第5話 ー 旅立ち
俺は15歳になった。
お爺さんに仕込まれた狩りの技術は、もう一人前と呼べるほどに磨かれている。
毎日、弓を引き、罠を仕掛け、獲物を狩る。
だが——獲物は無限じゃない。
「狩り過ぎれば、森が死ぬ。森が死ねば、村も死ぬ。」
お爺さんの言葉が耳に残っている。
その教えを守り、獲物を控えるようにしてからというもの、レベルの伸びは止まってしまった。
《6Lv → 12Lv》
鹿を十頭倒しても、もう経験値はほとんど入らない。
一度だけ熊を仕留めた時には一気にレベルが上がった。
たぶん、より強いものを倒さなければ成長できないのだろう。
だが、熊なんてそうそう見つからない。
森を歩き尽くしても気配はなく、俺は思った。
(この村じゃ、もう限界か……)
だから、旅立つことを決めた。
◆
両親とお爺さんには、もう挨拶を済ませた。
父は言った。
「街へ行け。稼いで、家に金を送ってこい。」
母は笑っていた。
「しっかり食べて、寝るのを忘れちゃだめよ。」
……俺には弟が二人いる。
賑やかな家族だが、正直、子供の相手は得意じゃない。
別れの時も、弟たちはただ呆然と俺を見ていた。
そして、お爺さん。
旅立ちの日の朝、家の前で静かに言った。
「まだ若い。冒険者になって、世界を見てこい。」
そう言って、俺が借りていた古い鉈を差し出した。
柄の部分が削れて、手にぴたりと馴染む。
「いつでも戻ってこい」
その言葉が、胸の奥に温かく残った。
◆
定期便の荷馬車に揺られて、昼過ぎには街に着いた。
名前は〈ベネルト〉。周辺では一番大きな交易都市らしい。
村の家十軒分はあろうかという石造りの門をくぐると、人と馬と獣の匂いが混ざり合って鼻を突いた。
行商人が声を張り上げ、革職人が品を並べ、子供たちが駆け抜け、兵士が巡回している。
俺が知っていた“世界”は、どうやら村の外にもう一つ存在していたらしい。
(これが……街、か。)
背中の荷を少し持ち直し、通りの中央を歩いた。
道の先には、灰色の石と木でできた大きな建物が見える。
壁には剣と翼の紋章。
入口には「冒険者ギルド」の文字。
中に入ると、空気が一気に変わった。
酒と鉄と革の匂い、ざわめき、笑い声。
奥の掲示板には羊皮紙がびっしりと貼られていて、冒険者たちが群がっている。
革鎧、鎖帷子、ローブ。
どの顔にも、戦場帰りのような傷と疲れが刻まれていた。
俺は、受付の列の最後尾に並んだ。
前の男がカウンターで怒鳴っている。
「報酬が少なすぎる! あの魔物はB級だぞ!」
受付嬢は慣れた口調で、
「報告内容と照合した結果、正式にはC級認定です」
と淡々と返していた。
(これが、冒険者……。)
ようやく俺の番が来た。
受付の女性は明るい栗色の髪を後ろで束ねていて、目尻には薄く疲れが見えるが、笑顔は柔らかい。
「いらっしゃいませ。登録ですか?」
「はい。今日から冒険者になりたくて来ました。」
「ではこちらの用紙に名前と年齢をお願いします。武器の種類も記入してくださいね。」
羊皮紙の登録書を渡される。
筆を取る手が少し震えた。
——名前:リュウマ・フジタカ
——年齢:15歳
——使用武器:弓、鉈
「ありがとうございます。こちらに手を置いてください。」
机の上に金属板が置かれた。
中心には紋章のような刻印。
手をかざすと、微かな熱と共に青い光が浮かぶ。
『冒険者登録を確認しました。ランクEでの認可が完了しました。』
どこからともなく、機械のような声が響く。
光が消えると、銅色の小さなプレートが机の上に残った。
そこには俺の名前と〈E級〉の刻印。
「これが冒険者証です。なくさないようにしてくださいね。
依頼はそちらの掲示板から自由に選べます。
最初は安全な討伐か採取依頼をおすすめします。」
「……ありがとうございます。」
プレートを受け取り、手のひらに重みを感じた。
わずか十数グラムの金属なのに、それは俺にとって“生き方”そのものに変わる証だった。
背後では、誰かが報告を終えて笑いながら仲間と肩を叩き合っている。
自分も、いつかあの輪に混ざる日が来るのだろうか。
ギルドの外に出ると、陽は傾き始めていた。
石畳の道に長く影が伸びる。
初めての街の喧騒の中、俺は一人、冒険者としての“最初の一歩”を踏み出した。




