第55話 ー デートっぽい何か
多くの観光客が行き交う繁華街を、ミナと二人で歩く。
串焼きの匂い、果実酒の甘やかな香り、露店の呼び声――耳と鼻が忙しい。
「あの後は何してたの?」
「……ルーベントに移動して、ダンジョン攻略してたな」
「私はベネルト街の復興に協力してたの」
ぐっ、何故か責められているように感じてしまう……。
「お、おう。尊敬するよ」
「ありがとうっ」
ミナが振り返って、目尻だけで笑う。
その小さな笑みが、胸のどこかをちくりと刺した。
「あっ!! 黄金の剣リーダーのカイね、すごい出世しちゃったの」
「……出世?」
「うん。復興や孤児のお世話をずっと頑張ってたのが認められて、ベネルト領主のところで騎士見習いに雇われることになったの」
す、凄いな。
逃げた俺と、踏みとどまって頑張ったカイ――並べるだけで胃が重くなる。
(俺は、生き延びる方を選んだ。それが正しいと、あの時は思った。今も……多分、正しい。けど)
「ね、寄ってく?」
ミナが指さしたのは、銀細工の露店。
小鳥や月、麦の穂を象った安いペンダントが所狭しと並ぶ。
「見ていくか」
「うん。見るだけ」
口ではそう言いながら、ミナの手は迷いなく伸びる。
指に引っ掛けたのは、小さな麦穂のチャーム。
細い鎖が光をはね返した。
「どうかな?」
「似合ってるよ」
ミナが髪を耳に払う。頬の産毛が日差しに透ける。
小さな値札を見て、彼女は少しだけ口を尖らせた。
「んー、ちょっと高いかも……」
俺は反射的に財布へ手をやる。小袋の重みは――軽い。
そういえば昨日、路地で“授業料”を払わされたばかりだ。
(くそ……余計なこと思い出すな)
「おじさん、これいくら?」
「1800円だよ」
三十五年も生きてりゃ、出すべき場面は分かる。
それに――本当に似合っていた。
ためらう理由はなかった。
「はい、これで」
「毎度あり」
◆
包みを受け取って振り返ると、ミナは噴水の縁に腰を下ろし、子ども達を眺めていた。
気配に気づいたのか、ぱっと顔を上げる。
「買っちゃったの?」
「……見るだけのつもりだったけどな」
紙包みを手渡す。
ミナは指先で紐を解き、夕陽をすくうように揺れる銀の麦穂を見つめた。
「貸して」
「う、うん」
左の髪を耳に払わせ、首筋へ鎖を回す。
留め金を探り、カチリ。
触れ合った指先に、体温が一瞬移った。
「……どう?」
「似合ってるよ」
ミナは胸元で麦穂をそっと押さえ、ふわりと笑う。
「高かったでしょ?」
「たまに見栄を張りたくなるんだよ。」
「ふふ、ありがと」
歩き出すと、露店の灯りが一つ、また一つと点る。
串焼きの匂いに腹が鳴り、楽師の弦が跳ね、街全体が少しだけ浮かれて見えた。
「ねぇ、フジタカ」
「ん?」
「私――こうして、また生きて逢えたこと、奇跡だなって思うの」
「……そうだな」
肩を並べて夜空を仰ぐ。
胸元の麦穂が、同じ歩幅に合わせて小さく揺れた。
次に会う時を願うんじゃない。
――この“今”を、明日まで繋げる。
そんな風に思いながら、俺たちは灯の増えていく通りへと歩を進めた。




