第34話 ー 魔女の曾孫
ある貧乏貴族の娘として生まれた少女ーー名を《ノワール・ルネ》。
両親は貴族と呼ばれてはいるが、領土はなく、名ばかりの家柄だ。
貴族は、見栄で生きる。
屋敷の体裁、仕立ての良い衣、祝祭と宴会、お茶会、そして社交の狩猟――。
どれも出費は重く、王国からの給金は毎年、見栄に溶けて消えた。
食卓は薄い。
遊興の小遣いはない。
服だけは上等だが、普段着は三着。
それを順繰りに着る私を、級友は“三着姫”と呼んだ。
舞踏会に着られるドレスも一着だけ。
安い絹は光の角度で素性をごまかすが、糸の寄れは誤魔化せない。
それでも、魔法学校には通わせてもらえていた。
――今日までは。
◆
「退学です。」
「え、な、何でですか……?」
「学費が三ヶ月前から滞納されています。規定ですから。」
校長の声は乾いていた。壁の砂時計が、さらさらと音を立てる。
胸の奥が、じわりと冷える。
(……そうか。もう無理なんだ。)
曽祖母は宮廷魔法使いーー”魔女”を名乗る事を許された偉大な人。
家名の【ルネ】は曽祖母の名。
けれど才能は薄れ、家は見栄にすり減っていった。
三着を着回す私についた渾名は“三着姫”。
笑ってやり過ごしてきたけれど、その笑いも今日で終わりらしい。
「分かりました。――手続きを教えてください。」
驚いたように眉を上げた校長は、すぐに事務的な口調に戻る。
寮の部屋に戻ると、荷物は小さなトランク一つで足りた。
普段着三着、安物の舞踏会ドレス、糸がほつれた手袋。
底に、曽祖母の小さな銀の指輪――唯一の“魔法の家”の証が転がる。
(お父さまもお母さまも、もう払えない。分かってた。
だったら、私が稼ぐしかない。)
門を出ると、午後の光が石畳を白くする。
校舎の尖塔が、少しだけ遠く見えた。
ポケットの奥の銅貨を確かめ、私は踵を返す。
向かう先はひとつ。冒険者ギルド。
「学費くらい、私の手で。」
小さく呟いて、歩幅を一つ大きくした。
まずは登録。
次に初依頼。
私は国随一の魔女の子孫。
今はまだ魔法は弱くても、頭と足は動く。
そして――いつか必ず、深層まで辿り着く。
曽祖母が誇った“魔法の家”を、笑いではなく仕事で名乗れるように。
石畳の向こう、木製の看板に剣と秤の紋章が揺れる。
私はドアを押した。
鈴が鳴る。
新しい日が始まった。




