第49話 ー C級昇格試験
夕刻。
赤く染まる《ルーベントの門》をくぐり、帰還した。
「はぁー疲れた。」
「大変でしたね。」
エリナとノワールが肩の荷を下ろして、首を回す。
カレンが縁の欠けた盾を撫でながら眉を顰める。
「すみません、私は鍛冶屋に向かう用事が出来ました。」
「お疲れ様でした!!」
「ありがとうございました。」
「また明日もですよね?」
俺は事前にしていたやり取りを思い出しながら、確認する。
「はい、朝8時にルーベントの門で合流しましょう。ーーでは。」
そう言い、踵を返す。
鎧の鳴る音が人波に紛れて消えた。
「……さて、こっちも片づけるか。」
「目標達成、だよね!」
エリナがにかっと笑う。
「報告優先。素材は鮮度が落ちないうちに。」
ノワールが慎重に背負い袋を抱え直した。
三人は冒険者ギルドへ。
夕方の受付は混み合い、依頼掲示板の前では揉め声が飛ぶ。
カウンターにたどり着くと、俺達は素材が入った袋を三つ並べた。
受付嬢は作業のように品を確認していく。
「依頼達成報告。ポイズンビーの毒針三十本、キラーアントの外殻五枚。……それと売却。アシッド・センティピード(酸霧百脚)の双顎一組。」
受付嬢がぱちぱちと瞬きをした。
白い指先で封蝋を切り、蓋を開ける。
毒針は一本ずつ麻紙に巻き、外殻は酸焼け防止の油紙に包んである。
最後の袋――ノワールが土灰で中和しながら運んできた“それ”を見た瞬間、受付嬢の表情が固まった。
「……えっと、これは、誰が狩られたのですか?」
「私達です。」
俺とエリナとノワールの声が重なる。
受付嬢は一呼吸置き、営業用の笑顔を取り戻す。
「……少々お待ち下さい。確認が必要ですので。」
奥の扉が閉まる音。カウンター前にざわめきが生まれた。
「おいおい、あのガキども、百脚の双顎だってよ」
「中層の個体か? 運び屋じゃなくて?」
「どうせ上の連中に寄生して拾ってきたんだろ」
耳障りな囁きが刺さる。
エリナの眉がぴくりと動いた。
ノワールは小さく首を振るだけだ。
俺は胸の鼓動が少し速くなるのを感じた。
疑われるのは面倒だ――。
◆
支部長室。
「ーー報告は以上です。」
受付嬢が緊張の面持ちで頭を下げる。
「年は?」
低い声が響く。
「三人とも16歳程、登録はD級。依頼は達成数こそ多くありませんが、期限遵守と提出物の状態は良好です。ただ……」
「中層の魔物の希少部位を持ち帰った。しかもアシッド・センティピードの双顎。」
支部長ゴレアスは太い指で机を二度、こん、と叩いた。
「これが本当であれば、全員C級への昇格となる……か。」
白髪交じりの短髪、肩幅は扉枠と同じくらい。
壁には巨大な戦斧。
55歳、元A級の“斧鬼”。
見上げるだけで胃が縮む男だが、目は濁っていない。
「不正の可能性は?」
彼は淡々と続ける。
「委任採取、横流し、または拾得の不申告……考慮すべきかと。」
「だな。ギルドの信用は“事実”で守る。実力があるなら上げる、ないなら切る。それだけだ。」
ゴレアスは立ち上がった。
床板が軋む。戦斧の柄に触れず、扉をくぐる。
◆
奥の扉が開くと、広間の空気がぴたりと止まった。
ゴレアスはまっすぐこちらへ歩き、俺達の前で足を止める。
近い。
でかい。
布越しでも胸板の厚さが分かる。
「お前らが持ち込んだ、百脚の双顎は本物だ。」
低い声が広間に落ちた。
「切断面、酸焼け、運搬処理。鑑定班の目をごまかすのは難しい。……だが」
彼は一拍置いて視線を細める。
「“誰の手柄か”は、別問題だ。」
周囲から含み笑いが漏れる。
エリナの喉が鳴った。
ノワールが一歩、俺の後ろに下がる。
俺は目を逸らさない。
「疑うのは務めだ。恨むな。」
ゴレアスは言い切った。
「ギルド規程第十二条。実力審査を求められた者は、これを拒めない」
「受けます。」
俺は即答した。
「フジタカ……!」
エリナが驚いた顔を向ける。
ノワールは短く頷いた。
ゴレアスの口の端がわずかに動く。
笑ったのか、違うのか分からない微かな揺れ。
「よし。話が早い。三十分後、訓練場。C級パーティー《銀の角》を相手に“実戦形式”で見せてもらう。
武器・魔法の使用は自由、殺しはなし。審判は俺だ。」
「報酬と素材は?」
俺は念のため口にする。
「保留だ。」
ゴレアスは即答する。
「試験を通れば全額支払い、双顎は市価に上乗せ。落ちれば没収はしないが、査定は最低だ。」
広間がざわ、と波立つ。
賭けの話が飛び交い、誰かが小銭を鳴らした。
「それと――」
ゴレアスが低く言った。
「お前達は若い。若いからこそ、ここで“自分の名”を付けるか、“二度と口を利かれない顔”になるかが決まる。覚悟して来い。」
踵を返す支部長の背中を、重い沈黙が見送った。
呼吸を整え、俺は槍の柄に手を置く。
掌の汗が木肌に吸われた。
「……やるしかないわね。」
エリナが笑う。
怖さと昂ぶりの混じった、戦い前の顔。
「仕方ないです……。」
ノワールが囁く。
落ち着いた声の底に、小さな炎がある。
俺は頷いた。
胸の奥で、別の鼓動が鳴り出す。
疑い、嘲笑い――全部まとめて、跳ね返す。
「行くぞ。三十分後、訓練場だ。」




