第2話 ー マリと蟻 ー
清々しい朝だ。雀がちゅんちゅん囀る中、戸を開けると一人の少女が駆け寄ってきた。
肩までの茶色い髪を左右に振って、元気いっぱいに挨拶する。
「おはよう!!」
「ん、おはよう」
近所の子、マリ。
やけに懐いてくる同い年の――いや、彼女はまだ十歳だ。
最近やたらと人懐っこい。
ああ、俺も十歳になったんだっけ。
時間の流れというやつは、年を取るほど加速するらしい。
三十を過ぎたあたりから特にそう感じる。
日課の田舎道散歩を始める。
簡単な運動で体を温めておくのは、近くに病院もないこんな世界で生きる最低限の礼儀だ。
マリは隣をぴょこぴょこついてきて、足元をじっと見つめる。
「あ、蟻さ……んっ!?」
視界の端で、俺の足が反射的に小さな黒い塊を潰しているのを見たらしい。
マリの顔から血の気が引いた。
「なんで、殺しちゃうの……?」
泣きそうな声で問いかけられて、全部わかった。
ああ、この子は蟻を見つけてきて、一緒に『かわいいね』って言い合いたかったんだな。
だが俺は三十路の男であり、ここは大人の対応をするべき場面だ。
「マリちゃん、よく聞いて。蟻を殺すとね、レベルアップ出来るんだ。」
真剣な顔で言うと、彼女は目をまるくした。
「れ、レベルアップ?」
「そうだ。レベルアップは成長だ。成長は、生きている実感だ。」
マリは変な奴を見るように俺を見返す。
「っ!?マリちゃん!!まだレベルアップしたことないのかな?」
「うん。」
勝ち筋が見えた。こっちには余裕がある。
「なら、一緒に蟻ちゃんをたくさん踏み潰そう!!そうしたら、マリちゃんも成長を実感できるんだっ!!」
「嫌だ。」
拒絶は早かった。顔を上げたマリは、鼻をぷくっとさせると来た道を戻って走り去った。
「……チッ」
子供はまだ子供だ。
前世でも子供が苦手だったのは、合理的な判断ができず徒労を増やすからだ。
俺は尖った木の棒を手に、いつもの森へと足を踏み入れる。




