第7話 ー 黄金の剣、再び
そういえば、ダンジョンでゴブリンを5体も倒したのにレベルアップしなかったな。
俺は安宿のベットに寝転びながら、今日の事を思い耽る。
ゴブリンは思ったよりも弱かったし、経験値効率は良くないのかもしれない。
日課の寝る前ステータス確認を行う。
名前:フジタカ(藤高)
年齢:15歳(中身35歳)
種族:人間
職業:駆け出しハンター
レベル:12
HP:260 (※熊に殴られても立ち上がる、ただし翌日は寝込む)
MP:48 (※「火よ灯れ」と唱えるとマッチ程度に着火)
筋力:95 (※鹿を素手で止められる。なお骨は折れる)
敏捷:74 (※ウサギには負けるが、ゴブリンは追い越せる)
知力:620 (※戦闘中でもExcel関数を思い出せる)
精神:610 (※孤独と飢えに慣れ、もはや何も怖くない)
運:7 (※ハズレは引かないが、当たりも来ない安定型)
「ふんふん、素晴らしい。」
順調な成長に鼻が高くなるようだ。
◆
今日も冒険者ギルドへやってきた。
取り敢えず、昨日知れたのはゴブリンの右耳を持っていくと報酬が貰えるらしい。
何でも、ゴブリンは放置すると無限に増えて脅威度が増す。
その為、国が常時依頼としてゴブリン1匹辺り200円を用意してくれている。
騒がしい中、掲示板の依頼書を眺めていると……また声を掛けられた。
「ねぇ、あんた」
「……っ?何でしょう?」
振り返れば、可愛らしい服装をした少女が立っていた。
年の頃は十四、五歳ほど。
栗色の髪を肩で結い、腰には短弓を下げている。
冒険者というより、田舎の猟師の娘のような雰囲気だった。
「貴方、パーティーは組んでる?」
「え?……いいえ、特には。」
「やっぱり!!」
満面の笑みで、少女は俺の手を掴んだ。
軽く、けれど熱のある手だった。
「私たち、今パーティーを組んでるの。
『黄金の剣』って言うんだけど――人手が足りなくてさ!」
「黄金の剣……?」
どこかで聞いたような名前だ。
「そう! あんた、今日暇でしょ? 一緒にダンジョン行こうよ!」
「え、いや、暇っていうか……」
「決まりっ!」
俺の返答を待たずに、少女は俺の腕を引っ張って外へ出た。
その勢いに、周囲の視線が一斉に集まる。
(……ま、まぁ。女の子に誘われるなんて久々だし、いっか。)
◆
連れられた先には昨日、顔を合わせた面子が揃っていた。
「皆んな!!良さそうな子連れてきたわ!!」
「お、昨日の。」
パーティーリーダーのカイが俺の顔を見て、すぐに反応した。
「え?知り合いなの?」
彼女は困惑したように俺とカイをキョロキョロ見る。
俺は彼女は伝える。
「昨日、誘われて一緒にダンジョン行ったんだ。」
「あっ!?じゃあ、彼が皆んなが言ってた、腕が立つ人!?」
少女は嬉しそうに両手を合わせて笑った。
「すごい!ちょうど良かった!じゃあ今日も一緒に行けるね!」
「え? いや、俺は──」
「おいおい、フジタカ。断るなよ、せっかくの機会だろ?」
カイが横から口を挟む。
昨日よりもやけに上機嫌で、肩を軽く叩いてきた。
「昨日は助かったしな。弓と罠、両方できるやつなんてそういねぇ。せっかくだ、今日も頼む。」
(……昨日あんなこと言ってたくせに。)
内心で苦笑する。
だが、少女の期待に満ちた目を見ると、断る気も失せた。
「……わかりました。じゃあ、もう一度。」
「よっしゃ!決まりだな!」
カイが笑い、仲間たちがそれぞれ装備を整え始める。
昨日の顔ぶれに、少女が加わることで少しだけ空気が柔らかくなったように感じた。
「私はミナ。弓使いだよ。よろしくね!」
「フジタカです。……こちらこそ。」
握手を交わすと、彼女の手のひらは驚くほど温かかった。
戦場に出る前の緊張が、ほんの少し和らぐ。
◆
再びダンジョンの入口に立つ。
地面から吹き上がる冷気、鉄の匂い、奥から響く金属音。
昨日と同じ場所のはずなのに、何故か違って見えた。
「今日はもっと奥に行く。二層目で巣を見つけたら、そこの掃除だ。」
カイの声に全員が頷く。
「昨日より魔物の数が多いかもしれない。油断するな。」
「了解。」
俺は短く返しながら弓を構えた。
体の動きは軽く、指先の感覚も冴えている。
どうやら昨日の疲労は完全に抜けたようだ。
(さて……今日は、もう少し“合わせる”練習でもしてみるか。)
石段を下りながら、薄暗い通路の奥へ進む。
灯りの先で、またあの赤い光がゆらりと揺れた。
「前方、二体確認。弓で落とす。」
「了解!」
隣でミナが弓を引く。
放たれた矢が空を裂き、二体のうち一体の額を貫いた。
「やるじゃない。」
「でしょ?」
笑いながら、ミナがもう一本矢をつがえる。
その無邪気な笑顔に、俺の頬も自然と緩んだ。
(……悪くない。)
チームの動きは昨日よりも噛み合っていた。
ゴブリンの奇襲にも即座に対応でき、魔法使いの詠唱も途切れない。
ただ、奥へ進むにつれ、嫌な違和感が強まっていく。
――空気が重い。
壁の染み、足跡の数、そして漂う鉄錆の匂い。
(……これは、昨日の層とは違う。)
一行の背筋が自然と伸びる。
そして、奥の闇から聞こえたのは、聞き覚えのない低い唸り声だった。
◆
「っ……ただのゴブリンじゃない。」
「来るぞ、構えろ!」
カイの声が響く。
ランタンの明かりが揺れ、通路の先で赤い影が蠢く。
姿を現したのは、普通のゴブリンより一回り大きい個体。
黒い皮膚、鋭い爪、そして肩には古びた骨の装飾。
「……上位種か。」
俺は弓を下ろし、鉈に手をかけた。
ミナがごくりと唾を飲む。
「これ、やばい?」
「やばいね。」
苦笑しながら答えた。
けれど、心のどこかで――久々に“血が騒いでいた”。




