第39話 ー 地獄のレベリング
ーー《ルーベントダンジョン 第6層》
フジタカ《33Lv》
エリナ《24Lv → 26Lv》
ノワール《19Lv →22Lv》
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湿った風が、肌に貼りつく。
鼻腔を刺すのは血と鉄と、腐った肉の匂い。
暗い石造りの回廊を、オークの群れが咆哮しながら迫ってくる。
「まだだ……止まるなぁぁッ!!」
俺の叫びが響く。
鉄槍が閃き、突き出した穂先が一体の胸を貫く。
鈍い音を立てて崩れ落ちるオーク。
その死骸を踏み越えながら、俺たちは前へと進む。
エリナは剣を構え、傷だらけの顔で息を荒らし。
ノワールは杖を握る手を震わせていた。
「……っ、もう……魔力が……」
「飲め。」
俺は腰のポーチから小瓶を取り出し、放る。
透明な液体がわずかに光り、ノワールの胸元に落ちた。
「……これ、MPポーション?」
「そうだ。味は不味いが、効果はある。」
ノワールは息を整え、一気に飲み干す。
苦味に顔を歪めたが、杖の先に再び淡い紫光が宿った。
「うっ苦い……いけます。」
「よし。ノワールは補助に徹しろ。エリナ、前に立て。」
「了解っ!」
汗と血を拭う暇もなく、再び前線へ。
六層は遺構の廊――古代の石壁が並ぶ狭い地形だ。
逃げ場など、ない。
◆
奥の闇から、重低音の唸りが響く。
地面が揺れる。
血と泥を踏み潰しながら、巨大な影が現れた。
「グオォォォオオオオ!!」
地の底から響くような咆哮。
奥の暗闇から、巨躯が姿を現す。
ーーハイオーク。
体高は三メートル近く、皮膚は黒鉄のように鈍く光る。
右手に握られた鉄斧には、過去に斬られた無数の傷跡。
その一つ一つが、獲物の断末魔を刻んでいるようだった。
エリナの喉がひゅっと鳴る。
ノワールの顔が青ざめた。
「……どうするの?」
「二人でやれ。」
俺は静かに答えた。
「な、なに言ってんの!? あんたは!?」
「俺は見てる。助けは最小限。この階層の経験値は、お前らが掴め。」
エリナが目を見開き、ノワールが唇を噛む。
だが、次の瞬間、ハイオークが吠えた。
◆
ハイオークが咆哮を上げて突進した。
床の石が砕け、衝撃波が走る。
エリナが防御姿勢を取るが――重い。
「ぐっ、くそっ!!」
剣と斧がぶつかり、火花が飛ぶ。
エリナの腕が痺れ、地面を滑る。
踏ん張った足元の石が割れ、膝が沈む。
「ヴオォオォー!!」
太い腕の筋肉が唸り、斧が振り抜かれる。
衝撃で身体が吹き飛んだ。
「ぐっ……ッ!」
壁に叩きつけられ、血が口から零れる。
すぐに立ち上がろうとするが、膝が笑っていた。
「ーー《土留》!!」
地面が唸りを上げ、ハイオークの脚を絡め取る。
だが、それを筋肉の力で引きちぎる。
砕けた土塊が宙を舞い、ノワールの頬を掠めた。
「ダメです、止まらない!!」
ハイオークが再び斧を振りかぶる。
刃がエリナの肩を掠め、赤い線を描いた。
そのまま地面へ叩きつけられる。
「エリナぁぁ!!」
ノワールが叫ぶ。
視界が滲む。
震える手で杖を握りしめ、必死に詠唱を続けた。
(……怖い。でも、守りたい……!)
地の奥から脈打つ何かが、ノワールの体を通して流れる。
胸に、火花のような何かが走った。
杖が明滅し、足元の石が震え始める。
「届いて……!!」
杖を突き立てる。
「――《大地の掌》!!」
轟音。
床が爆ぜ、地中から無数の石の腕が伸び上がった。
巨大な掌がハイオークの脚と胴を包み込み、まるで生きた岩の獣のように締め上げる。
「ノワールすごい……っ!」
エリナはその巨大な大地の掌を仰ぎ見て呟いた。
ハイオークが暴れ、地面を割る。
だが動けない。
拘束が強すぎる。
「エリナッ!! 今!!」
「……任せてッ!!」
◆
立ち上がるエリナの動きは、まるで閃光だった。
剣を逆手に構え、全身の力を一点に込める。
息を吸い、心を鎮める。
「――これで、終わりよッ!!」
突き。
刃が喉を貫き、血煙が噴き上がる。
ハイオークの絶叫が、洞窟の空気を震わせた。
数秒後、巨体が音を立てて崩れ落ちる。
地面が揺れ、灰が舞う。
静寂。
ノワールはその場に膝をついた。
杖の先に、かすかな光が残っている。
エリナは息を荒げながら、隣に駆け寄った。
「ノワール、大丈夫!?」
「……はい……生きてます。」
俺はゆっくりと二人に近づき、倒れたハイオークを見下ろした。
血の海の中、巨体の口から黒煙が上がっている。
「よくやったな。」
「……アンタ、最初から助ける気なかったでしょ。」
「当然だ。俺が倒しても、お前らは上がらねぇ。」
エリナは呆れたように笑い、ノワールは静かに目を伏せる。
けれど、震える唇に微かな笑みが浮かんだ。
……その時だった。
ノワールの杖が微かに光を放つ。
エリナは胸元から熱くなる感覚を覚えた。
「……え?」
「なに、これ……?」
身体の奥から、何かが満ちていく。
温かい、でもどこか重たい感覚。
目の前の空気が一瞬だけ歪んだ。
そして――
エリナ《26Lv → 27Lv》
ノワール《22Lv → 24Lv》
「「っ!?!」」
二人の目が同時に見開かれる。
心臓が跳ねた。
自分の中の“何か”が、確かに一段階上がったのを感じる。
「うっそ……こんなすぐに?」
エリナが剣を見下ろし、思わず息を漏らす。
刃の感触が、さっきより軽く、鋭く感じられた。
ノワールは胸の前で杖を抱きしめるように呟いた。
「……私、二段階もレベルアップしました……。」
その声には驚きと、ほんの少しの誇りが混じっていた。
フジタカは静かに笑う。
その表情には、狂気でも嘲りでもない。
ただ、確かな実感があった。
「そういうことだ。」
「え……?」
「“経験値は、自分で掴み取るもんだ”。命を懸けて、ようやく届くんだよ。」
二人は息を呑んだ。
戦闘の意味が、今になって身体に染み渡る。
死線の先にしかない“成長”という実感――
彼の言葉をようやく理解した気がする。
ノワールが小さく頷き、エリナが口角を上げる。
「……じゃあ、次はもっと掴む。」
「その意気だ。」
フジタカは血に濡れた槍を軽く振り、通路の先を見た。
「――7層だ。」
二人の足音が静かに重なり、暗闇の中へと、再び踏み込んでいった。
(パパ、ママ……待ってて。)
エリナは心の中で熱く燃える闘志と共に祈った。




