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第13話 ー 鬼の巣


三日月が、黒い夜空に鋭く浮かんでいた。


森の梢の合間から洩れる淡い光が、地面の露を銀に染める。


虫の声も止み、ただ血の音だけが耳の奥で響いている。


背後で、重い足音。


地を割るような咆哮と共に、オークが迫る。


その影が俺の背に迫った、その瞬間――


「……掛かったな。」


乾いた“パシッ”という音。


オークの足が草の結び罠に絡まり、巨体が前のめりに崩れた。


地面が震えるほどの衝撃。


泥と枯葉が宙に舞う。


俺は反転し、呼吸を殺して一歩で距離を詰める。


月光が槍の穂先に反射した。


「――ッ!」


一閃。


鋭い音と共に、穂先が首元を貫き、心臓へと走る。


熱い抵抗を突き破った感触と、鈍い悲鳴。


赤黒い血が夜気に霧のように散った。


オークの体が痙攣し、やがて沈黙する。


息を吐く暇もなく、俺はすぐに身を翻した。


森の奥、次の影が動いている。


(群れが来る……!)


心臓が痛いほど跳ねる。


足を止めれば、囲まれる。


俺は血と土の匂いを振り切るように、闇の中を走った。


三日月は雲に隠れ、世界は再び闇に沈む。


だが俺の足は止まらない。


夜を狩るのは、俺だ――。



数刻前の事ーー。


森の奥、空がほとんど見えないほど鬱蒼とした地帯。


風が止み、ただ腐葉土と血の匂いだけが漂っていた。


俺は草木の陰から身を潜め、視線の先を覗き込む。


そこにあったのは、洞窟ではなかった。


木を削り、枝を組み合わせ、泥で固めた――掘立て小屋の群れ。


まるで人の村のように並び立っている。


煙の上がる場所もあれば、肉を干している杭もある。


(……これが“鬼の巣”か。)


鬼達は洞窟に巣を作ることもある。


だがそれはせいぜいゴブリンの群れ程度の、小規模なものに限られる。


知能の低い連中は自然の穴に住みつくしかない。


だが――オークを中心とした群れは違う。


彼らは**“作る”**。


木を伐り、組み合わせ、屋根を載せる。


森の中でありながら、そこには明確な集落の形があった。


中央には大きな小屋。


おそらく族長か、それに近い個体の住処だろう。


周囲には大小十数の小屋、獣の骨を積み上げた柵。


粗雑ではあるが、立派な防衛線を形作っていた。


オーク達は外で何かをしている。


半裸の巨体に血のような泥を塗り、獣の肉を焼き、子鬼が走り回る。


人の言葉ではないが、低い咆哮と笑い声が交じり合うその音は、まるで祭りのように聞こえた。


(……頭が良い。)


奴らは本能のままに生きる獣ではない。


火を扱い、仲間と協調し、住処を築く。


それが、森の脅威であり――人にとっての災害だ。


俺は草むらに身を伏せたまま、息を殺した。


もし気づかれれば、群れが一斉に押し寄せる。


たとえ一体倒せたとしても、数十体を相手には出来ない。


(……正面からは無理だ。)


(罠と奇襲。まず一匹ずつ減らす。それしかない。)


掘立て小屋の奥、焚火の赤が木々の隙間からちらちらと揺れている。


煙の臭いが風に乗り、俺の鼻を刺した。


あの中には、肉を喰う鬼達と――経験値の塊がいる。


喉が鳴った。


恐怖と興奮が入り混じる。


俺は静かに弓を握り、木々の陰に身を溶かした。




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