表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/59

第4話 ー 師匠との出会い


十二歳の夏。


俺はついに、通算六回目のレベルアップを果たした。


《3Lv → 6Lv》


兎の狩りは、もはや日課だ。


槍を投げれば、一匹も逃さない。


慣れとは恐ろしいもので、最初に震えていた手が、今では“確実に命を奪う”ために動く。


そんな俺には、最近通い詰めている“ある家”がある。


そこには、森に生きる老狩人が住んでいた。


俺が初めて彼に出会ったのは、森の中で兎を串刺しにしていた時だ。


「……お前、何をしておる?」


低くしゃがれた声。


振り向くと、背に弓を負った白髪の老人が立っていた。


鋭い眼光に一瞬たじろいだが、不思議と怖くはなかった。


あの目は“怒り”ではなく、“観察”の目だった。


それが“師匠”との出会いだった。


――以来、俺はその爺さんに弟子入りした。


森の歩き方、風の読み方、獲物の血の匂い。


薬草の見分け方、弓の引き方、ナタの振り方――。


どれもこの世界で生きていくために欠かせない技ばかりだ。


今日も俺は、師匠の小屋の戸を叩く。


「爺さん、今日は何する?」


軒下で煙草のような薬草をくゆらせていた老人が、片目を細めて笑う。


「今日はなぁ……鹿でも探しに行くかぁ。」


鹿。

あのデカい、俊敏で警戒心の強い奴だ。


心臓が跳ねた。


経験値が高そうな響きに、胸がざわつく。


「え、ほんと!? 行きたい!!」


「おう。夏は鹿がよう出るからの。放っとくと畑も荒らす。狩っておかにゃ、村のためにもならん。」


“村のためにも”か……。


俺は頷きながらも、心の奥で別の理由が沸き上がっていた。


――そうだ。村のためじゃなくても、俺のレベルのためにも。



森の奥へと踏み入る。


朝露を踏むたび、靴底から湿り気が伝わる。


鳥の声、葉擦れの音、遠くで木が軋む音。


世界は静かに、そして確かに生きていた。


師匠は腰を落とし、地面を指さした。


「……見ろ、足跡だ。」


乾いた土に深く沈んだ二つの蹄痕。


大きい。明らかに鹿のものだ。


「この向き、南だな。風下を歩け。臭いを悟られるぞ。」


「はい!」


俺は息を殺し、木々の影を縫うように進む。


槍を握る手が汗で湿る。


胸の奥が、やけに熱かった。


“初めての大物”


“きっと、今までよりも多くの経験値が入る”


そんな思いが頭の中を支配していた。


やがて、木の隙間から影が見えた。


茶褐色の体躯、陽を受けて光る角。


悠然と草を食む、雄鹿だ。


「……撃てるか?」


師匠が囁く。


その声は静かで、決して焦らせない。


俺は頷いた。


槍を構え、息を止める。


狙うのは、首の付け根。


心臓へ通じる急所。


(……今だ!)


腕が勝手に動いた。


槍が風を裂き、真っ直ぐに飛ぶ。


――ズブッ!!


鈍い音とともに、鹿の体がのけぞった。


叫び声。暴れる蹄。血が飛び散り、俺の頬を赤く染める。


「うおおおっ!!」


突進してきた鹿を、師匠が横から短弓で撃ち抜く。


矢が脇腹に突き立ち、鹿は数歩のたうち回ったあと、倒れた。


しんと静まり返る森。


生暖かい血の匂いが、土の上に広がっていく。


俺は震える手で槍を握りしめたまま、呟いた。


「……倒した、ぞ……!」


頭の中に、あの音が鳴る。


『テレレンッ!! レベルアップしました!!』


《6Lv → 7Lv》


(きた……!)


心臓が高鳴る。


全身が痺れるような快感。


手足が軽くなる。


視界の端が、わずかに明るく感じた。


「爺さん、やったよ!! 俺、またレベル上がった!!」


振り返ると、師匠は静かに鹿を見つめていた。

喜びも、驚きも、何もない顔。


「……よかったな。」


短くそう言うと、矢を抜き、血を拭い始めた。


俺は浮かれたまま笑った。


「すごいよ! こんなに大きいの、初めてだ!」


だが、師匠は俺の言葉に応えず、ぽつりと呟く。


「……殺すことと、狩ることは違うぞ。」


「え?」


「腹が減ったから獲る。害を防ぐために討つ。

だが、楽しむようになったら……そいつは“獣”と同じだ。」


静かな声。

重く、耳に残る。


俺は言葉を失い、血のついた手を見下ろした。


その赤は、妙に鮮やかで、美しかった。


けれど――その色が、なぜか心の奥に焼き付いて離れなかった。


(……これが、“生きる”ってことか?)


森を抜けた時、風が少し冷たく感じた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ