第28話 ジョブ
「え、ええっと、東京にはたくさんの探索者がいるんだよね? なのに、〈ソーサラー〉って母さんしかいないの?」
声を上ずらせて僕が尋ねると、母さんは嬉しそうにうなずいた。
「ふふ、そうなの。もちろん全国で見たらもう少しいるけど、東京では〈ソーサラー〉は母さんだけだったから。レイくんが〈ソーサラー〉になったって聞いて、嬉しくって……」
どこか弾んだ声で誇らしげに語る母さん。
その言葉には、どう考えても嘘はない。
(あ、あれ? これって、まずくない?)
僕が知る限り、アドサガにおける〈ソーサラー〉は外れ職の代名詞みたいなジョブだったし、親のジョブを子供が受け継ぐのはそうめずらしいことじゃない。
だから姉さんにジョブを尋ねられた時、僕は特に迷いもせずに〈ソーサラー〉と答えたのだけれど……。
(ま、まさか、〈サムライ〉だけじゃなくて、〈ソーサラー〉もレアジョブ!?)
だとしたら、やばい。
表では目立たない〈ソーサラー〉として、裏では華やかな〈サムライ〉として活動する僕の計画が……。
(……いや、いやいやいや!)
ショートしそうになる僕の思考回路を、必死につなぎとめる。
そう、〈ソーサラー〉がレアジョブというのは明らかにおかしい。
この世界では、「強いジョブ」につくには特別な資質や魔力への親和性が必要なのではないかと噂されている。
逆説的に、「数が少ないめずらしいジョブ」は大体が強い職業なのだ。
(――〈ソーサラー〉ってアドサガだと明らかな外れジョブだったじゃん!!)
僕が内心で叫んでいると、母さんが優しく助け舟を出した。
「あのね、レイくん。なんだか悩んでるみたいだけど、まず、ジョブ判定で戦闘職の、それも基本職じゃないジョブをもらう、っていうのがそれだけでめずらしいのよ」
「あ……」
その言葉に、ハッとする。
今までステータスカードを持っていなかった関係上、僕は一般常識には疎いけれど、それでもこの世界のジョブ覚醒の傾向について、ある程度の知識はある。
それによれば、まずジョブ判定で覚醒しやすいのは、圧倒的に非戦闘職。
これはアドサガにおいてNPCに設定されているもので、戦闘力をほとんど持たないもの。
ジョブ判定を受けた99%以上の人間が、この非戦闘職に目覚めるらしい。
そして、1%以下の狭き門を抜けたとしても、そこにもう一つの関門がある。
――それが、「基本職の壁」。
基本職はまさに基本的な性能のジョブで、〈戦士〉〈魔術師〉〈僧侶〉〈盗賊〉〈騎士〉〈詩人〉〈司祭〉〈狩人〉の八種類。
ちなみにゲームではプレイアブルではあるものの、縛りプレイ以外でプレイヤーに選択されることはほとんどなく、主にイベントで一緒に戦うNPCに設定されている職業というイメージだった。
でも、実際にこの世界ではその基本職になって戦う人が多いらしく……。
「戦闘職に目覚めた人のほとんどがこの基本職、中でも魔法職になるのよ。実際に探索者として活動してみると分かるけど、具体的には〈僧侶〉と〈魔術師〉が圧倒的に多くて、次に〈司祭〉と〈詩人〉、あとは〈狩人〉なんかともよく会ったかしら」
「え? 〈戦士〉とか〈騎士〉が一番多いんじゃないの?」
僕が思わず尋ねると、母さんはちょっとだけ困ったような笑みを浮かべた。
「いないことはないんだけど、ね。近接職に目覚める人は稀だし、やっぱり最前線で魔物と殴り合いをするとなると、怖がって探索者を辞めちゃう人も多いから」
「あ、そうか」
前世のゲームでは魔法職はむしろ外れ職扱いされていたが、それは画面越しに戦うゲームだから。
いくら自分が強くなったとは言っても、恐ろしいモンスターと至近距離で肉弾戦をするなんてのは精神的ハードルがかなり高いはず。
それよりは後ろで魔法を撃っていた方が、と思う人が多いのは素直に納得出来た。
(ついつい忘れがちだけど、探索者は全員女の人だもんなぁ)
ジョブは本人の適性と願望にも影響されると言われているし、魔法職が多いのはそういうことだろう。
妙な空気になったのを払拭するかのように、母さんは明るい声で続けた。
「話が逸れちゃったわね。とにかく、基本職じゃないジョブってだけでめずらしいの。特に、〈ソーサラー〉ってカタカナ名だから、すぐに基本職じゃないって分かるでしょ? だから、ダンジョンに詳しくない一般の人からも、ジョブ名を名乗るだけで尊敬の目を向けられちゃったりするのよ」
そう自慢げに話す母さん。
微笑ましい話ではあるけれど、納得しきれていない部分も残った。
「えっと、基本職以外の戦闘職になるのがめずらしい、ってことは分かったよ。けど、それでも二人だけって言うのは少なすぎるんじゃ……」
……確かに、アドサガには様々なジョブがある。
アドサガはいわゆるMMORPGという奴だが、一つのキャラを育て続けて色んな職業に転職させて……というタイプではなく、転職というシステムがそもそも存在せず、新しいジョブを試すには新しいキャラを作らなければいけない形式だった。
これが課金にもつながっていて、アドサガの主な資金源はキャラアバターと月額の課金ブーストや便利機能、それから新ジョブのアンロックとキャラクター作成枠になっていたのだ。
つまり新しいジョブを追加すれば、まずその解放のための課金が期待出来るし、レベル上げのために課金アイテムも売れるし、そのキャラに合う衣装や、新しいキャラを作るためのキャラクター作成枠も売れる。
基本無料でガチャ要素もないアドサガは、資金を得るために新ジョブを乱発していたため、最終的なジョブ総数は膨大な数に及んだ記憶がある。
でも……。
「東京だけで、一万人くらい探索者がいるんだよね? 仮にその中の九割が基本職でも、残り千人。千人も基本職じゃないジョブの人がいて、〈ソーサラー〉が全然いないっていうのもおかしいと思うんだ」
特に、〈ソーサラー〉は人口が多いと言う魔法職。
比率を考えるなら、少なく見積もっても二十人程度はいなくてはおかしい。
僕が問い詰めると、母さんはしばらく間を開けたあと、おもむろに口を開く。
「……まだジョブの偏りがどうして決まるのかは完全には解明されていないから、なんとも言えないんだけど。レイくんは、『強いジョブほど数が少ない』って言われているのは、知ってる?」
「それは、うん」
僕がうなずいたけれど、頭の中は疑問符でいっぱいだった。
だって、この話しぶりじゃ、まるで……。
「それで、ね。レイくんのプレッシャーになったら嫌だから黙ってたけど、〈ソーサラー〉って実は、結構強いジョブだって言われてるの」
「え?」
それこそ青天の霹靂だった。
僕が知る限り、〈ソーサラー〉はあまりにもテクニカルなスキル構成と、中途半端なステータスで、不人気な魔法職の中でもさらに不遇扱いされていたはず。
熱狂的な愛好家はいたらしいが、少なくとも強ジョブだと言っている人は一人もいなかった。
(前世とジョブの中身が違う? それとも何か、僕の知らない要素が……)
僕が信じていないのを、母さんも読み取ったんだろう。
ちょっと困ったような、でもどこか嬉しさも混じったような顔で、自分の胸ポケットに手を伸ばす。
そうして……。
「ええと、レイくん。……引かないでね?」
そう言って母さんが取り出したのは、メタリックな光を放つ、明らかに特殊な材質で作られたカード。
「……え」
それを見た僕は、思わず声を漏らしてしまった。
だって、そのカードには豪華な装飾と一緒に金色の文字が掘られていて、そこにははっきりと、
――S級探索者 久利須 彩花。
と、母さんの名前が書かれていたのだから。
母さんはSランク!




