5 ベラドンナの決意
開戦の準備はおおむね順調に進んだ。
ベラドナの両親は反対し続けたが、娘の頑固さを承知していて、最後の最後でうなずいた。
「生きて帰るのだぞ」
泣きやまない母を支えながら、体面ばかり気にしている父がそんなことを、背中で言った。
「お母様とお父様のことを頼んだわよ」
ここ数日、ベラドナに付いて準備に付き合っていたキールは顔を上げた。
ベラドナに与えられた一室には、深窓の姫には似合わない無骨な鎧や剣のたぐいが並んでいる。
今は、予備食を入れた革袋を一つずつ装備にくくりつけていた。まさか戦場まで馬車というわけにはいかない。ベラドナは一軍の将と同じく、軍馬が与えられた。馬の鞍の横に簡単な身の回りの品を乗せるのだ。
水に食糧、簡単な薬品類に小剣、簡素な着替え。ベラドナが身を整える品は革ひも一つが精一杯だった。
ベラドナの部屋には、誰もが羨むような宝石もあったし、職人が丹精を込めて作りあげた絹のドレスが一生かかっても着られないほど用意してあった。
だが、ベラドナはお気に入りのドレス一つ荷物に積み込んでいない。
「……死にに行くおつもりならば、どんな手を使ってでもお止めいたしますよ。姉上」
ベラドナは鞍にくくりつける皮紐を確認していた手を止めて、目の前でうなだれる弟の肩を抱いてやった。
「手紙を書くわ。きっと」
そういえば、小さな頃から寂しがり屋の弟だった。
今ではしっかり城勤めの文官として務めていたから、忘れていた。
ベラドナは荷物の中に、小さな便せんと筆記具を入れることにした。
出立当日までフレドリック達と顔を合わせる機会はなかった。
王と王妃に型どおりの挨拶をして、広間を出るとベラドナと同じように鎧に身を包んだトトメスが待っていた。
訝るベラドナにトトメスは口の端を上げる。
「今日からお前の護衛官だ」
それから、と二の句を継げないベラドナにトトメスは外套を手渡した。
華美ではないが、上質な布で作られた黒の外套は丈夫そうだ。
「マーガレット様から」
謝らない。
そう決めていた。
けれど、瞳の端が滲んだのを、トトメスは見ないふりをしてくれた。
ラッパが高らかに鳴り出すのを待って、ベラドナとローラン軍は王都を出立した。