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第11話 ー 槍を構えて


朝霧がまだ森の中に漂っていた。


湿った土の匂いと、遠くで鳴く鳥の声。


陽が木々の隙間から差し込むたび、槍の穂先がかすかに光った。


昨日買ったばかりの槍を肩に担ぎ、俺は森の奥へと足を踏み入れる。


いつもの鉈ではなく、この真っすぐな鉄の線が今日の相棒だ。


(まずは……小さい獲物からだな。)


木の根元に足跡が残っている。


二股に分かれた跡。角兎のものだ。


まだ新しい。夜明け頃に通ったらしい。


俺は息を潜め、身を低くして進む。


手の中の槍は軽いが、わずかに先端が重い。


突こうとすれば、勝手に“前へ”進もうとする。


(このバランス……悪くない。)


やがて、茂みの向こうで何かが動いた。


白い毛並み、長い耳。角兎だ。


一匹。草を食んでいる。


(距離、五メートル。)


俺は槍を構え、呼吸を整えた。


お爺さんから教わった狩りの呼吸――“止めて、放つ”。


肺を満たし、心臓の鼓動を数える。


一、二、三。


「――っ!」


踏み込んで突いた。


風を裂く音と共に、槍が一直線に走る。


穂先が角兎の胸を貫いた。


小さな悲鳴とともに、体が地面に沈む。


(……やった。)


手が震える。けれど、それは恐怖ではなく、確かな“手応え”だった。


槍の先にはまだ温もりが残っている。


鉈では感じなかった、貫くという確信。


刃を引き抜くと、鮮血が一筋、草に散った。


「悪いな……。」


俺は小さく呟いて、両手を合わせる。


食うために殺す。狩人としての儀式のようなものだ。


そのとき、森の奥から“低い唸り声”が響いた。


鳥たちが一斉に飛び立つ。


空気が重くなる。


(……違う、こいつの声じゃない。)


ゆっくりと顔を上げると、茂みの影から“それ”が現れた。


灰緑の皮膚、丸太のような腕、獣のような目。

オーク――いや、若オークだ。


人より少し大きい程度だが、あの筋肉と牙、油断すれば命を落とす。


(まずい、角兎の血の匂いに釣られたか……。)


腰の鉈を抜こうとしたが、すぐ思い直す。

今は槍がある。


若オークが咆哮した。


そのまま突進してくる。


地面が震え、草が跳ねる。


(落ち着け……来るぞ。)


俺は半歩下がり、穂先を真正面に構える。


突進してきた瞬間、足を滑らせるように横へ。


――そして、


「ッらぁ!!」


槍を突き出した。


鉄の穂がオークの脇腹にめり込む。


鈍い手応えと共に、血が噴き出した。


オークが咆哮を上げ、腕を振り回す。


俺はすぐさま柄を捻り、穂先を引き抜いた。


「うおっ……!」


避けた拳が頬をかすめ、風が肌を切る。


地面に転がるように身を低くし、再び立ち上がる。


(突きだけじゃ倒せねぇ……!)


次の瞬間、俺は踏み込んだ。


穂先を下げ、顎下へ突き上げる。


「――ッ!!」


刃が肉を裂き、首の骨を砕いた。


オークの体がびくりと震え、膝をつく。


やがて、音を立てて倒れた。


静寂。


森の音が、少しずつ戻ってくる。


俺は槍を支えに立ち上がった。


手の中で、鉄の冷たさがまだ震えている。


汗が頬を伝い、胸の奥で鼓動が速くなる。


(これが……槍の力か。)


突くたびに道が開ける。


届かなかった距離を、貫くことで掴む。


戦いの中で、槍が“俺の延長”になっていくのを感じた。


空を見上げると、雲の切れ間から陽が差していた。


その光が穂先に反射し、淡く輝く。


俺は深く息を吐き、血を拭った。


今日も、レベルアップの音は鳴らなかった。


けれど――不思議とそれで良いと思えた。


今はただ、生き延びた実感が嬉しかった。


(明日は……もう少し奥まで行ってみるか。)


そう呟いて、俺は新しい槍を肩に担ぎ、森を後にした。


木漏れ日が、穂先の銀をゆらりと撫でた。



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