表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/59

第14話 ー 月下の狩り


三日月が、黒い夜空に爪のように引っ掛かっていた。


光の筋が森の枝を縫い、霧のような湿気が肌を舐める。


夜の森は、息をしていなかった。


虫も、風も、鳥もいない。


ただ、俺と――獲物だけが、生きている。


背後で枝が裂ける。


重い足音、獣の息。


咆哮と共に、オークが現れた。


肉を焦がしたような臭い。


喉の奥で唸るような声。


その全てが、血の合図だ。


(いい……来い。)


罠の位置は頭に入っている。


地面を覆う枯草の下に、俺の罠がある。


わずかな角度で踏み込ませるように計算した。


「……掛かったな。」


バチン、と乾いた音が鳴る。


オークの足が草の結び罠に絡み、巨体が前に倒れ込んだ。


地面が揺れ、泥と葉が宙に舞った。


俺は反転。


呼吸を殺し、一歩で距離を詰め、槍を突き出す。


穂先が月光を受け、白銀の弧を描いた。


――ズブリ。


鈍く湿った音。


首から胸を貫き、心臓を突き破る。


血が熱い。


それが手首に流れ込み、脈打つように心臓へ返ってくる気がした。


その瞬間、頭の奥で音が鳴る。


『テレレンッ!! レベルアップしました!!』


《14Lv → 15Lv》


脳が焼ける。


体の芯が光に満たされる。


息が速くなり、視界が澄む。


世界が、まるで自分のものになったようだ。


(これだ……これが、俺の“成長”だ。)


オークの死骸を踏み越え、走り出す。


葉の擦れる音も、足音も、すべてが遅く感じる。


世界が俺より遅い。


すべての動きが、心拍のリズムに従っている。


――次。


二体目。


背後から、棍棒を振り上げた巨体。


俺は滑るように低姿勢で突進し、足元に小石を投げる。


音に反応して振り下ろされた棍棒は空を切り、代わりに、俺の槍がその胸に突き刺さった。


骨が軋む。肉が裂ける。


血が噴き出す。


その血が月光を反射し、黒い花びらのように散った。


『テレレンッ!! レベルアップしました!!《一体多数戦により経験値効率アップ》」


《15Lv → 16Lv》


笑いが漏れた。


止まらない。


体が軽い。


肺が、呼吸を喜んでいる。


「はは……っ、いいな……これ……!」


気づけば声が出ていた。


痛みも疲労も、どこかへ消えていた。


代わりに残るのは、全身を駆け巡る甘い熱だけ。


まるでゲームのような、やり甲斐を感じる。


(もっとだ。もう一段上がりたい。)


木々の間から、三体目が現れる。


赤い目、呼吸で膨らむ肩。


全身が俺を見て怒っている。


だが、それすらも嬉しかった。


「来いよ……最後まで抵抗してくれ。」


走り込む。


足音が土を裂き、風が頬を切る。


オークが棍棒を振り下ろした瞬間、俺は地を滑り込むように潜り込む。


腹の下から上へ、真っすぐに突き上げた。


――ズシャッ!!


穂先が背を突き抜け、血と臓腑の匂いが弾けた。


オークの体が痙攣し、膝をつく。


その目が俺を見ていた。


恐怖。理解。後悔。


どれも構わない。どうでもいい。


――『テレレンッ!! レベルアップしました!!』


《16Lv → 17Lv》


ああ、この音。


この瞬間のために生きている。


脳が焼け、指が震え、視界が白に染まる。


息を吐くと、笑いが漏れた。


「はは……ははははは……あはははは!!」


笑いながら、俺は血の中で立っていた。


月明かりが、槍と血を照らす。


俺の影が、もう“人”の形をしていなかった。


三体の死体。


それでも、胸の奥に渇きが残っている。


もっと上がれる。まだ足りない。


あの音を、あと一度、もう一度だけ――聞きたい。


「……レベルが上がるたびに……動きが良くなる。」


「他の命なんて、どうでもいい……経験値を得てレベルを上げる。それが1番楽しいっ!!」


指先が震え、槍を握る手に力が入る。


息を吸うたび、脳が溶けていくようだ。


夜が静まり返り、森の全てが自分を中心に動いている錯覚。


「狩る。喰らう。上がる。それだけだ。」


三日月が雲の切れ間から顔を出す。


光が血溜まりを撫で、俺の頬に反射した。


その瞳はもう、獣でも人でもなかった。


――夜の森に、笑い声がひとつ。


それは獲物を狩った者の笑いではない。


自らの狂気に酔いしれる者の、静かな歓喜の音だった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ