死んだ今世でもネットリテラシーを説かれるとは、と思いつつ、うなずく。
ステータスカードで構築されたネットワークの世界でも、やっぱりネットは眉唾なもの、というのは共通認識らしい。
というのは置いといて、
「……そうねぇ。まず、ソーサラーは能力値が中途半端、っていうのは実際にそうね」
母さんは能力値についてはあっさりと認めた。
(まあでも、ここは疑いようがないよね)
ジョブにはそれぞれ固有の能力値を持っていて、それが各ジョブの基本性能を決めている。
一番分かりやすいのは基本職の戦士と魔術師で、その能力をグラフにすると以下の通り。
【戦士】
腕力 ■■■■■ ■■■
知力 ■■
耐久 ■■■■■ ■■
精神 ■■■
敏捷 ■■■■■ ■
器用 ■■■■
幸運 ■■■■■
【魔術師】
腕力 ■■
知力 ■■■■■ ■■■
耐久 ■■■
精神 ■■■■■ ■■
敏捷 ■■■■
器用 ■■■■■ ■
幸運 ■■■■■
この二つのジョブは、どちらも平均能力は5で能力の合計値も同じだが、「どちらかが高い能力値はもう一方が低い」という、完全な対照関係になっている。
詳しく見てみると、戦士は腕力が非常に高い代わりに魔力が非常に低く、体力が高い代わりに精神が低く、敏捷が高めな代わりに器用さが低め。
これはつまり、物理攻撃力に非常に秀でている代わりに魔法はからっきしで、物理防御力は高いが魔法防御力は低く、行動は少し早いが細かい作業が苦手、という傾向になる。
魔術師はこれをまるっきり逆にしているため、物理攻撃は全然ダメだが魔法の威力に非常に優れていて、物理防御は低い代わりに魔法への耐性が高く、行動が少し遅い代わりに細かい作業が少し得意、ということになる。
これらのジョブの能力値は役割とも合っている。
例えば魔術師を例にとると、後ろから魔法を撃つのが役割なので、魔法攻撃は強い方がいい反面、物理攻撃の強さは不要。
直接殴られる機会は少ないため物理防御もあまり高くなくてよく、それよりは遠距離から飛んできやすい魔法防御が必要で、相手に接近する必要がないため移動速度に関わる敏捷よりも、魔法の成功率などに関わる器用さの方が必要になる。
そして、その魔術師の整った黄金比を無視してしまったのが〈ソーサラー〉という職業だ。
〈ソーサラー〉の能力はというと……。
【ソーサラー】
腕力 ■■■■
知力 ■■■■■ ■■
耐久 ■■■■■
精神 ■■
敏捷 ■■■■■ ■
器用 ■■■■■ ■■■
幸運 ■■■■■
魔術師と比較してみると、腕力、耐久、敏捷、器用がそれぞれ二段階ずつ上がっているから、能力の合計値は上がっている。
……のだが、なぜか知力と精神という肝心の魔法関連の能力が下がっているのだ!
知力は魔法の威力に影響するから、低いのはもちろん痛手。
でも、それ以上にやばいのが……。
「特に精神の値が低いのがつらいのよね。魔法防御もそうなんだけど、最大MPが低くなっちゃうから、すぐにMP切れになって……」
母さんがやけに実感のこもった声でそう言うが、これも前世の情報と同じだ。
精神の値は軽視されがちだが、継闘能力が稼ぎ効率に直結してくる魔法使い系ジョブにおいて、知力の次に重要な能力と言っても過言ではない。
実際それ以降のジョブでは精神の低い魔法使い系職業はなくなったため、〈ソーサラー〉はその知見を得るための犠牲になったとも言える。
「本当に、もう少し、せめて普通の職業並みに精神が高ければ、とは何度も思ったわ。……でもね」
何やら思い出しているのか、遠い目をする母さん。
ただ、
「――〈ソーサラー〉のスキルが実戦向きじゃない、なんてことはないわよ」
そこで、母さんの声のトーンが変わる。
明かな自信に裏打ちされた言葉。
「で、でも、〈ソーサラー〉のスキルは技術がいる割に火力が低いって……」
ただ、なまじ前世の知識があるだけに、僕には信じられなかった。
――〈ソーサラー〉のスキルコンセプトは「魔法の拡張」。
攻撃系の、それも投射系の魔法しか撃てない代わりに、魔法で出来ることを増やすというのが〈ソーサラー〉の戦闘スタイル。
例えば、一度撃った魔法の軌道をあとから変えたり、詠唱した魔法をストックして必要な時に無詠唱で撃ったり、魔法の射程や持続時間を延ばしたり、物理専用のはずのクリティカルを魔法で出したり、と普通の魔法使いには出来ないことが出来る夢のある職業だ。
その独特のスタイルから、プレイヤーからは「操作ラー」なんて呼ばれたこの職は、高い判断力と操作技術を要求される。
素の火力は〈魔術師〉に劣るものの、魔法操作による弱点部位の狙い撃ちや、事前ストックによる斉射を駆使すれば、そのDPS、時間火力は〈魔術師〉の倍にも届き得ると言われていた。
ただ……。
(ゲーム的にはそんな面倒なことせずに大火力の範囲魔法をぶち込んだ方が早いんだよね!)
例えば、のちに実装された〈大賢者〉は当然のように知力も精神も最高の10。
素の魔法威力が段違いな上に、威力を上げるスキルが盛りだくさんで、普通に魔法を撃つだけで〈魔術師〉の三倍くらいの火力を簡単に叩き出すことが出来ていた。
そりゃ、〈ソーサラー〉で頑張って工夫するより、〈大賢者〉で適当ぶっぱの方が火力が高いなら廃れるのは必然だ。
そんな僕の訴えに、母さんは鷹揚にうなずいた。
「……うん。確かにレイくんの言うことは、間違ってはいないわ」
それから、少し考え込んだあと、
「色々言うより、見せる方が早いわね」
何を思ったのか突然、右手をそっと横に、何もない空間へと伸ばす。
「か、母さん?」
「本当は、家の中で使うのは危ないんだけど、今日は特別ね」
突然の奇行に驚く僕に、母さんはそう言っておどけると、
「――〈エナジーボルト〉」
その手から小さな魔法の矢を生み出し、放ってみせたのだ。
「えっ!?」
ダンジョンの外では、魔法の力は著しく減衰される。
放たれた矢は非常に小さかったけれど、しかしそれは確かに魔法だった。
ただ、僕が本当に驚いたのは、そのあとのこと。
「まわって、る……?」
本来は直進し、瞬く間に壁にぶつかるはずの魔法の矢。
それが、母さんの手のすぐ横で、ぐるぐる、ぐるぐると回転をし続けていた。
「――〈マジックコントロール〉。〈ソーサラー〉の習得可能スキルの一つよ」
あっさりと言ってのける母さんの手から、僕は目を離せない。
アドサガにおいて、〈マジックコントロール〉のスキルは魔法の軌道をわすかに曲げる程度だったはず。
手元でループさせるなんてこと、出来るはずがない。
けれど、驚く僕に向かって母さんは微笑むと、
「――〈エナジーボルト〉。もう一個オマケに〈エナジーボルト〉」
さらにそこにもう二つ、魔法の矢を追加してみせる。
いや、それどころか、
「三本同時操作!?」
新しい魔法の矢も完璧な軌道で操作して、ぐるぐると手元で回転させ続ける。
(ありえない!)
ゲームでは、複数の魔法に同時に干渉するなんて出来なかった。
だってどう考えても、コントローラーでは二つ以上の魔法の操作を同時に行うなんて原理的に不可能で……。
(いや、でも……)
だとしたら、ありえるはずのない目の前の光景は……。
「ふふ、驚いてくれたみたいね」
母さんは僕の瞳を見つめ、一切魔法の矢に視線を向けないままで、話し始める。
「あのね、レイくん。確かに大魔蝕は私たちに『ゲームを再現出来る力』を与えた。でもそれは、レイくんが思うよりもっと自由なものなの」
「自由って……」
右手を横にかざしたまま、母さんは穏やかに語る。
「例えば、水魔法。ゲームでの水魔法は敵にダメージを与えることしか出来なかったけれど、今はその魔法を応用して飲み水を確保することだって出来るし、シャワーを出したり洗濯をすることだって出来る。同じように、ゲームでは攻撃力を上げるだけの効果しかなかったパワーアップの魔法を、土木作業のバイトに使っている、なんて人もいたわ」
「あ……」
その言葉に、やっと思い至る。
「ゲーム通りのことが出来る」というのは、「ゲームでやれることしか出来ない」とイコールじゃない。
ゲームでは腕力が上がっても、ただ攻撃が強くなるだけだった。
でもそれが現実になれば用途がそれだけなはずはなくて、重いものを持ったり、大きなものを動かしたり、ゲームでは選択肢になかった様々な部分に応用出来る。
――そしておそらく、その集大成の一つが、今見せてもらっている母さんの神業。
ゲームではただ直前に撃った魔法の進路を少し曲げられるだけだった〈マジックコントロール〉の説明には、「一度放った投射系のスキルを操作することが出来る」としか書いていない。
「同時に操作出来る魔法は一つだけ」「魔法は大きく動かすことは出来ない」という限界は、ゲーム知識のある僕が勝手に作った枷だった。
でも母さんは、そんな常識に縛られずにスキルを磨き上げることで、ゲームでは絶対に出来なかった「複数の魔法」を「思う通りに動かす」ことに成功したんだ。
(すごい……!)
それは、スキルに熟達することでゲームでは出来なかったことすら可能になることの証明で……。
そしてそれは、〈ソーサラー〉だけでなく、〈サムライ〉についても言えること。
――ぶるり、と震えが走る。
やれること、やりたいことが一気に増えて、世界が広がったような感覚。
頭の中に一気に可能性が広がって、目が眩んでしまうほど。
「……ありがとう、母さん」
気が付いたら、自然とそんな言葉が漏れていた。
今日この時、母さんに話を聞けて、心の底からよかったと思えた。
「ふふ、大袈裟ね、レイくんは」
母さんは僕の言葉に一瞬だけ目を丸くしたけれど、すぐに優しく微笑んだ。
「でも、うん。母さんも、レイくんの力になれたならよかった」
確かな絆の感じられる、穏やかな時間。
けれどそこで、母さんは困ったように視線を落とす。
「母さん?」
そのただならぬ様子に、僕が問いかけると、
「ごめん、ね、レイくん。こんなこと聞かれても、レイくんが困るだけだと思うんだけど……」
母さんはどこか思いつめたような顔で、僕の目を見つめて、
「――この魔法の矢、どうしよう。母さん消し方分かんないんだけど」
いまだぐるぐる回り続ける魔法を指さして、涙目で僕に助けを求めてきたのだった。
かっこつけの代償!




