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 昼過ぎ、五人の部隊が第七遠征隊の拠点を出発した。

 ユーリ、マオ、レイド、ミルエ、ガレスの五人は魔獣の急襲に警戒しながら海岸へと向かう。


 ガレスが言った通り、この五人が間違いなく現状の最高戦力だった。

 森を歩く途中、ユーリがいち早く魔獣の気配に気づく。


「右に二体いる」


 短い報告と共に、瞬時に動いたのはマオとガレスだった。

 魔獣が潜んでいる大まかな位置さえ分かれば、まずはマオが地面から無数の槍を放って広範囲を攻撃する。それで魔獣を倒せる時もあるし、討ち漏らした場合もガレスがすぐに対処する。


 比較的、戦いに慣れていないレイドとミルエには、ユーリが傍について守ってやる。

 かつてないほど安定した陣形だった。


 だが問題が全くないわけではない。

 ユーリは視線だけでミルエの顔色を窺う。


「ミルエ、大丈夫か?」


「……大丈夫です。皆さんの傷を癒やすのが、私の役目ですから」


 そんな震えた声で紡がれた言葉を、真に受けるユーリではない。

 女神に対する信心が崩れかけているミルエは、目に見えて調子が悪かった。


(……なんとか、立ち直ってもらいたいな)


 治療の専門家であるミルエはユーリたちにとっての命綱だ。シスターという立場上、落ち込むのも無理はないが共倒れは避けねばならない。


 幸い周りに魔獣の気配はない。

 今のうちに真面目な話をしておくかと思い、ユーリは口を開く。


「ミルエは、祝福が欲しいから女神を信仰していたのか?」


「……違います。私が女神様を信仰している理由は、もっと純粋なもので……」


「じゃあ、祝福の正体なんてどうでもいいんじゃないか」


 こちらを振り返るミルエに、ユーリは続ける。


「祝福が女神の恩寵だって言うのは、俺たち人間が誤解していただけっていう話で、別に女神が何かしたわけじゃない。なのにミルエは何をそんなに悲しんでるんだ?」


「それは……」


 女神のフォローをしているようでモヤモヤするが、それよりも優先するべきは仲間の命……そして、ミルエの気持ちだ。


「信じたいものを信じろよ。……女神でも教会でもなんでもいい。自分が信じたいと思ったものを信る。それでいいじゃねぇか」


 本当に見返りを求めていないと言うのであれば、信じる相手なんて自分で決めてもいいはずだ。ユーリにとって女神はぶん殴るべき存在だが、ミルエにとっての女神は、たとえ祝福を与える力がなくても信じるに値する女神だろう。

 そんなふうにユーリは思っていたが――。


「……信じたいものが、なかったらどうするんですか」


 ミルエは掠れた声で言う。


「もし、女神様も、教会も信じられなかったら……そしたら私は、何を信じればいいんですか……?」


 ユーリは唇を引き結ぶ。

 思ったよりも重傷だ。既に女神そのものを信じられなくなっているらしい。いつまでも落ち込むミルエのためにも、どうにか彼女の信心を復活させようと思ったが、もしかすると手遅れかもしれない。


 ミルエはもう、女神を信じられないかもしれない。

 だが、それが何だと言うのか。

 この世界には無宗教の人間だってごまんといる。彼らが不健全かと言うとそうではない。彼らも立派に生きている。己の二本の足だけで立ち、前へ向かって進んでいる。


 それでもなお、何かを信じずにはいられないなら……。


「……じゃあ、俺はどうだ?」


「……え?」


 訊き返すミルエに、ユーリは堂々と告げた。


「俺を信じてみるのはどうだ?」


「ユ、ユーリさんを、ですか……?」


 ユーリは「ああ」と頷き、


「俺は、ミルエを裏切らないぞ」


 少女の顔をじっと見つめて、ユーリは言う。

 ユーリにとってミルエは、二度目の人生で出会った大切な仲間だ。あんなクソ女神と違って、自分はミルエを裏切らない。いつでもそう断言できるくらいの気持ちがあった。


「か……」


 ミルエは微かに頬を赤く染め、答える。


「考えて、おきます……」


 視線を下げたミルエは、何故かユーリと距離を取る。

 よく分からないが、先程と違って落ち込んだ様子はもうない。取り敢えず立ち直ってくれたかな、とユーリが安心していると……何故かマオに睨まれていることに気づいた。


「マオ、どうした?」


「……お主の中では、口説くのも冒険の醍醐味なのか?」


「は?」


 白けた目でこちらを見るマオに、ユーリは首を傾げた。

 一方、レイドも何故かユーリを睨んでいる。


「姉上に報告するからな!」


「何をだよ」


 どうして皆が騒いでいるのか、ユーリにはよく分からなかった。

 前世では女神の言いなり。今世ではその反動で冒険一筋。ユーリにはちょっと鈍いところがあった。


「この辺りから、空間歪曲現象が始まるぞ」


 ガレスの一言に、ユーリたちは警戒心を露わにした。

 ユーリは剣を抜き、手頃な位置にある木の幹に傷をつけた。その後、周辺を観察しながら海岸へ向かうと、幹に傷のついた木が目の前に現れる。


「なるほど、確かに……」


「戻ってきたのじゃ……」


 ユーリたちが塔から戻ろうとした時に経験した現象と同じだ。

 何度経験しても、妙な感覚である。


「ユーリ」


「ああ」


 マオの呼びかけに応じたユーリは、静かに集中を研ぎ澄ませた。

 権能の使い方はもう分かっている。


 ――《超感知》。


 五感を鋭敏にして、周囲の環境情報を正確に取得する。


「……昔から勘が鋭いとは思っていたが、まさか権能になるとはな」


 ガレスがユーリの背中を見て呟く。

 厳密に言うと、ユーリの勘の良さの正体は、環境情報の超高速インプットである。

 地形や気温など、ユーリは周辺環境の情報を正確かつ高速に把握することができる。だから基本的に道に迷うことはないし、これまで歩いてきた地形から絶景が見える場所を割り出すこともできる。


 環境情報を正確に把握できるということは、その変化に気づけるということだ。たとえば木の枝に止まっていた小鳥がいなくなったことに気づけるのは勿論、本気で集中すれば葉っぱが一枚落ちただけの変化にすら気づくことができる。


 僅かに、ほんの僅かにだが、ユーリは頭上の木の枝が妙な方向に伸びていることに気づいた。同じような木は他にも幾つかあり、異変のある木々は一列に並んでユーリたちの前に広がっている。


 多分、これが空間歪曲現象の境界だ。

 となれば、この境界の中心となる木に…………。


「…………あった」


 木の幹に手を伸ばすと、目当てのものが見つかった。

 歯車が入った掌サイズの水晶。やはりこれが空間歪曲現象の元凶か。


「見たところ、妾たちを閉じ込めたものと同じ装置じゃな」


「ああ。……まだ違和感が残ってるな。多分、他の場所にも仕掛けられているはずだ。この際だから全部回収しておこう」


 拠点をぐるりと囲むように空間歪曲現象が起きているなら、装置は三つか四つくらい仕掛けられている可能性がある。そこまで数があるなら、一個くらいは破壊せず研究用に持ち帰ってもいいかもしれない。


「――ユーリッ!!」


 マオの叫びを聞いた瞬間、ユーリは反射的に剣を抜いた。

 根拠はない。だがマオの余裕のない声を聞いて、ユーリは自分が攻撃されていると確信した。振り返ると同時に剣を縦に構え、防御の姿勢を取る。


 金属のぶつかり合う強烈な音が響いた。

 首筋を狙った正確な太刀筋。あと一瞬でも遅れていたら、今頃死んでいただろう。


「………………は?」


 剣を振るっていた襲撃者を見て、ユーリは目を見開いた。

 有り得ない。だが、どれだけ脳が否定しても目の前の現実が物語る。


「何を、やってるんだ…………………………ガレス?」


 騎士ガレスは、殺意を込めた瞳でユーリを睨んでいた。


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