欲しがる妹は今日も可愛い(ただし頭はだいぶおかしい)
欲しがり系を書いてみようと思ったのですが、例によって違う場所に着地しました。
「お姉様、お姉様のその髪留め、わたくしにくださいな!」
また始まった。妹の欲しがり癖が。
「これはわたくしがディミリオ様にいただいたものよ。あげることはできないわ」
「嫌だ嫌だ、欲しいのちょうだぁい!!」
そしてとうとう泣き出した。
「いやああぁ、欲しい、あの髪留めが欲しいのおおぉっ!!」
「ベラ、ダメなものはダメ。聞き分けなさい」
「嫌よおおおお!欲しい!欲しいのっ!!」
妹の泣き声を聞いてやって来るのは母だ。
「まあ!どうしたのベラ」
「お母様ぁ、あの髪留めが欲しいのに、お姉様がダメだって言うのおお!!」
「あげれば良いでしょう、カタリナ。どうせまたもらえるでしょう」
「お母様、本気ですか。婚約者からいただいたプレゼントですよ!?」
「どうせあなたへの贈り物など適当に選んだ物なのだからベラが着けていても何とも思わないでしょう。早く渡しなさい」
「……わかりました」
母がこう言ったら渡すしかない。もっとも、母が渡せと言うのはいつものことで、妹が泣き出し母が現れた時点で結果は決まっている。
妹は可愛い。それは見た目の話。中身はどす黒く染まっていて、私を痛めつけるのを楽しんでいるのだ。
祖母に似た私を母は嫌っている。頭の中がふわふわで脳みその代わりに綿菓子が詰まっているのではないかと思うくらい、何も考えていない。
大変に厳格な祖母だ、厳しく夫人としての教えを説いただろう。そしてそれを思い出させる私が気に入らない、なんと短絡的な。
父はこの二人に比べればマシだ。マシではあるが度を越した面食いで、母と母によく似た娘を愛でることを日々の活力としている。ただし愛玩動物のような扱いであり、父とこの二人の会話はほとんど成立していない。当然、私もこの二人との会話は成立しない。
食後の家族の団欒は、母と妹がきゃっきゃと女性らしい話をしている姿を見ながら、父と私が領地経営や経済の話などをする。父はこれでいて頭は切れるし仕事もできる。私の扱いは娘というより仕事仲間に近い。
この日も夕食後、マカロンをつまみながら上機嫌で話す妹を眺めて、目尻をプディングのカラメルのようにとろけさせていた父は、ふと我に返り話し始めた。
「そういえばベラ、お前はまだカタリナのものをもらっているのか」
「ええ!お父様!今日も髪留めをいただきましたの!」
「……ディミリオ様から贈られたものです」
閉じた扇子を膝に置く。小さな声で抗議すると、父は手にしていたコーヒーカップをテーブルに置いた。
「カタリナのものを取るのはやめなさい」
おや、お父様まともなことを仰るのね?と首をかしげると、向かい側に座っていた母と妹も、私と同じ角度で首を傾けていた。……複雑ではあるが、私もやはりこの女たちの家族なのだ。
「なぜですの?お父様」
「同じ物を買ってあげるから、二度としてはいけない」
「嫌ですわ!お姉様が悲しそうな顔をするのがわたくしの喜びですのに!!」
こういう明け透けな本音を家族の前で隠さないところも、父には可愛らしく見えるらしい。
しかしこの日の父は違った。
「理由を話しても理解できないだろう。 良いかい、もうやってはいけない。お前たちのためだ。良いね」
理由を話しても理解できない、と言ってしまうのが父である。
「ねぇ、あなたどうしていけないの?カタリナの悔しそうな顔を見て、お義母様に仕返ししてやったみたいでスッキリするのよ?」
……本当に、父はこんな女たちのどこが良いのだろうか。理解に苦しむ。母の実家はごくごく普通の男爵家で、領地の産業に特筆すべきものもないのだ。本当に顔だけで選んだのか。
そして父の性格は我が家の標準であり、外見も中肉中背、顔も人によっては格好良いと評価する程度のものである。
母はなぜこの父と結婚したのか、財産目当てか。
残念ながらまだ祖父母は健在であり、父に万が一のことがあった場合は、ディミリオ様と私がある程度領地経営をこなせるようになるまで中継ぎで叔父が入ることが決まっている。
財産が母に流れる余地は全くない。まっっったく!である。
しかも数年前、これを父が説明した場に私も同席している。参加者は両親と祖父、叔父、私。
母は『ええ?でもどうせ私は今まで通り暮らせるでしょう?』とその日に手入れしたばかりの爪を眺めながら言っていた。
堅実を絵に描いたような祖父と叔父の前でよくそれが言えたものだと思う。ああ、父も堅実ではある。
ではなぜ母と妹が際限なくドレスや宝石を買い、着飾れているかというと、母の服飾費は全て父の私費から出ているからだ。祖父が出した結婚を許可する条件がそれだったらしい。ちなみに妹の服飾費も三歳の時から父が出している。
閑話休題。
母と妹は、あまりにしつこく父が念を押すため渋々と了承した。すぐ忘れるんだろうけれど。
「……お父様、あれで理解するとは思えないのですが」
招待されているらしいお茶会の話で盛り上がっている二人を横目に見ながら、隣に座る父に思わず尋ねた。そしてその答えに激しく納得したのだった。
***
「……というわけなの。ごめんなさい、いつも気を遣わせてしまって」
「いいや、持ち帰ったものをベラに奪われることを見越して渡しているんだ。その分たくさん、うちで君を着飾らせることができるから構わないよ」
ディミリオ様のお邸でのティータイム。半月に一度、こうして二人での時間を取っている。ディミリオ様は既に学園を卒業し、軍にお勤めだ。未来の幹部候補である。
「それにしてもお義父上はそんなことを仰っていたのか。……それを君が俺に伝えるということは、色々と物事が動くのかな?それとも、俺が動かしても良いってこと?」
「……さぁ、どちらかしら」
意味ありげに微笑むと、ディミリオ様は柔らかく笑った。
「カタリナのその笑い方は本当に可愛いね。君の邸で見られる、眉ひとつ動かさないところも最高に可愛いけれど」
「そんなことを仰るのはディミリオ様くらいですわ。まあ、知ってか知らずか父も乗ってきましたし、そろそろ始末をいたしましょう。私たちの挙式も、あと半年と迫っておりますから」
***
「お父様!!わたくしディミリオ様が欲しいの!!ディミリオ様と結婚したいわ!!」
執務室に飛び込んできたベラを見て、父と私は二人揃って額に手を当てた。
「……ベラ、だからカタリナのものを取るのはやめなさいと言ったじゃないか」
「第一、ディミリオ様が良いと言うとは思えないわ」
「ディミリオ様はものではなく人だわ!それにわたくしの方が可愛らしいですもの。軍一番の美男子と言われるディミリオ様の隣にふさわしいのはお姉様ではなくわたくしよ!」
ものではないのだから許される、そういう発想なのだろう。その短絡さがこの子の可愛らしく愚かしいところなのだけれど。
「ディミリオ君とカタリナの縁談は、総帥閣下が直々にまとめてくださったものだ。いくらベラの願いでもそれは叶えてやれない」
「まあ、それでは総帥様が良いと言ってくだされば良いのですね!?」
「……良いと言えば、だな」
「それなら問題ありませんわ!わたくしの可愛らしいお願い事なら、みなさん聞いてくださいますもの!」
父と二人で顔を見合わせる。静かにうなずき合い、父がベラに向かってこう告げた。
「良いだろう。閣下の予定を確認する。日にちが決まったらエリザも含めてお前たち全員国軍本部へ来なさい」
そして四日後。父の職場でもある国軍本部へ、母と妹とともに馬車で向かう。
「うふふ、総帥様もわたくしの愛らしさをご覧になれば、ディミリオ様と結ばれるのはお姉様ではなくわたくしの方が良いとわかってくださるわ!」
「そうねベラ。まったくあの人もなぜベラではなくカタリナとディミリオ様を婚約させたのかしら」
春の花のような色のドレスをまとった目の前の二人を一瞥し、窓の外へ視線を移す。
「大丈夫よお姉様、ちゃんと次のお相手もお父様が見繕ってくださるわ!」
「そうよね、カタリナには、いかにも軍人らしい人のほうがお似合いだわ」
脳天気な女たちの言葉を右から左に受け流す。
そんな簡単にいくわけがないでしょう、お馬鹿さんたち。
国軍本部は見上げるほどに高い塀と門扉の中にある。
馭者が招集状を門番に渡すと、重たい門扉がゆっくりと開いた。
通用門ではなく正門を開けてくださるなんて、よほどの重大事案と捉えてくださっているのね。
正面玄関には、父とディミリオ様が軍服姿で立っていた。そういえばディミリオ様の軍服は初めて見るわ。
ディミリオ様が馬車に乗った私たちを見て嬉しそうに目を細めた。
「ほら!ディミリオ様はわたくしが来て喜んでいらっしゃるわ!やっぱりわたくしの方が良いのよ」
「それにしてもディミリオ様と並ぶとあの人は見劣りするわね……帰ったら適当に褒めて新しい宝石をねだろうかしら」
……本当に、こんな女たちのどこが良いのだろうか、父は。この人たち、職場訪問くらいにしか思っていないわよ。
第一、ディミリオ様のあの笑みは愛しい人に会えた嬉しさを表現する顔ではないのに。
客車の扉を馭者が開くと、父が母をエスコートすべく手を差し出した。
扇子で口元を隠しながら母がその手を取り、馬車から降りる。
次にベラがひょこりと顔を出し、「ディミリオ様!」と声を上げた。
ディミリオ様は直立不動。父が静かに手を差し出すと、妹は不満げにその手を取り降りていく。
どうせ頬でも膨らませているのだろう。
私も降りようと座席から立ち上がると、父よりも長い腕が視界に入った。
顔を上げれば、ディミリオ様が手を差し出してくださっている。素直にその手を取り、国軍本部棟の前に降り立った。
「待っていたよカタリナ。こんな厳つい場所に足を運ばせてしまって申し訳ないね」
「……とんでもないことでございます、ディミリオ様。こうして出迎えていただければ、まるで夜会にやって来たような心持ちですわ」
「実際には威厳あふれる国軍本部だけどね」
くすりとディミリオ様が首をわずかにかしげながら目を細め、ほんの一瞬、口端を上げた。
「ディミリオ様ってば、わたくしのことを忘れないで!」
ベラのわめき声を聞いて振り向くと、ディミリオ様が身体の向きを変え、硬さのある声で告げた。
「それでは会議室に参りましょう。総帥閣下がお待ちです」
会議室に向かう間も、場違いに明るいドレスを身にまとった二匹の小鳥はよく鳴いた。
「響くだろう、静かに歩きなさい」
と二人を窘める父の言葉も聞かず、また、すれ違う軍人たちの視線にも気付かずに突き進んでいく。
……その先にあるのは、あなたたちが望んだ未来ではないのだけれど、それを教えてやる義理はない。
「贈ったドレス、ちゃんと着て来てくれたんだ」
ディミリオ様の声色が、いつもより上ずっているように感じる。
「まるで見計らったように昨日届いたのですもの。今日のために仕立ててくれたのでしょう?」
「君は閣下に会ったことがなかったろう?整えていただいた縁談が正しいものであると見ていただける貴重な場だからね。デザインも寄せてあるだろう?」
「ええ。ひと目ですぐに分かったわ。今日という日に相応しい最高の戦闘服よ。ありがとう、ディミリオ」
会議室には、国軍上層部の方々がずらりと揃っていた。
「あ、あら……証人が多いわね……」
母はさすがになにかおかしいと気付いたようだ。
「証人は多い方が良いですわ!」
妹はやはりお気楽なことしか言わない。
「間もなく総帥閣下がお見えになります、お静かに」
……子どもじゃあるまいし、厳格な場でこんなことを言われてしまうなんて恥ずかしいわ。
まあ、もう今日で会うのも最後でしょうけれど。
ほどなくして、総帥閣下が秘書官の女性を連れて会議室にお見えになった。
座っていた方々が一斉に立ち上がる。
遠くからお姿を拝見したことはあったけれど、同じ部屋の中にいるとその覇気に圧倒されるわね。
……こんな空気の中で、何をどうおねだりするつもりなのかしら、妹は。
総帥閣下の左右には速記係と秘書官が、そして壁際には副官の方々が控えている。
進行担当の方の静かな宣言とともに、『審理会』は始まった。
まずは原告の訴えを直接その口から告げるようにと促され、妹がその場に立つ。
そうだった、この子は自分の周りは自分の世界で覆い尽くす子だったわ。周りの張り詰めた空気など関係ない。
「僭越ながら申し上げます。総帥様が姉とディミリオ様の婚約を仲立ちされたと伺いましたが、姉よりもディミリオ様に相応しいのはわたくしです!それをその目でご覧いただきたいと思いましたの。証人の方々もたくさんいてくださって大変心強いですわ!」
「なるほど、根拠を聞こう」
閣下の言葉に気を良くしたのか、ベラは根拠と呼ぶには理屈に乏しい感情的な言葉ばかり並べていく。
それにしても総帥閣下、お声がとても低くてダンディだわ……耳がまだ幸せに震えている。
口元も緩んでしまったのか、隣に立っているディミリオがちらりとこちらを見て表情を歪めた。
そして私の左手を、周りにわからないくらいに静かに、撫でるように触れてきた。
「……!」
思わずキッと睨むと、今度はしっかり周りに見えるように、指と指を噛み合わせて手を繋いでくる。
これが見えたのか、総帥閣下の目が軽く見開かれた。閣下の様子を見て、出席されている方々の視線が私たちの手に集まり、そして一様に驚いた顔をなさっている。もう、ディミリオってば。
「……というわけで、姉にディミリオ様では釣り合いません。わたくしこそが相応しいのです。ですので総帥様、ディミリオ様の婚約者をわたくしに替えてください」
ベラの主張は終わったらしい。随分と長かった。ご参列の面々は目が半分死んでいる。
私はディミリオとお互いの手の甲に指で信号を送り合い会話していたので、妹の主張はまるで聞いていなかった。
「なるほど。君の主張は全く荒唐無稽なものだったが、君の姉君とディミリオ=グラモントの関係がすこぶる良好であることは逆によく理解できた。よってこの婚約は覆らん。……ダヴォワ局長、ここまで愚かだといっそ清々しいな」
「は、恐縮であります」
……お父様、これは褒められているのではないのよ、わかっていての返しでしょうけど。
「どうしてですか!?」
妹が声を張り上げた。
「どうしても何も、君は何も見えていないだろう、ベラ=ダヴォワ。言葉遣いと立ち居振る舞いはお母君よりはマシなようだが、所詮は愛玩人形と言ったところか。して、ダヴォワ局長よ、この愚か者たちの処遇はどうする。私が決めて良いのか?」
「閣下、これらはただ興味本位で徒に甘やかし続けた果ての産物でございます。次の愛玩も既に手中に収めておりますので、ご面倒でなければ閣下の決定に従います」
「ちょっとあなた!!」
母が甲高い声を上げた。
「どういうこと!!?」
「どういうことも何も、今話した通りだ。国軍本部まで来てお忙しい方々の時間を奪ったんだ。まあ私も痛い出費ではあったが、今後皆様に喜んでいただけるならお前たちにも価値があるのだろう」
こうして母と妹は『国軍本部を父への差し入れを届ける名目で訪れ、自分たちの主義主張を通すために総帥閣下に色仕掛けで取り入ろうとした』現行犯として捕縛された。
「なんでこんなことに!!」と床に伏せられながら喚く母と妹に、ディミリオと二人で近付く。ちなみに手は離してもらえていない。
「ディミリオ様、助けてください!!」
妹がディミリオに縋るような目を向け、顔よりも先にしっかりと恋人繋ぎされた手に気が付いたようだ。
「その手を離しなさいよ、この性格ブス!!」
「性格ブス、あなたには言われたくないわねベラ」
腰を落とし、閉じた扇子でベラの顎を持ち上げてやる。
「ディミリオに釣り合うのは、あなたとは違う方向性で性格の悪い女ということよ。御愁傷様。もうここを出ることはないでしょうけれど、せいぜい皆様にもてはやしていただいてね?」
「行こうか、カタリナ。せっかく来たのだから俺の職場を案内させて。改めてきちんと閣下にもご挨拶しよう」
「ええ、ディミリオ。我が家の道楽のために長らく不便をかけさせてごめんなさいね」
「問題ない。俺も楽しませてもらったからね。それよりも君の魅力が軍の連中に広く知られてしまったことの方が不服だ」
ディミリオに手を引かれ立ち上がる。
「まあ、ディミリオったら」
「な……な……」
こんなに親しげに話しているところをベラには見せたことがなかったからか、言葉が出ないらしい。
「お父様も、最後の最後までご趣味を全うすればよろしいのに」
「ここにいる面々にはお義父上も含まれる。みんなで面倒を見るから問題ない。だろう?」
その後、総帥閣下の執務室にディミリオとともにご挨拶に伺うと、総帥閣下は先程とは打って変わってにこやかに微笑みながら私たちを出迎えてくださった。
「まったく、上官の前でよくもまあ独占欲を丸出しにした振る舞いができたものだなグラモント。自分の目を疑ったぞ」
そしてやはり声がとても良い。少し恍惚としたところをディミリオに見られ、手をつねられそうになったのですっと手を自分の胸元に置くと、総帥閣下が声を上げてお笑いになった。
「……ダヴォワ嬢は軍人の伴侶として申し分のない女性ですので、牽制が必要と判断いたしました」
「しかしグラモント、『婚約者が妹に自分がプレゼントしたものを奪われてしまい会う度に謝ってきて心が苦しい』と触れて回っていたが、あの時のお前も顔が全く苦しそうじゃなかったじゃないか」
「そうでしたか?」
ディミリオは何食わぬ顔だ。なるほど、その仕込みあっての証人の多さだったのか。
「ダヴォワ嬢、こいつは相当に食えない男だ。
しかし若手の中では最もできる男であることは間違いない。お父君の性分を鑑みて、この男には君が良いのではないかと考えていたが、予想以上にこいつの心をつかんでくれているようで安心した。これからもよろしく頼むよ」
「かしこまりましてございます」
***
『もうこいつらは良い。飽きた』
それが、あの日の団欒で父が私に告げた答えだった。
『飽きた』
『美人は三日で飽きるというが自分はもう少し長く楽しむ自信があったから飼ってみただけだ。さすがにもう飽きた』
『ああ……わかります』
『ドレスや宝石はお前に似合うように直すか、それも無理なら売るから心配しなくて良い。希少価値が上がる見込みの石を多く買い与えていたから、売っても逆に利益が出るだろう』
『お父様は本当に読みを外しませんわね。あの二人の仕上がりも予想通りなのではありませんか?』
『……私としてはもう少し派手に踊ってもらいたかったからな、喜劇役者としては力不足だよ』
私は父によく似ている。ディミリオ様も私をよく理解してくださっているから不安はない。
家族の人数は半分になったが、会話が成り立つ快適さを前にして、わずかな感傷も瞬く間に吹き飛んだ。
ディミリオ様とはあたたかで朗らかな家庭を築こうと考えながら、父の膝の上で丸くなる猫を眺める。
数ヶ月前に敷地内に入り込んできた迷い猫。使用人がこっそりと世話していたのを父が見つけて、根気強く自分に懐かせた子だ。
この猫が現れた頃から父の心があの二人から離れたことを知っている。そして父もわかっているだろう、この猫をもらい受けて敷地に放ったのが私であることを。
「言葉を話すのに通じない奴らより、初めから言葉が通じないとわかっている方が寛大になれるものだな」
ノワールと名付けられたその猫は、父に背を撫でられてクワァと大きなあくびをした。
「今さら何を仰っているのですかお父様。ところで、あの二人は息災なのですか?」
「なんだ、気になるのか」
「一応は血の繋がりもありますし。頭の中は全く理解できませんでしたが」
「……それなりだな。今はまだ物珍しさからちやほやされているようだが、中身がないからすぐに飽きられるだろう」
その先は……どうなるのでしょうね。知ったことではないけれど。
「ああ、お父様、私たちが跡を継いだらその子は置いていってくださいましね」
「断る」