第26話 姉の秘策
「――レイくんの、お姉ちゃんだよっ☆」
そう言って胸を張る天使の姉、久利須 優理さんに、私は正直圧倒されてしまっていた。
(話には聞いていたけど、まさか、これほどの迫力なんて……)
大魔蝕で人は科学技術を失ったが、その代わりのように人類は種としての進化を遂げた。
魔力のある世界に適応するように、魔力に耐性のある子供が増え、遺伝子疾患やアレルギーといった体質による病がほぼ駆逐されたほか、その影響は容姿にも及んだ。
整った顔立ちの人間が増え、同時に肥満や肌のトラブルに悩む人間がほとんどいなくなった。
これは男性が減ったことにより、少ない異性にアピール出来るよう女性がより魅力的に進化した、という説もあるが、ともあれ、かつての時代ならアイドルになれるような「すらりとした美人」が、今の時代にはあふれている。
……ただ、一つだけ。
その代償として、現代の女性が失ってしまったものがある。
――それが、胸!!
人類全てが脂肪のつきにくい体質になったせいで、胸にも脂肪がつきにくくなり、全国の胸のサイズが一回り、いや、二回りは下がってしまったのだ!
なのに……。
(お、おおきい……!)
まるでそんな人類の歩みに反逆するかのように、優理さんの胸は制服の布地を押しあげて強く自己主張していた。
そのあまりの存在感に、私は思わず額の汗をぬぐう。
大魔蝕以前ならともかく、現代においてあの胸の大きさはもはや奇跡。
というか、ほっそりしているのに、そこだけ大きいのはなんというか反則だと思う。
(や、別に? あんなのただの脂肪の塊だし? 大きいと肩凝るらしいし? ぜんぜん要らないんだけどね?)
実際、「貧乳こそが正しい人類の形だったんだ!」「やっぱり胸なんて無駄だったんじゃないか!」と当時の平たい胸族は喜んだという記録もあるが、鏡を前にするとちょっぴり悲しいのは事実。
この人はやっぱり只者じゃない。
そんな確信を持った私たちに、優里さんは自信満々な様子で語りかける。
「まず! はっきり言うけどこのままだとレイきゅ……んん、弟は学校には通わないよ! だって、男に飢えた野獣ばっかりの学園に、母さんが弟を通わせるワケないからね!」
「えっ?」
驚きの声は、誰のものだったか。
しかし、その気持ちはクラス共通のものだった。
(黎人くんは、学校には、来ない……?)
能天気に胸のことなんかを考えていた頭に、冷や水を浴びせられた気分だった。
人は、一度も手に入れたことのないものを奪われるより、一度与えられたものを取り上げられるのを嫌うという。
天使くんとのイチャラブ学園生活を妄想していた私には、その言葉は強烈な毒だった。
「でも安心して! 私にはレイくんと母さんを納得させる、必勝の策があるんだ!」
しかし、優里さんは私たちに毒と一緒に、救いももたらしてくれた。
クラスの全員が真剣な表情で耳を傾ける中で、優里さんは指をピンと立て、
「要はレイくんに、クラスのみんなは安全、って思わせればいいんだよ。だから――」
その話を聞いた瞬間から、前代未聞な私たちの作戦は始まった。
※ ※ ※
登校日、当日。
高等部一年A組の教室は、まるで戦場のような緊張感に包まれていた。
「お、小栗先生から連絡来ました! 今、職員室を出たみたいです!」
連絡係の未来が叫ぶ。
「でかした、未来! 莉々!!」
「分かってる!」
私の叫びに、斥候役のクラスメイト、槇野 莉々が素早く机を飛び越えて教室の前扉へと陣取ると、扉に耳を押し当てる。
同時に私は振り返り、ざわつく教室を鎮めるように声をあげた。
「みんな、声を抑えて!」
「作戦」の性質を考えれば、こちらが興味津々で黎人くんの到着を待っていては意味がない。
しかし、完璧なタイミングで「その時」を迎えるためには、黎人くんがいつやってくるのか正確に知る必要がある。
だからこその、莉々だ。
「足音が……二つ。距離、三十メートル。二十五……二十……」
ダンジョン外では、ジョブの力は激減する。
しかし、私とは別パーティのリーダーであり、Cランクの盗賊職である莉々の耳は、ドア越しでもしっかりと人の気配を探り当てていた。
「……よし、つかんだ」
やがて、完全にその歩行スピードを把握した彼女は、猫の俊敏さで自分の席へと舞い戻る。
それを見届けて、私は最終確認とばかりに、隣の席の未来と目を合わせる。
初心な未来はこれからする「演技」が恥ずかしいのか、少し赤い顔でうなずいた。
「カウントダウン、するよ! 八、七、六……」
そして、莉々の声に導かれるように、ついに「その時」が来る。
「五、四、三、二、一……今!」
莉々の口から小声で放たれた号令。
その言葉が言い終わるかどうかというタイミングで、ドアが開かれ、
――ふいっ。
一斉、だった。
私たちは一糸乱れぬ動きでそれまでずっと凝視していたドアから目を逸らし、入ってきた黎人くんにも全力で気付いていないフリをして、隣の席の相手と親しげに話し始める。
「あ、れ……?」
……黎人くんの困惑を背中に感じるけれど、これはもちろん、私たちが急に彼に興味をなくしたワケじゃない。
これこそが、優里さんが示した勝利の方程式!
――クラスの全員が百合アピールをすることで、男に興味のない「安全な女子」だということを印象付けるという奇策だ。
発案はもちろん、黎人くんの姉の優里さん。
「レイくんはずっとカードなしで過ごしてきた箱入りだからねー! 探索者はみんな女の子同士でくっついてるって話を信じてるんだ!」
そんな漫画みたいなことあるのかな、とちょっと疑問に思わなくもなかったけれど、男とまともに話をしたこともない私やクラスのみんなに、そんなものが判断出来るはずもない。
私たちは藁にも縋る思いでその作戦に飛びつき、入念なリハーサルのもと、ついに実行の運びとなった。
(……ここまでは、順調)
正直私たちは演技の経験なんてないただの学生だ。
そんなものすぐにバレちゃうんじゃ、と思っていたんだけど、
「――そ、その、さ。華ちゃん。今日の放課後、デ、デ、デート、しない?」
私に向かって偽りのデートのお誘いをする未来は、同級生に恋をする純真な女の子そのもの。
未来って結構演技派だな、と内心驚きながら、
「もちろん! いつもの喫茶店でいい?」
私はいつもより親密な空気感が出るように意識して、その誘いを受ける。
(まあ実際は、たまに帰りに寄ってる喫茶店でおしゃべりするだけなんだけどね)
未来が完璧な演技をしてくれた以上、ここで私まで大げさに演技するよりも、いつもの友人関係を少しだけ恋人に寄せるくらいの方がリアリティが出るはず。
その証拠に、私の返答を聞いた未来も、
「え、えへへ。華ちゃんと、喫茶店デート……」
と、女優もかくやというとろけた顔の演技で、全力で百合を演じてくれていた。
(ほかのみんなは……)
相棒の意外な才能に驚きながらもちらりと周りを見回してみれば、一部あからさまにやばいのもいるものの、思ったよりもみんな上手いこと百合カップルを演じていることに気付く。
「友梨佳、すきすきー」
「うふふ。わたしも好きよ、美弥」
パーティメンバーの美弥と友梨佳は、美弥がいつもふざけて仲間に甘えるのを上手く百合っぽく見せているし、普段はどうでもよさがにじむ友梨佳のけだるげな返しも、この状況ではどこか妖艶に見える。
さらに横を見れば、
「あーん。……どう、おいしい?」
「う、うん。じゃあこっちもお返しに、あーん」
向こうの二人なんて手作りっぽいお菓子なんて小道具まで用意して食べさせ合っている。
即席の偽百合カップルとは思えないほどの完成度だ。
(ううん。もしかすると……)
演技している、という名目のもと、この中に本当の百合カップルだとか、実はクラスメイトへの片思いを隠していたような、ガチ百合の人もいるのかもしれない。
(まあ、それならそれで、応援するよ!)
本当の百合なら黎人くんも怖がらないだろうし、何よりライバルは少ない方がいい。
とにかく黎人くんをガン無視で隣の席のクラスメイトとイチャつきまくる私たちと、ひたすら困惑する黎人くんという謎の構図を保ったまま、その日の体験入学は終わり……。
――その後、担任の小栗先生から「黎人くんがこの学校に通うことが正式に決まった」と聞いて、私たちは泣きながら抱き合って、勝利の喜びを分かち合ったのだった。
百合営業、大成功!




