第6話 ー パーティーを組む
冒険者ギルドの掲示板には、羊皮紙が無数に貼られていた。
魔物討伐、素材採取、護衛、採掘……。どれも報酬は銀貨数枚。
だが、俺のような新米には十分だ。
そんな時、背後から声がかかった。
「おい、新顔だな?」
振り向くと、三人組の青年たちが立っていた。
革鎧を着て、腰には剣。年の頃は14から16。
中心にいる金髪の男が笑う。
「俺たち〈黄金の剣〉ってパーティーでやってる。
今メンバーを増やそうと思ってな。
お前、何が出来る?」
「弓と鉈と槍、罠も作れるし……狩人としての技能なら大体は。」
「ほう、狩人か。ちょうどいい。今日、表層潜りの依頼が出てるんだ。一緒に行こうぜ。」
軽い口調だったが、悪意は感じない。
俺は少し考えてから頷いた。
「……いいですよ。ダンジョン、興味ありましたし。」
彼らは嬉しそうに頷くと、肩を叩いてきた。
「決まりだな。よろしくな、新入り!」
こうして俺は〈黄金の剣〉の一員として、初めて“パーティー”を組んだ。
◆
街の外れ、巨大なクレーターのように口を開けた“グレイア洞窟ダンジョン”。
それがこの街の名を知らしめた大ダンジョンだった。
この街はこの大ダンジョンと共に経済が発展していき、今に至る。
冷たい風が吹き上がり、底の見えない暗闇からは、湿った土と鉄の匂いが漂ってくる。
「ここが……ダンジョンか。」
胸の奥が少しだけ高鳴る。
未知への恐怖と、狩人としての本能が混ざり合う感覚。
「目標は表層のゴブリンだ。手分けして――」
リーダーの指示が終わる前に、俺はすでに弓を構えていた。
暗がりに、二つの赤い光が動く。
矢を放つ。
弦が鳴る音とほぼ同時に、ゴブリンの額へと突き刺さった。
「っ……今の、見えたか?」
「おい、こいつ……かなりやるぞ。」
初めてのパーティー戦。
だが、俺の体はいつも通り冷静だった。
ゴブリンを狩りながら、俺は静かに理解した。
――俺は、思っていたより強い。
◆
洞窟に足を踏み入れると、空気が変わった。
湿り気を帯びた冷気と、遠くから響く金属音。
どこかで誰かが戦っているのか、それとも何かが岩を叩いているのか。
先頭を歩くリーダーの青年――金髪の男、カイルが言う。
「ゴブリンは群れる。見つけたら合図な。突っ込む前に陣形を整えるぞ。」
「了解。」
俺は短く返しながら周囲を見渡した。
岩壁の陰、足跡、血の染み。
動物の巣とは違う、人工的な通路が奥へと続いている。
――カサッ。
音がした。
次の瞬間、緑色の影が飛び出してきた。
「来た!」
カイルが叫ぶより早く、俺は弓を引いた。
放った矢が、飛びかかってきたゴブリンの喉を正確に貫く。
倒れる音と同時に、さらに二体、奥から姿を現した。
「二時方向! 三体目、背後!」
「うわっ!? ま、待てって!」
臆病そうな魔法使いの青年が慌てて詠唱を始めるが、声が震えて呪文が乱れる。
ゴブリンが跳びかかり――俺は腰の鉈を抜いた。
「っ!」
斬り上げ。
喉を裂き、体を返して迫ってきている背後の一体の頭蓋を叩き割る。
鉈は乱暴な使い方をしても問題ない。
鈍い感触。骨を貫いた。
「お、おい……速すぎだろ……」
カイルが呆気に取られていた。
俺は血を払うように鉈を引き抜き、淡々と答える。
「狩りと同じです。動きを読んで、止めるだけ。」
その一言に、仲間たちは息を呑んだ。
戦闘はそれで終わった。
だが、空気は微妙に変わっていた。
◆
「お前、訓練兵か何かだったのか?」
帰り道、カイルが尋ねた。
「いいえ。ただの狩人です。」
「……そうか。まあ助かったよ。だが、次からは勝手に動くな。
隊には隊の動きがある。合わせねぇと、事故る。」
忠告というより、少しの苛立ちを含んだ声だった。
「はい。気をつけます。」
口ではそう答えたが、心の中では別の声が響いていた。
(合わせる……か。)
俺の狩りは、常に一人だった。
息を殺し、罠を張り、相手の呼吸を読む。
誰かに合わせるより、自分で完結する方が速い。
ギルドの門を出た時、カイルたちは軽く手を上げた。
「また行こうぜ、狩人。」
「……ええ。」
笑顔を作って返したが、胸の奥に引っかかりが残った。
――俺は、誰かと組むのが向いてないのかもしれない。
そう思いながら、夕暮れの街を歩いた。
空は茜に染まり、遠くで鐘の音が響いていた。




