第10話 ー 槍を求めて
昼下がりの陽が、石畳の上に柔らかい影を落としていた。
春の風は少し埃っぽく、鍛冶屋通りの空気には鉄と油、焦げた木炭の匂いが混ざっている。
その匂いを嗅ぐだけで、胸の奥が少し熱くなる。
――これから新しい武器を手に入れる。
そう思うだけで、子供の頃にお年玉を握りしめて駄菓子屋に向かった時のような高揚感が湧いた。
木製の引き戸を押し開けると、鈍い鐘の音が店内に響いた。
鉄と木の入り混じった匂いが一層濃くなる。
壁には剣、斧、弓、そして槍。
磨かれた刃が午後の日差しを反射して、淡い光を放っていた。
奥から、腰の曲がった大柄な男が姿を現した。
皮の前掛けをつけ、手にはまだ赤みを帯びた鉄の棒を握っている。
鍛冶屋――いや、職人だ。
彼の腕には幾つもの火傷の痕が刻まれていた。
「何が欲しい。」
短く、低い声だった。
その声には“職人としての重み”があった。
「槍が欲しいです。」
俺は少し背筋を伸ばして言った。
職人の目が、じろりと俺を舐めるように見る。
粗末な麻服、旅人のような革靴、腰の鉈。
どこからどう見ても駆け出し。
「……ヒヨッコか。」
そう呟くと、職人は棚の奥に歩き、一本の槍を持ってきた。
「まだ成り立てのヒヨッコには、それで十分だ。」
彼の声はぶっきらぼうだったが、差し出した槍にはどこか誇りのようなものがあった。
俺は両手でそれを受け取った。
柄は灰色の樫木で、表面には細かな焼き目が浮かんでいる。
手に馴染むほど滑らかに削られ、握ると、わずかに木の温もりが残っていた。
穂先は鉄。余計な装飾はなく、ただ真っ直ぐに尖っている。
光の角度によっては銀灰に輝き、まるで“刺す”という目的だけに生まれた形だった。
「軽いな……。」
思わず口から零れた。
「おう。柄の中は中空だ。握りの重心を前寄りにしてある。突くための槍だ。叩くより、貫け。」
「……なるほど。」
俺は軽く構えてみる。
刃の先が空気を裂き、僅かに音を立てた。
これだ。鉈とは違う、狩りの線が見える。
動物を追い詰め、逃げる方向を封じ、仕留めるための道具。
俺の狩りに“届く距離”が、ようやく手に入った気がした。
「……これ、いくらですか?」
「銀貨三枚だ。」
安くはない。
だが、俺は迷わなかった。
ポーチから銀貨を三枚取り出し、木の台に置く。
金属が触れ合う乾いた音が響く。
職人は無言で受け取り、にやりと笑った。
「お前の目、悪くねぇな。その槍、上手く使えよ。」
「……はい。」
「武器はな、腕が育つほどに応えてくる。壊す前に、自分を磨け。」
その言葉が妙に胸に響いた。
俺は小さく頭を下げる。
「ありがとうございます。」
店を出ると、日差しが目に刺さった。
だが、手に握る槍の感触が、それを心地よく遮ってくれる。
まるで新しい相棒が出来たような、不思議な安心感。
明日からの狩りが、より一層楽しみになってきた。
(レベルアップ……レベルアップ……レベルアップ……レベルアップ……。)
風が穂先を撫でた。
鈍い光の中、俺の中で何かが始まりを告げていた。




