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「なんだ、これ……?」


 その手に現れた新しい剣を、ユーリは目を丸くして見つめた。

 一切の無駄のない造形は、だからといって無骨というわけでもない。真っ白な刀身はよく見れば濃淡が微かに揺らいでおり、刃は一本の髪の如く薄く、繊細だった。


 美しい――。

 色も、形も、芸術品のようだ。

 しばらくの間、全てを忘れて見惚れてしまう。


「ユーリ! 無事か!?」


 マオの声を聞き、ユーリは我に返った。

 剣があるなら戦える。肉体が悲鳴を上げていようと、心がまだ力を振り絞ろうとしている。


 その心に、白い剣は呼応するかのように輝いた。

 力が湧いてくる。これなら、まだ動ける。


 ――《斬撃》。


 未だ水塊を撃ち続けるヒュドラ目掛けて、ユーリは剣を振るった。既にヒュドラはユーリを死に体だと判断していたのか、こちらを見ていない頭部を断つべく斬撃を放つ。


 瞬間、ユーリは目を見開いた。

 その斬撃は、今までの比でないほど疾く、鋭く――広かった。


 ヒュドラの首が落ちる。

 ()()()()()

 狙った首だけでなく、更にその向こうにある二本の首も斬り落とした。


(……そういうことか)


 ぶくぶくと音を立てて再生していくヒュドラの首を見て、ユーリはある事実に気づいた。


 視界の片隅では、ロジールが死力を尽くしてヒュドラの首に斬りかかっている。だが、やはりヒュドラに傷をつけることはできない。

 その理由が今、理解できた。


「ユーリ!!」


 ヒュドラが再生する隙に、マオがこちらへ近づいてきた。


「お主、また妙な覚醒をしおったな!!」


「ああ」


 宝座の最適化とやらが終わった直後、ユーリは《顕現》という権能を手に入れ、それを発動することでこの白い剣を手にした。


 だが、手にした権能は一つだけではない。

 頭の中で声が告げていた。ユーリは今、更に一つの権能を手にしている。


 以前、予想した通りだった。

 宝座には幾つもの力がある。第一の権能が《顕現》で、きっとその後も第二の権能、第三の権能と、次々と目覚めていくのだろう。


 そして、その力で宝座の所有者は何をするのか。

 ユーリは今、それを理解した。


「……マオ、宝座の正体が分かったぞ」


 マオが「正体?」と首を傾げる。

 ユーリは続けて説明した。


「ガレスが言ってただろ。自分たちではあのヒュドラに傷一つつけられなかったって。見たところうちの隊長も同じだ。……でも、俺たちの攻撃は通っている」


 ロジールも軍人としてそれなりの実力を持つ男だが、特にガレスは軍人や騎士の中でもかなり強い部類である。そのガレスが傷一つつけられないのは流石に奇妙な話だった。


 これには、明確な理由がある。

 鍵となるのは――宝座だ。


「いいか、マオ。……宝座はこいつらへの挑戦権だ。同時に、こいつらを倒せる唯一の力でもある」


 この土地に上陸した日の夜、ロジールは魔獣について説明した後、「この大陸には絶対に倒せない魔獣がいる」と説明していた。


 正確には、それらの魔獣を倒すには特定の()()が必要だったのだ。

 初めて資格を手にした時、頭の中の声ははっきりしておらずノイズのように聞こえていた。多分、あの段階から資格や権能の譲渡は処理が滞っていたのだろう。ユーリたちが資格を手にしたのは最初にヒュドラと戦った時だが、本来ならこの大陸に足を踏み入れた瞬間、手に入れていたに違いない。


 宝座も同じだ。ユーリとマオは、この大陸に上陸した瞬間、いずれかの宝座を得ることが確定していた可能性が高い。そしてそれがヒュドラを打倒し得る力として、この大陸に認識された。


「妾たちの攻撃のみが、あの蛇に届くということじゃな」


「ああ」


 マオの理解をユーリは肯定した。

 要するに、何が言いたいのかと言うと――。


「――覚悟を決めろ。こいつは、俺たちが倒すしかない」


 ユーリの発言に、マオは一度だけ……しかし確かに深く頷いた。


「妾は何をすればいい」


 活路を開いたのはユーリ。

 ならばユーリを中心に戦略を練るべきだろう。


 どうすればヒュドラを倒せる?

 考えるユーリは、ふと刀身を見て、その変化に気づいた。


(刀身の色が変わっている……?)


 元々は濃淡こそあれど全てが白く染まっていた刀身だが、今はその中心に青色が差していた。


 白と青。二色の組み合わに気づいたユーリは、頭上を見る。

 立ち込める曇天。その中心が、ヒュドラの放つ水塊によって吹き飛ばされ、青い空が見えていた。


(空と連動しているのか――!)


 空の宝座。その文字通り、この刀身は空の状態によって変化する。

 変化するのは見た目だけではない。


 空の宝座・第二の権能が目覚めたと同時に、ユーリの脳内にその情報が流れ込んできた。しかし実は今まで理解できずにいた。何故ならそれは、刀身の状態によって変化する権能とのことだった。


 刀身の状態とは? そんな疑問が今、解消する。

 道が見えた。――あのヒュドラを倒すための道が。


「マオ、今から言うことをやってくれ」


 ユーリは端的に要求を伝える。

 それさえやってくれれば、あとはこの剣が――空の宝座がヒュドラを討つ。


「本当にそれだけでいいんじゃな?」


「ああ、その先は任せろ」


 マオがユーリを信じたのは一瞬だった。

 最後の確認にユーリが頷いた直後、マオは残る力の全てを振り絞って一際巨大な砲台を創る。


 放たれた砲弾は、荒れ狂うヒュドラの首の脇を抜けた。

 奥にある胴体を狙ったわけでもない。大きな砲弾はヒュドラのどの首にも命中することなく、雲に覆われた空へと突き進む。


「爆ぜろ――ッ!!」


 マオが叫んだ直後、砲弾が独りでに爆発した。

 マオの《創造》なら、砲弾の種類を変えることくらい容易い。


 立ち込めていた雲が吹き飛ばされる。

 曇天が青空に変わった時、ユーリの握る剣の刀身も清々しい青色に染まった。


 この状態だ。

 晴天のもと、剣を青く染めたこの瞬間こそ――空の宝座が最大の効果範囲を発揮する時。


 空の宝座は、()()()()()()

 その性質をユーリは正確に理解していた。


「第二の権能――――」


 跳躍したユーリが、正面にヒュドラの頭を見据える。

 青く輝く刀身を見て、ヒュドラの瞳が恐怖に染まったような気がした。殺意を抱く災害が、意思をもつゆえに恐れをなし、退こうとした瞬間だった。


 だが、三度目の決戦はない。

 ここで終わらせる。そう強く決意しながら、ユーリは権能を発動する。


「――――《暁へ飛翔する閃薙(アエロ・ブレイド)》!!」


 空の宝座・第二の権能。

 それは、通常の《斬撃》とは比にならないほど巨大な斬撃を放つというシンプルな効果。


 だが、雲一つない快晴の時にそれを振るえば、その斬撃はどこまでも続く刃と化す。


 どこまでも――。

 目の前のヒュドラの首を断っても、勢いが衰えることなく――。

 二本目の首を断ち、三本目の首を断ち、それでもなお速度を緩めることなく――。


「届けぇえぇえぇぇえぇえぇえ――ッッ!!」


 かつてマオは言った。

 空の宝座の効果は、範囲の拡張であると。

 その真価が今、発揮された。


 止まらない。放たれた斬撃は眼前に立ち塞がる全てを両断し、更になお止まることなく突き進む。風を斬り雲を斬り、どこまでも、どこまでも、目の届かないところまで進み続ける。


 水平線の彼方まで、その刃は届く。


 ヒュドラの首が全て切断された。

 九つの頭が海に落ちた後――ヒュドラの胴体が激しい水飛沫と共に倒れ、もう再生することはなかった。


【〝空〟の担い手が、水蛇ヒュドラを倒しました】


【〝水蛇の征伐者〟を獲得しました】


【以下の権能から一つを獲得できます】


【権能《再生》】

【権能《水上歩行》】

【権能《水蛇降臨》】



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