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第34話 ー 魔女の曾孫


ある貧乏貴族の娘として生まれた少女ーー名を《ノワール・ルネ》。


両親は貴族と呼ばれてはいるが、領土はなく、名ばかりの家柄だ。


貴族は、見栄で生きる。


屋敷の体裁、仕立ての良い衣、祝祭と宴会、お茶会、そして社交の狩猟――。


どれも出費は重く、王国からの給金は毎年、見栄に溶けて消えた。


食卓は薄い。


遊興の小遣いはない。


服だけは上等だが、普段着は三着。


それを順繰りに着る私を、級友は“三着姫”と呼んだ。


舞踏会に着られるドレスも一着だけ。


安い絹は光の角度で素性をごまかすが、糸の寄れは誤魔化せない。


それでも、魔法学校には通わせてもらえていた。


――今日までは。



「退学です。」


「え、な、何でですか……?」


「学費が三ヶ月前から滞納されています。規定ですから。」


校長の声は乾いていた。壁の砂時計が、さらさらと音を立てる。


胸の奥が、じわりと冷える。


(……そうか。もう無理なんだ。)


曽祖母は宮廷魔法使いーー”魔女”を名乗る事を許された偉大な人。


家名の【ルネ】は曽祖母の名。


けれど才能は薄れ、家は見栄にすり減っていった。


三着を着回す私についた渾名は“三着姫”。


笑ってやり過ごしてきたけれど、その笑いも今日で終わりらしい。


「分かりました。――手続きを教えてください。」


驚いたように眉を上げた校長は、すぐに事務的な口調に戻る。


寮の部屋に戻ると、荷物は小さなトランク一つで足りた。


普段着三着、安物の舞踏会ドレス、糸がほつれた手袋。


底に、曽祖母の小さな銀の指輪――唯一の“魔法の家”の証が転がる。


(お父さまもお母さまも、もう払えない。分かってた。

だったら、私が稼ぐしかない。)


門を出ると、午後の光が石畳を白くする。


校舎の尖塔が、少しだけ遠く見えた。


ポケットの奥の銅貨を確かめ、私は踵を返す。


向かう先はひとつ。冒険者ギルド。


「学費くらい、私の手で。」


小さく呟いて、歩幅を一つ大きくした。


まずは登録。


次に初依頼。


私は国随一の魔女の子孫。


今はまだ魔法は弱くても、頭と足は動く。


そして――いつか必ず、深層まで辿り着く。


曽祖母が誇った“魔法の家”を、笑いではなく仕事で名乗れるように。


石畳の向こう、木製の看板に剣と秤の紋章が揺れる。


私はドアを押した。


鈴が鳴る。


新しい日が始まった。



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