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第22話 ー 投げ槍の功績


夜が赤い。


空を見上げれば、赤月が滲んでいた。


まるで血の中に沈むような色だ。


風が重い。


街の北側から、鐘の音と怒号が響いてくる。


(……始まったな。)


鬼族のハイオーク・グルム


あの噂の魔物が、このベネルトの北門に現れたという。


俺は倉庫の屋根の上から、その戦場を見下ろしていた。


門の向こうでは、灰色の巨人が暴れている。


街を護る冒険者たち――いや、中心に立っているのは彼らだ。


B級冒険者パーティー《断界の剣》。


この都市で最も名の知れたパーティー。


王都でも通じる実力者。


リーダーはアレクサンダー・クロウ、大剣使い。


(……あの大剣の軌跡、速いな。)


剣が地を裂くたび、”青白い閃光”が走る。


土煙の中からもう一度振り下ろす。


重く、正確だ。


「お爺さんが話していたスキルってやつか……。」


それでも、鬼族の長は止まらない。



グルムの咆哮が空気を裂く。


鼓膜が痛む。


だが俺は目を離さなかった。


皮膚の質感、呼吸の間隔、踏み込みのリズム。


全部を見て、頭の中で並べ替える。


(再生してるな……焦げた肉が盛り上がってる。回復速度が異常に早い。)


(だけど――あの右脚の動きだけ、少し遅い。)


火球を受けた跡。


あそこだけ、皮膚の色が黒く変わっている。


筋肉の動きが鈍い。


巨体でも、負荷がかかる箇所は決まってる。


(膝の内側、だな。)



戦況は悪化していた。


《断界の剣》の動きが鈍ってきた。


魔力が切れているのか、光が弱い。


盾槍の男が膝をつき、弓手の女が転倒する。


グルムの攻勢が増していく。


「……やべぇな。」


俺は屋根の縁に手をかけ、地面へ飛び降りる。


砂煙に紛れて、廃屋の影に身を滑り込ませる。


距離は三十メートル。


風の流れ、重力、角度。


呼吸を整える。


(スキルなんかなくても、投げ槍は届く。狙うのは、呼吸の“間”。)


右脚が前に出た瞬間――。


「――今だ。」


投げた。


槍は一直線に走る。


音が消え、空気が裂ける。


次の瞬間、金属音と共に手応えが伝わってきた。


命中。


グルムの膝裏。


硬い皮膚を抜けて、関節を貫いた。


巨体が崩れ、膝が地を叩く。



「今だッ!!」


誰かの叫びが響いた。


リーダーのアレクサンダーが飛び出す。 


両手剣が光を帯びる。


蒼白銀――中位祝福強の光色。


剣神に祝福された理想の斬撃。


「ーー《アバランシュ》!!」


斬撃が奔り、鬼族の首を吹き飛ばした。


轟音。


地面が揺れる。


砂塵が舞い、火の粉が夜空を散った。



俺は静かに膝をついた。


手が震える。


それでも、笑いが込み上げた。


(……やったぞ!!)


その瞬間、脳の奥が熱くなる。


光が、頭の中で弾けた。


《26Lv → 32Lv》


視界が一瞬、白く染まる。


血の匂いと鉄の味が鼻の奥に残る。


胸の奥で、心臓が跳ねた。


(あぁ……来た、これだ。)


全身が熱い。


指先が痺れる。


喉が渇いて、呼吸が荒くなる。


「……っは……ははっ……。」


笑いが止まらない。



遠くで歓声が聞こえる。


《断界の剣》が勝った。


でも、俺はそっちを見なかった。


だって、どうでもいい。


倒したのは俺じゃない。


でも――俺は貢献できた。


その事実が、全てだった。


俺は回収した折れた槍の血を拭った。


夜風が頬を撫でる。


赤月がゆっくりと沈んでいく。


(まだ上がれる。もっと、上へ行ける。)


そう思った瞬間、胸の奥がざらついた。


それが、どんなに危険な衝動かもわからないまま。


俺は街の裏通りへ歩き出した。


未だ隠れた鬼を探して……。


背後では、英雄たちの歓声が響いていた。



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