3
「お姉様、その目は何ですか!
次期王妃の私にそんなことして許されると思ってるの?」
「本当に憎たらしい」
腰に手を当て、私を見下すように見るミカエラは、明らかに不機嫌だった。
ミカエラ、外見だけ見れば、王子の婿として相応しいのはこの子なのだろう。
私と違い、人の注目を集める主張の強い顔立ち。
1つ1つのパーツは主張が強いが、小さな輪郭の中に収まると上手く調和する。
年下ながら私より整ったスタイル。
体のラインは細いが、出るところは出ていて、その体の起伏が見る人を虜にする。
なにより、私が手に入れることのできなかった白色の髪。
お父様の琥珀色の瞳はミカエラ同様、私にも遺伝していた。
だが、お母様の白色の髪だけは遺伝しなかった。
私の人生をこんな惨めにしたのは、紛れもなくこの黒色の髪のせいだ。
髪色さえ遺伝すれば…
ミカエラの髪は、陽の光を受けてほのかに青く透けている。
「私も、貴方が憎たらしいわ、世界中の誰よりも」
「何ですって?」
予想もしていなかった言葉が飛んできて、ミカエラは明らかに動揺していた。
「お姉様さっきからどうしたの、らしくない…
頭のネジでも外れたの?」
ローズの態度に納得できなかったのか、ミカエラは八つ当たりとしてローズの肩を強く押した。
「…」
以前なら、そのままお尻をついてしまったローズだが、なんとか後ろ足で踏ん張って耐えた。
「パチッ…」
体が反射的に動いた。私はミカエラの頬をかなりの勢いで叩いていた。
ミカエラはそのままお尻をついた。
頬に手を当て、何が起きたのか本人は見当もついていない様子だ。
叩く方と叩かれる方の立場が逆転した。
人を叩くと、こんなにも手のひらがヒリヒリするなんて…初めて知った。
「こっちは全てを失ったの、ねぇ覚悟できてる?」
ミカエラはみるみる目に涙を浮かべた。
こんなことで、涙を浮かべるなんて…
つくづく幸せものだ。
両親から叩かれることに慣れてしまった私は、
叩かれすぎて涙すら出なくなってしまったというのに…
そんなことを思っていると、もう一発叩きたくなってきた。
散々私に酷いことをしてきたんだ、八つ当たりくらいしても許されるだろう。
ミカエラを胸ぐらをつかみ無理やり立ち上がらせ、今度はさっきよりも大きく手を振りかぶった。
「何、脅えているの」
ミカエラに向けて放った。
恐怖で体が固まってしまったミカエラは動けない。
ミカエラは体に力を入れて目をつむった。
肩が小さく震えているのが、見て取れた。
ついさっきまであれほど勝ち誇っていたその顔に、今はもう、幼さと弱さしか残っていない。
涙を武器に逃げることが、彼女のいつものやり方だ。
許すはずがないだろう。
力を込めた手のひらが再びミカエラに触れそうになったときだった。
何者かが後ろからローズの腕に手を絡ませ、ミカエラへの一発を防いだ。
そのまま、もう一方の手で手首をつかまれた。
その手は驚くほど冷たくて、けれど力強かった。
一瞬にして、呼吸が止まる。
私が両親にやられているときには、誰も助けてくれなかったくせに、どうして…
納得がいかない…
手に全力で力を込めるも、ピクリとも動かない。
「やめておけ」
聞き覚えのある声に、ローズはすぐに振り返る。
視線がぶつかる。
一発を免れ、目を見開いたミカエラも、
自分を助けてくれた人物が誰か確かめる。
「…」
とにもかくにも、運命は私を苦しめる。
怖気付いた表情が見る見るいつものミカエラに戻っていく。
「助けていただきありがとうございます!
ラビラ様」
ミカエラの声が弾ける。
言葉がでてこない。ただ、手首に残るその冷たい感触だけが、現実だった。
絶望を失望が実感として、心から全身に伝わってくる。
これが本当の絶望…