第22話 次なる作戦
フロアいっぱいのモンスターからなんとか逃げ切ったあと、僕は大きく息をついた。
「はぁぁ……。なんとか襲われずにすみましたが、やばかったですね」
ため息混じりにつぶやくと、すぐさまコメント欄が反応してくれる。
:心臓凍りついたゾ☆
:モンスターハウスとかってレベル超えてて笑っちゃった
:集合体恐怖症の私、無事死亡
:何百匹いたんだろ? いや、何千匹かな?
:あの数はやべーですわね
:スタンピードかよって感じだった
:前にスタンピード見たことあるけど密集具合なら超えてるよ
僕もゲームであれほどの数の魔物が集まっているのを見たことがない。
ただ、どうしてそんなことになったかは想像出来た。
(たぶん二階は「大部屋フロア」だったんだろうな)
フロアぶち抜きで一階層がまるまる一つの大部屋になる階が、アドサガのダンジョンにもあった。
ただ、そういう大部屋は、広い空間にぽつんと数匹か、多くても十数匹のモンスターが待ち構えている贅沢な空間の使い方をしているのが普通だったんだけど……。
(数十年規模の放置ダンジョンだからなぁ……)
部屋のスペースがあれば魔物がどんどん詰め込まれるという性質上、本来のモンスターハウスでも流石にやらないレベルの魔物の大群が生まれてしまった、ということだろう。
:というか、冗談抜きでやばくない?
:あの、あんなたくさんの敵、倒せるんでしょうか?
:大丈夫? お姉ちゃんが助けに行く?
:助っ人が一人二人来たくらいじゃどうにもならないでしょ
:意外とこのお姉ちゃんは高ランク冒険者かもしれない
:そんな凄腕冒険者がこんなに配信に入り浸るワケないでしょ
:高ランク冒険者ならここにいるぞー!
:セシル様は自分の攻略に集中して?
:他人の配信に入り浸る凄腕冒険者の実例いたわ……
コメントも困惑気味だけど、実際僕もあのフロアを攻略出来るビジョンが見えない。
狭い部屋に詰め込まれた魔物たちでも、あれほど苦戦したのだ。
その何十倍もの敵と戦えなんて言われても正直困ってしまう。
:気付かれないように進む……は無理か
:ヒット&アウェイで少しずつ削るとか?
:ノンアクティブの魔物でも一度攻撃されるとアクティブ化し
攻撃してきた相手を階層を跨いで追い続けるケースがほとんどです
特に、あれがグループ化された敵だった場合には……
:どれか一匹を攻撃したらフロアの敵全員が襲ってくるのか
:地獄じゃんじょん
:これ無理ゲーでは?
リスナーに知恵を貸してもらえたら、とも思っていたけど、コメント欄は最初からあきらめムードだ。
(……まあ流石に、あの数はなぁ)
今の手持ちで広い範囲に攻撃が出来るのは〈菊一文字〉の〈大獄炎羅灼光権現〉くらいだけど、タメが長すぎてとてもではないけどそのままじゃ使えない。
あそこを攻略するなら、最低でももっと気軽に使える範囲攻撃技が必須になる。
「……よし」
少しだけ考えて、僕は決断した。
「――すみません! 今日の探索は、これで終わりにします!」
配信的には盛り下がる決定。
流石にちょっとコメント荒れちゃうかな、と思ったけど、
:あれはしょうがないね
:撤退できてえらい!
:これで突撃しますって言われた方がこわいよwww
:前回のまだいける、からのホブゴブリンの例もあるからね
:正直自分が攻略する立場なら打つ手なしですわね
:私なら勝てるぞ! 私なら!
:最前線の人が二階層の敵相手にイキらないでもろて
:そういえばここまだ2階なんだよね?
難易度どうなってんのこのダンジョン!
前回の探索中断の時と同じように、やはり反応は温かかった。
こういう時、前世のネット社会とは根本的に違うというのを実感する。
ただ、その一方で……。
:一階でレベル上げしたら勝てるようになる、かなぁ?
:レベルなんてそうそうあがらないよ
:そもそもレベルがちょっと上がったくらいで勝てるの?
:もう誰かとパーティ組むとか?
:パーティ組んでも怪しい気がする
:違うダンジョンに行くしかないんじゃないですか?
:まさかこのまま引退、なんてないですよね?
当然、先行きに不安を感じている声も多く見られた。
その懸念ももっともだ。
だからこそ、次の一手を打つ。
「はい! なので、戦力強化のため、次の配信ではダンジョン攻略をちょっとお休みして……」
ここで、ちらりと今回のスパチャの総額を確認。
頭の中でソロバンを弾いて、これならいけるとゴーサイン。
僕はことさらに明るい表情を作って、こう宣言した。
「――お買い物配信を、やります!!」
※ ※ ※
(――何とか間に合ったぁ!)
ダンジョン配信を終え、〈影討ち〉でこっそり部屋に転がり込んだ僕は、時計を見てほっと胸を撫でおろした。
(まさか、お買い物配信の発表であれだけ盛り上がるなんて……)
買い物配信とはダンジョンチューバーの人気コンテンツの一つで、「配信者がマーケットで装備やアイテムを買うのをやいのやいの言いながら見物する」、という配信だ。
他人が買い物してるところってそんな楽しいかなぁ、とちょっと思ってしまうけれど、世間的人気コンテンツだけはあるようで、発表したあとのコメント欄が大盛り上がりで切り上げるのが大変だった。
(おかげで、夕飯の時間に遅れるところだったよ)
あんまり遅くなると、母さんが部屋まで呼びにきてしまう。
一応対策はしているものの、もし部屋に僕がいないことがバレてしまったら一大事だ。
僕は「ずっと部屋にこもって勉強してました」という顔をしてリビングに入ると、すでに妹と姉、母さんの三人はそろっていて、すぐに夕食が始まった。
いつも通りの夕食。
ただ、どうにも僕の心は晴れなかった。
(今は春休みだからなんとかなってるけど、もうすぐ学校が始まっちゃうんだよね)
「学校」と言っても母さんのステータスカードの通話機能を使った、自宅での通信教育スタイルだ。
本当なら僕だって、「女の子ばっかりの学園でモテモテハーレム生活!」みたいなラノベみたいな経験をしたいんだけど、僕の住んでいる東京は男の人口がとても少ないらしく、そもそも通える範囲に共学校が一つもないそうなのだ。
残念ながらこの通信教育スタイルだと女子生徒との出会いがないことに加え、どの授業も先生に一対一で見てもらうため、「部屋で勉強しているフリをしてダンジョン探索」なんて絶対に出来なくなる。
(ダンジョン配信はやめたくないし、それを抜きにしてももうちょっとくらい、家族以外の人とも話したいんだけどなぁ)
前世の高校時代は「女ばっかりの世界に行きたい」なんて妄想するくらいに灰色だったけれど、それでも友達とバカをやって楽しんだ記憶はある。
僕がそんな前世を思い出し、世の中ままならないなぁと嘆いていると、
「あの、ね。レイくん、ちょっといいかな?」
「母さん?」
いつもにこやかな母さんが、何かとても言いにくいことを言い出すような渋い顔をして、僕に話しかけてきた。
そうして、
「ええとね。これは、ダンジョン協会の偉い人がどうしても聞くだけ聞いてくれって頼むから一応、ほんとーに念のため聞くだけで、レイくんが嫌ならぜんぜん、一切迷うことなく即座に断ってくれていいんだけど、その……」
というやけに長い前置きのあとに母さんが言った、
「探索者学校に通う気なんて、ないよね?」
という質問に、僕はぜんぜん、一切迷うことなく即座に、
「――行くぅ!!」
と答えたのだった。
モテチャンス到来!!




