第37話 ー 魔法の価値
新しいメンバーを加えてのダンジョン攻略。
早朝。
俺達はルーベントダンジョン前で待ち合わせしていた。
「フジタカッ!!」
エリナのテンションは鰻登りであった。
俺の両肩に手を添え、後ろから俺の顔を覗き込むように挨拶してきたエリナ。
やたらと距離近いなこいつ。
それにテンションがウザいくらい高い。
朝からこれなら、この後はどうなるのだろうか。
「おはようエリナ。」
「うんっおはよう!!」
ツンツンッと後ろから。
振り返ると、背後にノワールが佇んでいた。
「……おはようございます。ノワールです。今日から、よろしくお願いします」
杖は彼女の背丈ほど。紫の長髪を一つにまとめ、緊張で肩が固い。
「固くならなくていいよ、役割だけ確認しよう」
俺は短く言う。
「前は俺が押す。エリナは左からカバー。ノワールは後ろ。無理はしないで行こう。」
「了解っ!」
「……はい」
門をくぐる。
◆
湿った空気が肌に張りつく。
初層は広い通路と浅い洞室の連続だ。
冒険者の喧噪が遠のくにつれ、足音がよく響く。
「――《灯り》」
掌に小さな光球が生まれ、3人の間にふわりと浮いた。
眩しすぎない、目に優しい明度。影が柔らぐ。
(いい光だ。手元と足元が両方見える)
数歩進んだところで、床の色が変わる。
薄い土がうっすら盛り上がり、壁には目立たない穴。
「罠だ。糸式の矢穴」
俺が囁くと、ノワールが杖先で空を切る。
「ーー《風見》」
風が一筋走り、通路の端で小さく砂が舞った。見えない糸が揺れる。
「切る?」
「いや、避ける。わざわざリスクを取る必要はないよ。」
俺達は壁沿いに体を滑らせて通過。
(一本の矢でも、当たれば治療と撤退で半日飛ぶからな。)
奥から爪音、低い唸り。
コボルトが三、四……いや五。
「ノワール、補助できる?」
エリナが試すように尋ねた。
「……やってみます」
ノワールが深く息を吸う。
杖を水平に構え、短い詠唱。
「ーー《風帯》」
通路の腰の高さに、薄い風の帯が走った。
見えない紐が張られたように、先頭のコボルトの膝がすくむ。
二体目、三体目がもつれ込む。
「今!」
俺は踏み込み、倒れた一体の喉に槍を落とす。
エリナが左へ跳び、二体目の手首を払い、首筋へ水平斬り。
三体目は帯に絡んで起き上がれず、俺が突く。
残り二体が吠えて突進。
ノワールが小さく震えた。
「止めて!!」
「――《土留》!」
足元が少し盛り上がり、泥の指が生えるようにコボルトの足首を掴む。
動きが半拍鈍る。
そこへエリナが滑り込み、膝、顎、の順に二打。
俺の槍で最後の喉を貫く。
静寂、血の匂い。
俺達は息を整えた。
「……すご」
エリナが振り返り、目を丸くする。
ノワールは肩で息をして、額に汗。
だが目は少しだけ誇らしげだった。
「MP、どれくらい使った?」
「《ルーメン》小、《風見》小、《風帯》中、《土留》小……3割程度です」
「上出来だ。だがMPポーションは高い。節約していこう。」
俺は矢穴の先に視線を送る。通路の終点、暗がりに別の影が動いた。
「次は群れじゃない。単体で体格がある。……オークだな」
(今の俺たちで倒せる。)
「ノワール、さっきみたいに足を鈍らせられる?」
「……《土留》なら。」
「エリナ、右回りで背に出ろ。俺が正面でタメを引き受ける。三拍子で落とす」
「任せて!」
オークが咆哮し、突進。床が鳴った。
俺は半歩、斜め前へ。槍先を低く構え、肩を落とす。
「今!」
ノワールの土が足首を掴む。
オークの足が沈む。
エリナの影が右へ弾け、背に回る。
一拍目。
俺の穂先が太腿を刺し、動きを止める。
二拍目。
エリナの刃が腱を断つ。
三拍目。
俺が喉を貫く。
巨体が崩れ、土煙が上がった。
「……やった!」
エリナが小さく跳ねた。ノワールは胸に手を当て、こくりと頷く。
俺は槍を拭きながら言う。
「魔法は便利だな。」
「……はい。わたし、そういう魔法が得意です。」
「最高だ、体力を温存できる。」
通路の先、二層へ降りる階段に灯りが揺れている。別のパーティーの足音だ。
「今日は二層まで。無理はしない」
「了解っ!」
「……はい」
俺たちは並んで歩き出す。前、左、後ろ。三人の呼吸が少しずつ合っていく。
ダンジョンの空気は冷たい。だが、胸の中は少しだけ温かかった。




