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第43話 ー カレンの忠誠


金の燭台が並ぶ大広間。


白いテーブルクロスには王家の紋章。


楽団の弦が柔らかく響き、銀の器が光を返す。


統合法可決の祝いとして開かれた晩餐会――貴族、議員、豪商、将校たち。


笑顔と拍手の渦の中、ただ一人、静かに座る女がいた。


セレナ・レヴァンス。


淡いドレスに身を包み、指先には微かに震えがあった。


だがそれを誰も気づかない。


彼女の微笑みはあまりに完璧で、悲しみの欠片も見せなかった。



「おめでとうございます、レヴァンス嬢。」


商業ギルド代表のローベル・ファルクスが声を掛けた。


金の髪飾りを揺らし、恭しく頭を下げる。


周囲の視線が二人に集まる。


「貴女のような方がいてこそ、議会は輝く。

理想を語る者がいなければ、我々はただの商人だ。」


「……皮肉を、ありがとう。」


セレナは笑う。


その瞳に、ほんのわずかに疲労の色。


だが、その奥には消えぬ炎があった。


「貴方の法が民を救うのなら、私は何も言いません。

ただ――金で秩序を測る時代に、私は希望を見いだせない。」


ローベルは杯を傾けた。


「希望とは、誰のものです? 貴族の? 民の? 王の?」


そして、唇に笑みを刻む。


「それを決めるのが、政治という名の秤でしょう。」



侍女が静かに二人の前にワインを注ぐ。


深紅の液体が灯火を映し、静かに波打つ。


「アルティ紅酒。王都最上の葡萄です。」


ローベルの声は優しい。


「一杯だけ。今夜は争いを忘れて。」


セレナはわずかに微笑み、杯を取る。


「王国に、安らぎを。」


「王国に、秩序を。」


杯が触れ合う。


微かな“金属音”が、音楽よりも冷たく響いた。



数分後。


セレナは庭園の石廊に立っていた。


夜風がドレスの裾を揺らす。


胸の奥が、熱く、痛む。


息が乱れ、視界が歪む。


足元の大理石に、赤い滴が落ちた。


「……これが、秩序……ですか……?」


崩れ落ちる瞬間、遠くで誰かの叫び。


彼女は倒れながらも、指先を胸に当てた。


そこには――青いリボン。王家の印。



夜が明ける。


王都の外れ、貴族街の療養屋敷。


夜明けの光が、薄いカーテンを透かしていた。


白いシーツの上で、セレナ・レヴァンスは静かに眠っている。


セレナの寝台の傍らに、血に濡れた鎧の女騎士が座っていた。


カレン・ローデン。


夜通し泣きもせず、ただ主君の手を握りしめている。


窓から差す光に、セレナの白い肌が透けて見えた。


唇は青く、呼吸は浅い。


その顔はまるで――今にも目を覚ましそうだった。


時折、まつげが震えるたび、カレンは手を握りしめた。


「……目を、開けてください。セレナ様。」


返事はない。


枕元の香草と薬瓶の匂いが、空気に滲んでいた。


扉の向こうで、低い声が響く。


「ローデン殿。少し……よろしいか。」


老医師が入ってくる。


白髪の下の目は疲れ切っていた。


彼は机に分厚い薬草書と瓶を置き、ゆっくりと言った。



「症状は明らかに、神経毒の類です。発作の形、呼吸の浅さ、体温の低下……一致しています。」


「名は?」


カレンの声は低いが、震えていた。


「“レーヴィンの涙”。」


部屋の空気が止まる。


「……議会で使われるほどの毒ではない。王族暗殺用に研究されたはずの、毒です。」


カレンの拳がきしむ音がした。


医師は黙って書を開き、一枚の紙を差し出す。



「これが、解毒の触媒に指定されている素材です。」


そこに記された文字を、カレンは唇でなぞった。


――竜眼ドラゴン・アイ


「……竜の心臓部に結晶化する、神経再生の核。古来より、命を繋ぐ“竜の涙”とも呼ばれます。ですが……」


医師は首を振る。


「大変希少な部位、薬に使える事から売りに出す者が殆どおりません。金貨千枚積んでも、手に入りません。」


「……他の方法は。」


「購入する事は望めません。ただ……ルーベントの大深層に、竜の巣があるという噂なら、聞いたことがあります。」



カレンは立ち上がった。


長い髪を結び、鞘に剣を差す。


「王都を出るのですか。」


医師の声が追いかける。


カレンは答えず、窓際に立ち、眠る主君を見つめた。


風がカーテンを揺らし、朝日が二人を照らす。


「セレナ様の為です……。」


彼女は静かに跪き、セレナの手に口づけた。


その掌はまだ温かかった。


「どうか、少しだけ……待っていてください。必ず、竜の眼を見つけて戻ります。」


カレン・ローデンはその言葉を残し、屋敷を後にした。


鎧の留め具が鳴るたびに、誓いの音が響く。


夜明けの空の下、一人の騎士が“国を捨てて”旅立った。




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