第二章 平民の微笑み
王宮の舞踏会。
シャンデリアが煌めき、貴族たちの笑い声が響く中、私は一人柱の陰に立っていた。
そして、彼女を見つける。
──セーシル・ヴァレンシア。
紺色の控えめなドレスに身を包み、どこか物憂げな表情を浮かべていた。
だがその瞳には芯の強さと、静かな光がある。
「……彼女がヒロインか」
思わずそう呟いた瞬間。
「おや? ヴォアールリア令嬢が平民の娘をそんなに凝視して? 嫉妬でもおありですか?」
声をかけてきたのは王太子カシウスだった。
端正な顔立ちに貴族然とした態度。
だがその目はどこか冷たい。
「いいえ。ただ貴族の誇りとは何か考えていたところです」
私は微笑みながら答えた。
「平民が王宮に舞い降り、貴族の輪に交じる。それが本当に“誇り”と言えるのでしょうか?」
カシウスの眉がわずかに動いた。
「セーシルは才知に溢れ品格もある。身分など関係ない」
「では、もし彼女が貴方の妃になったとして──貴族社会は彼女を認めるでしょうか?」
私の問いにカシウスは答えない。
しかしその沈黙がすべてを物語っていた。
そしてその夜──私はセーシルに近づく。
「……あなたのことが気になります」
そう言い、私は手袋を外して彼女の手を取った。
「貴族は身分で人を裁きます。でも私は……そうしたくない」
セーシルは驚いたように目を見開く。
「……なぜご令嬢様が私などに?」
「なぜって……」
私は小さく笑った。
「だってあなたは私の“敵”なんでしょう? なら敵を知らずに悪役を演じるなんて、馬鹿らしいと思いませんか?」
彼女はそこで、初めてふわりと微笑む。
「……あなた、意外と面白い人ですね」