第8話 ー ボブゴブリン
カイが呟く。
「ボブゴブリンだ……。」
その名を聞いた瞬間、背筋に電流が走った。
ボブゴブリン――お爺さんから何度も聞かされた名。
“あれに出くわしたら逃げろ。熊と同じ力を持つ。”
ゴブリンの中でも特に厄介で、単体で村を壊すこともある。
脅威度ランクは――D級。
だが、俺のスキル《経験値嗅覚》が騒いでいる。
鼻の奥が焼けるような刺激。
これは確実に……“経験値の匂い”だ。
「コイツを倒せば……やっと……やっと――!!」
胸の奥から湧き上がる高揚が、理性を焼き尽くす。
「レベルアップが出来るぞ!!」
「「「「ッ!?!?」」」」
仲間たちが一斉に俺を見る。
目が、何かを言いたげだ。
けれどもう、止まらない。
その瞬間、ボブゴブリンが咆哮した。
空気が震える。地面が鳴る。
――戦闘開始だ。
◆
「待てフジタカ!!」
カイの声を背に、俺は地を蹴った。
土を踏みしめた瞬間、体が跳ねるように前へ飛ぶ。
ボブゴブリンがこちらを振り返る。
その瞳は真紅、棍棒が唸りを上げて振り下ろされた。
「グギャアアアアアア!!!」
咆哮と同時に、衝撃波が来る。
前髪がなびくほどの風圧。
横に飛び込み、間一髪で回避。
ドガァンッ!!!
岩肌が砕け、破片が飛び散った。
頬をかすめた石片が切り傷を残す。
「でけぇ……っ!」
心臓が速く打つ。
怖いはずなのに、笑っていた。
目の前の巨体、すべてが“経験値”に見える。
「うおおおおおおッ!!!」
鉈を構えて駆ける。
右足で踏み込み、左脇腹へ斬撃。
ザシュッ!
だが、刃は浅く止まる。
皮膚が硬すぎる。
反撃の棍棒が唸りを上げた。
「っぐぅあああ!!!」
腕で受けるが、骨がきしむ。
全身が吹き飛び、岩壁に叩きつけられる。
肺の空気が抜けた。
「フジタカ!!」
カイの声。だが聞こえない。
頭の奥で、血が波打つ。
目の前のボブゴブリンが再び棍棒を構える。
(まだ、だ……まだ終わっちゃいねぇ!!)
地を蹴り、鉈を振り上げる。
足を狙う。低い体勢。
ズバッ!
膝裏に刃が食い込む。
黒い血が噴き出し、ボブゴブリンの巨体がわずかに揺らいだ。
「グギャアアア!!!」
怒り狂った咆哮。
その瞬間――
「今だ! 撃てッ!!」
カイの声が響く。
背後から、ミーナの矢が飛ぶ。
ピシィッ!
矢がボブゴブリンの右目に突き刺さった。
「ギャァアア!!」
怯んだ巨体に、カイと仲間が突っ込む。
槍が胸を、剣が脇腹を穿つ。
俺も叫びながら、跳び込んだ。
「喰らええええッ!!!」
鉈を逆手に構え、首筋めがけて全力で斬り上げる。
ガシュッ!!
鈍い音とともに、血飛沫が散る。
ボブゴブリンの咆哮が止まり、巨体がぐらりと傾いだ。
次の瞬間――どさり。
地面が震えた。
「……倒した、のか……?」
誰もが息を呑む。
俺は荒い息をつきながら立ち尽くした。
そして、耳の奥で聞こえる。
『テレレンッ! レベルアップしました!』
《12Lv → 13Lv》
笑みが零れた。
「……っは、はは……やった……!」
カイが駆け寄り、俺の肩を掴む。
「馬鹿野郎、死ぬ気か!」
「……へへ、でも……レベル上がった……」
呟きながら、俺はボブゴブリンの棍棒を見た。
自分の鉈より三倍は長い。
あの一撃を、遠くから撃ち落とす力。
(――リーチが、足りない。)
その瞬間、頭の奥で形が浮かんだ。
長い柄。
突き刺す穂先。
“槍”。
俺は血まみれの手で空を掴みながら呟いた。
「……次は……届かせる。」




