第4話 ー 師匠との出会い
十二歳の夏。
俺はついに、通算六回目のレベルアップを果たした。
《3Lv → 6Lv》
兎の狩りは、もはや日課だ。
槍を投げれば、一匹も逃さない。
慣れとは恐ろしいもので、最初に震えていた手が、今では“確実に命を奪う”ために動く。
そんな俺には、最近通い詰めている“ある家”がある。
そこには、森に生きる老狩人が住んでいた。
俺が初めて彼に出会ったのは、森の中で兎を串刺しにしていた時だ。
「……お前、何をしておる?」
低くしゃがれた声。
振り向くと、背に弓を負った白髪の老人が立っていた。
鋭い眼光に一瞬たじろいだが、不思議と怖くはなかった。
あの目は“怒り”ではなく、“観察”の目だった。
それが“師匠”との出会いだった。
――以来、俺はその爺さんに弟子入りした。
森の歩き方、風の読み方、獲物の血の匂い。
薬草の見分け方、弓の引き方、ナタの振り方――。
どれもこの世界で生きていくために欠かせない技ばかりだ。
今日も俺は、師匠の小屋の戸を叩く。
「爺さん、今日は何する?」
軒下で煙草のような薬草をくゆらせていた老人が、片目を細めて笑う。
「今日はなぁ……鹿でも探しに行くかぁ。」
鹿。
あのデカい、俊敏で警戒心の強い奴だ。
心臓が跳ねた。
経験値が高そうな響きに、胸がざわつく。
「え、ほんと!? 行きたい!!」
「おう。夏は鹿がよう出るからの。放っとくと畑も荒らす。狩っておかにゃ、村のためにもならん。」
“村のためにも”か……。
俺は頷きながらも、心の奥で別の理由が沸き上がっていた。
――そうだ。村のためじゃなくても、俺のレベルのためにも。
◆
森の奥へと踏み入る。
朝露を踏むたび、靴底から湿り気が伝わる。
鳥の声、葉擦れの音、遠くで木が軋む音。
世界は静かに、そして確かに生きていた。
師匠は腰を落とし、地面を指さした。
「……見ろ、足跡だ。」
乾いた土に深く沈んだ二つの蹄痕。
大きい。明らかに鹿のものだ。
「この向き、南だな。風下を歩け。臭いを悟られるぞ。」
「はい!」
俺は息を殺し、木々の影を縫うように進む。
槍を握る手が汗で湿る。
胸の奥が、やけに熱かった。
“初めての大物”
“きっと、今までよりも多くの経験値が入る”
そんな思いが頭の中を支配していた。
やがて、木の隙間から影が見えた。
茶褐色の体躯、陽を受けて光る角。
悠然と草を食む、雄鹿だ。
「……撃てるか?」
師匠が囁く。
その声は静かで、決して焦らせない。
俺は頷いた。
槍を構え、息を止める。
狙うのは、首の付け根。
心臓へ通じる急所。
(……今だ!)
腕が勝手に動いた。
槍が風を裂き、真っ直ぐに飛ぶ。
――ズブッ!!
鈍い音とともに、鹿の体がのけぞった。
叫び声。暴れる蹄。血が飛び散り、俺の頬を赤く染める。
「うおおおっ!!」
突進してきた鹿を、師匠が横から短弓で撃ち抜く。
矢が脇腹に突き立ち、鹿は数歩のたうち回ったあと、倒れた。
しんと静まり返る森。
生暖かい血の匂いが、土の上に広がっていく。
俺は震える手で槍を握りしめたまま、呟いた。
「……倒した、ぞ……!」
頭の中に、あの音が鳴る。
『テレレンッ!! レベルアップしました!!』
《6Lv → 7Lv》
(きた……!)
心臓が高鳴る。
全身が痺れるような快感。
手足が軽くなる。
視界の端が、わずかに明るく感じた。
「爺さん、やったよ!! 俺、またレベル上がった!!」
振り返ると、師匠は静かに鹿を見つめていた。
喜びも、驚きも、何もない顔。
「……よかったな。」
短くそう言うと、矢を抜き、血を拭い始めた。
俺は浮かれたまま笑った。
「すごいよ! こんなに大きいの、初めてだ!」
だが、師匠は俺の言葉に応えず、ぽつりと呟く。
「……殺すことと、狩ることは違うぞ。」
「え?」
「腹が減ったから獲る。害を防ぐために討つ。
だが、楽しむようになったら……そいつは“獣”と同じだ。」
静かな声。
重く、耳に残る。
俺は言葉を失い、血のついた手を見下ろした。
その赤は、妙に鮮やかで、美しかった。
けれど――その色が、なぜか心の奥に焼き付いて離れなかった。
(……これが、“生きる”ってことか?)
森を抜けた時、風が少し冷たく感じた。




