第41話 ー 統合法、審議の刻
アルティ王国、王都レガリオ。
冬の終わりを告げる風が、議事堂の尖塔を鳴らしていた。
百を超える議員席。
金糸の外套、宝石の指輪、紙束を叩く音。
その中央――淡い光を受けて立つ一人の女がいた。
白金の髪に王家紋章の青いリボン。
東辺境伯レヴァンス家の令嬢、セレナ・レヴァンス侯爵令嬢。
彼女はまっすぐに議長席を見据え、息を整えて言葉を放った。
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「――《商業再統合法》。それは名ばかりの“統一”です。」
議場が静まる。
セレナの声は柔らかいのに、不思議と鋭かった。
響きが石造りの壁を伝って、誰の耳にも届く。
「ルーベントは王国の心臓。その鼓動を縛れば、国は死にます。」
視線が彼女を突き刺す。
老人たちが書類をめくり、笑みを浮かべる。
「貴女は地方貴族の情に流されている」
一人の議員が言う。
「秩序なき自由は、反乱を呼ぶだけだ。」
「秩序とは、上から与えられるものではありません。」
セレナの声は揺れない。
「民の生活の上に、自然に築かれるものです。」
ざわ……と、場がざらつく。
前列に座る壮年の男が立ち上がった。
絹の襟を正し、黄金の印章を掲げて。
「商業ギルド代表、ローベル・ファルクス。」
名乗りを上げたその男は、微笑を浮かべたまま言った。
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「侯爵令嬢。貴女の理想は美しい。だが、美しさだけでは民は救えません。
救うのは金です。飢える者を満たすのも、街を動かすのも、金なのです。」
セレナは視線を逸らさない。
その瞳には、悲しみと怒りがない。あるのは“確信”だけだった。
「金は血ではありません。民の鼓動を止めてまで流すものではない。」
ローベルはゆるく肩をすくめる。
「では問います。民が職を失い、街が飢えるのを見ても“秩序”を唱えますか?
ルーベントの商人どもは貴族より強欲だ。
貴女が庇うその土地は、もう王家の庭ではない。」
セレナは静かに息を吐いた。
「……いいえ、民の庭です。」
一瞬、空気が止まる。
そして、笑い声が散る。
議場の天井に反響するように、乾いた拍手が重なった。
◆
議長の木槌が打たれる。
「――審議を終了する。《商業再統合法》、可決。」
音が消えた。
セレナの頬に落ちる光が、僅かに揺らぐ。
誰も立ち上がらない。誰も祝わない。
紙束の擦れる音だけが、彼女の背後に積もっていく。
◆
その夜。
晩餐会の大広間に、赤いワインが注がれる。
「お疲れ様でした、侯爵令嬢。」
使用人が微笑んで杯を差し出す。
その液面には、灯火がゆらめいていた。
セレナは一瞬、その赤を見つめた。
そして――微笑んで受け取った。
「国の未来に、祝福を。」
杯が触れ合う小さな音。
その響きが、王国の長い夜の始まりだった。




