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第40話 ー 湿原の牙


ーー《ルーベントダンジョン 第9層》


フジタカ《33Lv → 36Lv》


エリナ《24Lv → 30Lv》


ノワール《22Lv → 28Lv》


ーーー


湿気を含んだ冷たい風が頬を撫でた。


耳を澄ますと、水滴の音がどこかで絶え間なく落ちている。


ここは――ルーベント第9層。


水辺と泥沼が入り混じる広大な湿原地帯。


灰緑の靄が漂い、足元の水面には大小の円が幾つも波紋を広げていた。


その中心から、長い舌と槍のような尾がぬらりと浮かび上がる。


「リザードマン……。」


エリナが短く呟く。


その眼前、鱗に覆われた人型の影が六、七体。


全身を濡らしたまま、こちらをじりじりと囲むように歩み寄ってくる。


水飛沫が跳ね、静かな殺気が立つ。


この層を抜ければ――いよいよ中層、第10層だ。


そこから先は、もはや“初心者”の領域ではない。


フジタカは鋼槍を構え、短く息を吐く。


「ここが分かれ目だ。……気を抜くな。」


湿原に、金属の軋む音と、決意の息が重なった。



リザードマンの一体が突撃してきた。


槍を薙ぐ勢い、泥を巻き上げる速度。


それを迎え撃つのは、エリナだった。


以前の彼女なら、焦って斬りかかっていた。


だが、今の彼女は違う。


息を整え、相手の“呼吸”を読む。


槍先が沈む瞬間――その動きの“起こり”を掴んだ。


「……ここ!」


エリナの剣が水飛沫を裂き、リザードマンの肩口を断ち切る。


反撃の槍を紙一重で避け、すぐにもう一太刀。


流れるような踏み込みだった。


「やった……!」


泥を蹴りながら、彼女の瞳に確かな自信が宿る。


焦りではなく、読み。


速さではなく、間。


剣士としての感覚が、ようやく形になっていた。



「ノワール、援護だ!」


フジタカの声に、後衛の少女が頷く。


紫の長髪が揺れ、杖の先が泥を突いた。


詠唱は――短い。


以前のような長い呪文は、もう必要なかった。


「――《石菱いしびし》!」


その声と同時に、地面が変化する。


泥が波打ち、棘のついた黒石の菱が無数に浮き上がった。


リザードマン達が一斉に足を踏み出した瞬間――「ガアッ!」という悲鳴が響く。


鋭い石の棘が鱗を貫き、足を取った。


倒れた隙を、フジタカが突く。


鉄槍が閃光のように走り、喉を貫いた。


「よし……次、右だ!」


ノワールは息を乱しながら、続けて詠唱を省く。


「ーー《石槍》!」


地面から突き上がる岩槍が、敵の腹を貫いた。


その瞬間、彼女の表情に迷いはなかった。


「……魔法は、完成を待たなくていい。届けば、それでいい。」


泥と血の匂いの中で、ノワールの眼が強く光る。


彼女の魔法は、教科書から離れた“実戦の術”になっていた。



戦いが終わる頃には、湿原は静寂を取り戻していた。


敵の死骸が水面に沈み、泡を立てる。


エリナは剣を拭いながら言った。


「今度は……怖くなかった。」


ノワールも微笑む。


「わたしも。詠唱を途中で止めても、形になるなんて思わなかった。」


フジタカは頷き、槍を背に収める。


「上出来だ。……この層を抜けたら、中層だ。」


水面に映る焚き火の光が、三人の顔を照らす。


その炎は、恐怖ではなく“覚悟”の色をしていた。


ーー《第9層突破》


次の階層、第10層。


そこから先は、生きて帰れる者のほうが少ない。


だが、彼らの目には迷いがなかった。


剣士と魔導士、そして槍の男。


三人の影が、湿原の奥へと消えていった。




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