不死の軍勢
大聖堂を後にしたレオン・クロスハートは、エフィが語った言葉の真意について考えていた。
酒場の明かりがついている以外は月明かりのみが照らす街。この月明かりに照らされて初めて存在が露わになる、名も無き大罪人とは何者なのか。未だ自身が信仰する神ですら何者であるかわからない彼に、また一つ、知りたいと思う真実が増えたのであった。
「いつもよりだいぶ遅くなったか......」
雲一つない満月の夜空を見上げ、彼は呟く。頭の中にある疑問の数々が、彼の帰路の歩みをいつもより遅めていたようだ。夜空の光が日常よりも真上にあるような感覚から、彼は時の流れを感じ取る。
「士団長!」
彼の物思いに耽る間を切り裂く背後からの声。振り向くとそこには一人の聖騎士団員が駆け寄ってくる姿がある。
「アルバート?どうしてこんなところに」
彼に駆け寄り、わずかに肩を上下させている聖騎士団員の名はアルバート・ファーガソン。レオン・クロスハート率いる聖騎士団第十三士団の副士団長である。二人の年齢は共に十代半ばであるが、同年代の上官にも決して不遜な態度は見せない誠実さが人相にも現れている。凛とした顔つきに黒を基調とした詰襟の制服がよく似合う容姿であるが、その制服がやや乱れているところを鑑みるに、何か緊急の用事であると察し取れる。
アルバートは右腕を左肩に当てる敬礼を行い、口早に彼に要件を伝えようとする。
「この第十三聖堂区付近の不死の軍勢に不穏な動きありとのことで緊急召集がかかりました。第九士団長ヘライアス様が他の士団にも伝達中ですが、私はレオン様に直接伝令を行い、直ちに禁足地へと出向くよう命令がありました。先遣隊として不死の軍勢の動向を確認せよとのことです」
「こんな場所で直接の伝令か。住民に聞かれたらどうする」
「住民にも避難指示が出される予定です。それだけ緊急度の高い事態であると推測されます」
「......わかった。急ごう」
二人はこれ以上のやり取りは煩わしいと言わんばかりに、どちらかが次の句を発する前に街中を走り出す。
──時同じくして。
大聖堂区外。
禁足地と呼ばれ、多くの人間に忌み嫌われる場所にある廃教会の時計台に、一つの人影があった。時計台の頂の塔に立つその人影は、人と呼ぶにはあまりにも体躯が大きい。常人の三倍はあろうかという巨体である。月光に照らされた漆黒の鎧の関節部は中にいる者の肉体の厚みに耐え切れなさそうなほどに盛り上がっており、全身からはまるで蒸気のように紫煙を立ち上がらせている。
騎士は眼下の呪われた地を見渡し、傍にある自身と同じほどの釣り鐘に向かい拳を水平に振り抜き、叩きつけた。
聖堂区内と違い、民家の明かりすら無い、亡霊の街。薄らと霧がかった街並みは、人一人の気配すら無いが、レンガが敷き詰められた道は馬車が通れるほどに整備されており、民家も居住者が留守にしているだけだと言われたら頷ける程の様相である。騎士が立つ時計台を備えた廃教会も、毎日の参拝者が手入れをしているのだろうと思われる位の美しさと威厳、存在感を放っていた。しかし、生の気配はまるで無い。
騎士が轟かせた鐘の音に、誰かが呼応するのだろうか。騎士は再び鐘に拳をぶつける。
直後、まさに鐘の音に呼び起こされたと言うように、薄い霧の中に黒煙が混ざり始める。
道に敷き詰められたレンガの隙間。路地。民家の屋根。廃教会の庭園。あらゆるところから黒煙が立ち上がり、それらは徐々に人の形を成していく。やがて闇夜に紛れる暗闇色の鎧を纏う騎士たちの姿を造り上げ、数瞬の間に禁足地を埋め尽くしたのである。槍に剣に搥に、各々が獲物を構えている。蟻の大群と見間違うほどの黒い大軍。しかし、これらの騎士たちは、時計塔の騎士に比べれば身体の大きさは常人程度。時計塔の騎士一人がいかに異様な存在であるかの対比にもなっていた。
巨体の騎士は軍勢の目覚めを時計塔の頂きにて静かに見守っていた。全ての目覚めを確認するかのようにもう一度眼下を見渡し、軍勢に合図を送るかのように、三度となる鐘の音を響かせる。
巨体の騎士は遥か先に見える巨大な城壁を目がけて飛び立つ。騎士の踏み込みに時計台の足場が欠け落ちる。
城壁内は大聖堂区。のみの一飛びのような勢いで真っ直ぐに飛んでいく。
地上の軍勢も宙を駆る巨体の騎士の方角に合わせて動き出す。
──この時、レオン・クロスハートらはちょうど禁足地へと到達した。聖堂区と禁足地を分かつ城壁を通用口から抜け出たという時だった。
彼らの眼前には、すでに不死の軍勢と呼ばれる大軍が列を成して待ち構えていた。
さらに頭上からの不吉な気配に、彼らは目線を上げた。それが何であるかを認識する間もない。飛来する巨大な影は、彼らが身構えるよりも先に彼らの数歩先の地面に激突した。まるで砲弾の着弾。立ち上がる土埃の中から、がしゃりと金属がぶつかり合う音を鳴らして彼らに近づく巨体。
強者の圧に、彼らは察する。偵察などしている暇はない。すでに手遅れであると。
「......アルバート。わかるね?すぐに増援を。全士団、全騎士を要請すると」
彼の願うような囁く声に、アルバートは応じようとしなかった。まるでこの場は一人で食い止めると言う彼に、無謀だと伝えようとしたかったのだ。二人ですぐに撤退するべきであると。
「アルバート!行け!聖堂区にこいつらを入れるつもりか!」
彼は初めて部下に怒鳴り声を上げた。温厚で冷静な上官であり、戦場では苛烈。アルバートはそんな彼を慕っていた。その彼が怒鳴り上げたのだ。アルバートはその意味を噛み締める。
「どうか、ご無事で」
アルバートは来た道を一人、引き返す。その場に立つのは、レオン・クロスハートただ一人。
彼は眼前で立ち止まる巨体の騎士を見上げ、右腕をわずかに肩より外に広げた。彼の手中が淡く光ると同時、彼はその手に自身の背丈を超える大鎌を握っていた。
相対する巨体の騎士も、腰の大剣を抜刀する。
彼はその流れるような動作の美しさに、息を呑んだ。その弾丸のような肉体で殴りかかってこられれば、こちらが刃を振り下ろす前に身体が吹き飛ばされる位のことを想像していたからだ。
「騎士の矜持に、感謝する」
二人の騎士は、同時に己の獲物を振り上げた。




