表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/59

第49話 ー C級昇格試験


夕刻。


赤く染まる《ルーベントの門》をくぐり、帰還した。


「はぁー疲れた。」


「大変でしたね。」


エリナとノワールが肩の荷を下ろして、首を回す。


カレンが縁の欠けた盾を撫でながら眉を顰める。


「すみません、私は鍛冶屋に向かう用事が出来ました。」


「お疲れ様でした!!」


「ありがとうございました。」


「また明日もですよね?」


俺は事前にしていたやり取りを思い出しながら、確認する。


「はい、朝8時にルーベントの門で合流しましょう。ーーでは。」


そう言い、踵を返す。


鎧の鳴る音が人波に紛れて消えた。


「……さて、こっちも片づけるか。」


「目標達成、だよね!」


エリナがにかっと笑う。


「報告優先。素材は鮮度が落ちないうちに。」


ノワールが慎重に背負い袋を抱え直した。


三人は冒険者ギルドへ。


夕方の受付は混み合い、依頼掲示板の前では揉め声が飛ぶ。


カウンターにたどり着くと、俺達は素材が入った袋を三つ並べた。


受付嬢は作業のように品を確認していく。


「依頼達成報告。ポイズンビーの毒針三十本、キラーアントの外殻五枚。……それと売却。アシッド・センティピード(酸霧百脚)の双顎一組。」


受付嬢がぱちぱちと瞬きをした。


白い指先で封蝋を切り、蓋を開ける。


毒針は一本ずつ麻紙に巻き、外殻は酸焼け防止の油紙に包んである。


最後の袋――ノワールが土灰で中和しながら運んできた“それ”を見た瞬間、受付嬢の表情が固まった。


「……えっと、これは、誰が狩られたのですか?」


「私達です。」


俺とエリナとノワールの声が重なる。


受付嬢は一呼吸置き、営業用の笑顔を取り戻す。


「……少々お待ち下さい。確認が必要ですので。」


奥の扉が閉まる音。カウンター前にざわめきが生まれた。


「おいおい、あのガキども、百脚の双顎だってよ」


「中層の個体か? 運び屋じゃなくて?」


「どうせ上の連中に寄生して拾ってきたんだろ」


耳障りな囁きが刺さる。


エリナの眉がぴくりと動いた。


ノワールは小さく首を振るだけだ。


俺は胸の鼓動が少し速くなるのを感じた。


疑われるのは面倒だ――。



支部長室。


「ーー報告は以上です。」


受付嬢が緊張の面持ちで頭を下げる。


「年は?」


低い声が響く。


「三人とも16歳程、登録はD級。依頼は達成数こそ多くありませんが、期限遵守と提出物の状態は良好です。ただ……」


「中層の魔物の希少部位を持ち帰った。しかもアシッド・センティピードの双顎。」


支部長ゴレアスは太い指で机を二度、こん、と叩いた。


「これが本当であれば、全員C級への昇格となる……か。」


白髪交じりの短髪、肩幅は扉枠と同じくらい。


壁には巨大な戦斧。


55歳、元A級の“斧鬼”。


見上げるだけで胃が縮む男だが、目は濁っていない。


「不正の可能性は?」


彼は淡々と続ける。


「委任採取、横流し、または拾得の不申告……考慮すべきかと。」


「だな。ギルドの信用は“事実”で守る。実力があるなら上げる、ないなら切る。それだけだ。」


ゴレアスは立ち上がった。


床板が軋む。戦斧の柄に触れず、扉をくぐる。



奥の扉が開くと、広間の空気がぴたりと止まった。


ゴレアスはまっすぐこちらへ歩き、俺達の前で足を止める。


近い。


でかい。


布越しでも胸板の厚さが分かる。


「お前らが持ち込んだ、百脚の双顎は本物だ。」


低い声が広間に落ちた。


「切断面、酸焼け、運搬処理。鑑定班の目をごまかすのは難しい。……だが」


彼は一拍置いて視線を細める。


「“誰の手柄か”は、別問題だ。」


周囲から含み笑いが漏れる。


エリナの喉が鳴った。


ノワールが一歩、俺の後ろに下がる。


俺は目を逸らさない。


「疑うのは務めだ。恨むな。」


ゴレアスは言い切った。


「ギルド規程第十二条。実力審査を求められた者は、これを拒めない」


「受けます。」


俺は即答した。


「フジタカ……!」


エリナが驚いた顔を向ける。


ノワールは短く頷いた。


ゴレアスの口の端がわずかに動く。


笑ったのか、違うのか分からない微かな揺れ。


「よし。話が早い。三十分後、訓練場。C級パーティー《銀の角》を相手に“実戦形式”で見せてもらう。

武器・魔法の使用は自由、殺しはなし。審判は俺だ。」


「報酬と素材は?」


俺は念のため口にする。


「保留だ。」


ゴレアスは即答する。


「試験を通れば全額支払い、双顎は市価に上乗せ。落ちれば没収はしないが、査定は最低だ。」


広間がざわ、と波立つ。


賭けの話が飛び交い、誰かが小銭を鳴らした。


「それと――」


ゴレアスが低く言った。


「お前達は若い。若いからこそ、ここで“自分の名”を付けるか、“二度と口を利かれない顔”になるかが決まる。覚悟して来い。」


踵を返す支部長の背中を、重い沈黙が見送った。


呼吸を整え、俺は槍の柄に手を置く。


掌の汗が木肌に吸われた。


「……やるしかないわね。」


エリナが笑う。


怖さと昂ぶりの混じった、戦い前の顔。


「仕方ないです……。」


ノワールが囁く。


落ち着いた声の底に、小さな炎がある。


俺は頷いた。


胸の奥で、別の鼓動が鳴り出す。


疑い、嘲笑い――全部まとめて、跳ね返す。


「行くぞ。三十分後、訓練場だ。」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ