第17話 ー 緊急集会
まだ空の端が青白いのに、冒険者ギルドの広間はすでに人で埋め尽くされていた。
鎧の擦れる音、ざらついた怒声、油と汗の混じった熱気。
お祭りのようでいて、誰も笑ってはいない。
「静まれ。」
壇上に立つギルド長の低い声が、広間を鎮めた。
髭を撫でながら、彼は重い口を開く。
「今朝未明、北東の森奥にある“バルグ族の集落”が襲撃を受けた。壊滅状態だ。生き残りは確認されていない。」
ざわっ、と空気が波立つ。
誰かが椅子を蹴り、別の誰かが小さく呟く。
“バルグ”の名を知らない者はいない。
「鬼族の……あの一族か?」
「おいおい、やべぇぞ……」
ギルド長はうなずき、机に拳を置いた。
「そうだ。バルグ族は“野生の鬼”ではない。
“族”として秩序を持つ集団だ。ハイオークの長〈グルム〉が治めていた。
我々と同じように村を作り、掟に従って生きていた。
無闇に人を襲わない。むしろ物々交換だが交易すら行っていた一族だ。」
(……つまり、善良な方ってことか。)
俺は喉がひゅっと鳴った。
カイたち黄金の剣も、神妙な顔で黙っている。
「……原因は何なんだ?」
誰かが質問した。
ギルド長は短く息を吐く。
「不明だ。ただ――」
そこで一拍置き、重い視線を広間に巡らせた。
「村の跡には、炎と刃の痕跡。人の手によるものだ。」
(……おいおいおいおい。心当たり、ありまくりなんだが?)
背中に冷たい汗が滲む。
呼吸が浅くなっていく。
「報復は確実に来るだろう。」
ギルド長の声が広間に響いた。
「鬼族の掟――“血の均衡”を知らぬ者も多いだろう。
彼らは復讐のために戦うのではない。
奪われた命を、等しい命で“均す”。
それが彼らにとっての“正義”だ。」
(……均すとか言ってるけど、それ俺の命で均されるやつじゃね?)
喉が渇く。
誰も笑っていない。
だけど俺だけは、内心で泣きそうだった。
「すでに偵察班を派遣したが、森の奥で複数の魔力反応を確認。
恐らく、鬼族が動き始めている。」
ギルド長は地図を叩く。
「よって、全冒険者に第一級警戒を発令する。
防衛線を街外れの丘陵地帯に設置。
明朝までに準備を整えろ。」
静寂。
誰もが真剣な顔をして頷いた。
「以上だ。……散会。」
冒険者たちが次々と席を立ち、武器を背に会場を出ていく。
カイが俺の肩を叩いた。
「フジタカ、お前……顔色悪いぞ。」
「いや……ちょっと寝不足でな。」
「そうか? あんま気負うなよ。今回は防衛だ。」
「……ああ、そうだな。防衛、うん、防衛ね。」
(やばいやばいやばい……!?)
笑う余裕もなく、俺はただ天井を見上げた。
どこかで、鐘の音がまた鳴った気がした。




