第27話 ー 鉄の匂いと償い
気がつけば、俺はその依頼を――正式に“受けていた”。
書類に名前を書いた瞬間、胸の奥で何かが静かに沈んだ気がした。
正直、何で受けようと思ったのか、自分でも分からない。
面倒ごとになるのは分かってるし、ダンジョン深層なんて、命を賭ける領域だ。
なのに、断る言葉が喉の奥で消えた。
ただ――漠然と、“受けなきゃならない気がした”。
その感覚は、理屈でも情でもない。
背中を押されたような、あるいは引きずられたような……そんな曖昧な衝動だった。
(……ベネルトの、償いをしたかったのかもしれねぇな。)
思わず、そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
俺のせいで崩壊した街。
その罪悪感が、今も胸の奥に残っている。
(困ってる奴を助ければ、少しは帳消しになる――そんな風に、思ったのかもな。)
唐揚げの皿は空になっていた。
外では、日が沈みかけている。
窓越しの光が、エリナの髪を朱に染めていた。
俺は小さく息を吐いて、言った。
「……明日から準備に入る。装備と地図、それと情報を揃えておけ。」
エリナは顔を上げ、強く頷いた。
その瞳は、迷いのない光をしていた。
◆
エリナの案内で、街の外れにある古びた工房へと足を運んだ。
入り口の木扉は長年の煤で黒ずみ、鉄の取っ手は手の跡で磨かれて鈍く光っている。
開けた瞬間、焼けた鉄と油の匂いが鼻を突いた。
「おじさん!!」
エリナが声を弾ませる。
慣れたように靴音を響かせて工房の奥へ入っていく。
ほどなくして、炉の奥から煤にまみれた男が姿を現した。
肩幅の広い躯、分厚い腕。
短い髭には金属粉が入り込み、白く鈍く光っていた。
「おう、エリナちゃんじゃねぇか!」
男――鍛冶士ドルードは、煤けた手でエリナの頭をぐしゃぐしゃ撫でる。
エリナは子供みたいに笑ってそれを受けた。
その光景を見て、俺は小さく息を吐く。
ここが彼女の“帰る場所の一つ”なんだろう。
「エリナちゃん、その隣にいるのは?」
ドルードの目が、俺に向く。
重たい鉄のような視線だった。
エリナは迷いなく答える。
「彼はフジタカ!! 新しい私のパーティーメンバーなのよ!」
「……ほう。」
短い一言。
だがその声には、わずかな探りが混じっていた。
「それでね! 彼は私の依頼を受けてくれたの! 凄く良い人なのよ!!」
ドルードの表情が一瞬だけ固まる。
炉の火が、パチリと音を立てた。
「…………。」
沈黙が落ちる。
鍛冶屋特有の鉄と熱の空気の中、その沈黙はやけに重かった。
俺は無意識に首筋を掻く。
ドルードの目が、さっきとは違う。
“ただの客を見る目”ではない。
(……おいおい、何だよその目。)
心の中で毒づきながらも、言葉は飲み込む。
口元だけでなく、目元まで引き攣るのが自分でも分かった。
「――あの人たちの娘を、連れて行くってのか。」
低い声が、鉄の響きみたいに落ちた。




