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 ガレスたちと別れた後、ユーリとマオはすぐ目的地に向かった。

 第七遠征隊の隊員たちは現在、拠点付近に閉じ込められている。その現象を解明するべく二人が向かったのは――――。


「――これが千年前に建てられた塔か」


「この男、脇目も振らずに寄り道したのじゃ」


 なんだか矛盾してそうな一言をマオは言い放った。


「しかし……ふむ、この辺りにある石はよい建材になるのう。上手く使えば第七遠征隊の拠点を進化させられそうじゃ」


「お前も寄り道する気満々じゃねーか」


 拠点ソムリエのマオは、42点の拠点を放置しない。既に自分の手であの拠点を改造するのは決定事項のようだった。


 塔は剥き出しになった山肌の傍に屹立していた。その山肌に黒い鉱石のようなものが交じっている。マオがその鉱石に手を伸ばすと、鉱石が青白い結晶に包まれ、次の瞬間に消えた。ああして《創造》に使う材料を補充しているようだ。


「お主と二人きりなら、妾も気を抜いてよさそうじゃな」


 マオの全身を青白い結晶が覆い、剥がれ落ちる。

 本来の姿である角の生えたマオを見て、ユーリは小さく頷いた。


「俺としては、そっちの方が馴染むな」


「む……お主、そういう性癖じゃったか。確かに人間の中には、妾たち魔族のように角の生えた女子や、尻尾の生えた女子に欲情する者もいると聞いたことあるが……」


「性癖の話じゃねーよ。前世でそっちの姿の方が見慣れてたから、落ち着くってだけだ」


「なんじゃ、そういう意味か」


 マオは安堵の息を零した。


「実際、いつまで隠し通せるかは微妙なところじゃのう。本気を出すにはこの姿になるしかないし……」


 そんなことを呟くマオに対し、ユーリはふと疑問を抱いた。


「マオ、その変装は権能じゃないのか?」


「実は妾もそれが気になっておった。妾は変装のつもりじゃったが、この力を使うと何故か《輪廻転生》の方が反応するのじゃ。頭の中で声がそう告げておった」


 それは妙な話だ。

 変装と《輪廻転生》は別物のように感じるが……いや、《輪廻転生》は生まれ変わりの能力だ。変装と意味は近いのかもしれない。


「その変装する力、どうやって習得したんだ?」


「先代魔王に教えてもらった。妾には生まれつき、こういう力が使えると」


 それだけ言って、マオは沈黙した。

 マオ自身、己の境遇に並々ならぬ疑問を感じているのかもしれない。……いや違う。コイツ目の前の石材に夢中になっているだけだ。話に応じているフリして、ずっとキラキラした瞳を鉱石たちに向けている。


「……塔の中を見てくる。マオはどうする?」


「妾はここで石材を調達するのじゃ。ふふふ……あの拠点、どう改築してやろうか」


 予想していた返事を聞き、ユーリは一人で塔に入った。




 ◆




 塔の中には何体か魔獣がいた。


「ほっ」


 骨の兵士たちが迫り来る中、ユーリは容易くそれらの胴を切断して倒していく。

 カランと音を立てて床に転がった人骨を見て、ユーリは「うーん」と悩んだ。


(食糧不足とのことだが……こいつらは出汁にでもなるのか?)


 この骨は持ち帰った方がいいのだろうか?

 悩んだ末、合流時にガレスが骨の魔獣を持ち帰らなかったことを思い出し、放置することにした。


「おっと」


 中心にある螺旋階段を上り、二階に出ると無数の骨の兵士が現れた。

 適当に倒していくが、ガレスが逃がしたという骨の兵士と比べると動きが緩慢で脅威には感じない。だが戦ううちに、この骨の兵士は動きに個体差があると分かる。子供のように乱雑に拳をぶつけてくる兵士もいれば、武器の心得がある兵士もいた。


(〝魔獣殺し〟の権能……《魔獣特攻》だったか。ちゃんと発動してるな)


 いつもより力が湧くこの状況を、ユーリは客観的に分析した。

 通常時と比べて身体能力が高くなっている。ガレスが言うには15%の向上だ。なかなか大きい。


 塔の三階に上がると、大きな部屋に出た。

 骨の兵士たちは相変わらず群れている。だが何より目を引いたのは、壁一面に描かれた不思議な壁画だ。ほとんどが汚れ、砕け、剥がれ落ちており、絵の全貌を把握することはできそうにないが、この部屋には確実に何かがあったのだと本能が訴える。


「そうそう……こういう場所を冒険したかったんだよなぁ……!!」


 謎の壁画。不思議な部屋。

 千年前に建てられたという塔。

 この部屋では、かつて何が行われたというのか。


「――《斬撃》ッ!!」


 振るった剣から三日月状の衝撃波が放たれる。

 骨の兵士たちは一斉に切断され、床に倒れた。


(いいね、空の宝座。効果はマオの予想通り、範囲の拡張っぽいな)


 通常の《斬撃》では、ここまで広範囲を攻撃することはできない。

 明らかに射程が伸びている。

 本気を出せば――もっと遠くまで届きそうだ。


(権能の使い方も、分かってきた)


 権能には、常時発動型と任意のタイミングで発動できるものがある。前者はたとえば《魔獣特攻》、後者はたとえば《斬撃》だ。


 任意のタイミングで発動できる権能は、念じることによって効果を発揮する。

 念じさえすれば、()()()()()()()()()()という点が重要だ。


 今までは無意識下で斬撃を放っており、正直どのような理屈で効果を発揮するか分からなかった。だから毎回、過剰に念じて斬撃を放っており、集中力の摩耗が激しかった。万一、発動に失敗したら窮地に立たされるため毎回必死に念じていたのだ。


 しかし、資格や権能という仕組みを聞いて、なんとなく感じたことがある。

 権能とは、個人の技量ではなく、()()()()()


 宙に放った果実が地面に落ちるように、権能とは念じれば自動的に発動するもの。

 ならば――――。


「………………《明鏡止水》」


 言葉にして念じるのが一番確実な気がした。

 瞬間、ユーリの視界が白黒に染まる。


 雑念を消した極限の集中。

 その状態に――念じるだけで入れた。


 なんと便利なことか。思わず唇で弧を描く。一度権能を獲得さえすれば、あとは念じるだけでいつでも力を発揮できるようだ。


 恐らく、これが本来の戦い方なのだろう。

 権能は複数手に入る。その一つ一つに煩雑な発動手順があれば使いこなせるわけもない。だから、念じるだけで瞬時に権能を切り替え、或いは組み合わせて戦略に練り込む。資格とは、権能とは、そういう戦い方を前提とした力のような気がした。


 骨の兵士たちを殲滅したユーリは、改めて部屋の壁を見る。

 全部で三つの絵が描かれているが、それぞれ半壊しており何を表わしているのか分からない。左の絵は球体のようなものが、真ん中の絵は二つの輪っかのようなものが、そして三つ目には……波のようなものが描かれている。それ以上の情報は、ユーリでは得られなかった。


(図形、道具、乗り物……全部バラバラの要素だな。……頭使う系はマオに任せた方がいいか)


 見たところマオは考察が好きな性分をしている。

 ならばこの世界の考察はマオにある程度任せるとして、自分は彼女の考察を進めるための手がかりを入手しよう。そう思い、ユーリは塔の最上階へ向かった。


 最上階はもぬけの殻だった。正確には机や棚などはあったようだが、風化して無惨な骸と化している。周囲を警戒しながら歩いてみると、床に散らばる木片を踏んだが、音すら立てることなく砂のように形を崩した。


(ガレスも何も残っていないと言っていたし、この辺りで終わっておくか……?)


 骨の兵士もいないし、やることは特になさそうだ。

 細長い廊下が正面に続いており、そこを軽く見てから帰ると決める。


 廊下の両端には扉が幾つかあった。いずれも解放されており、中には何もない。足跡があるから多分ガレスたち第七遠征隊が調査をした後なのだろう。


 廊下の突き当たりにも扉があった。

 この扉だけ開いていない。そういえば、ガレスが「資格がないと言われて開かない扉がある」と語っていたが……。


【宝座の権限を行使します】


「お?」


 頭に声が聞こえると同時に、目の前の扉が開いた。

 ユーリは部屋に入る。

 直後、刃が頬を掠めた。


「――ッ!?」


 剣? レイピア? 違う――槍だ。

 次いで横薙ぎに振るわれた槍を、ユーリは屈んで避ける。

 そして敵の姿を把握した。槍を握った骨の兵士だった。


 ――《明鏡止水》。


 恐らく、ガレスと合流する直前に戦った個体と同程度の強さだろう。だが順調に権能を使いこなしつつあるユーリは、焦ることなく、逃げる必要もないと判断し、極限の集中に身を沈めた。


 次に槍が突かれるよりも早く、ユーリは兵士の懐に潜り込んで剣を振るった。

 足を斬り、体勢を崩したところで首を斬る。


「まだ動けるよな」


 骨の兵士は胴を斬らねば活動を停止しない。

 最後にもう一度だけ槍を振るおうとした兵士に対し、ユーリは油断することなく胴を斬った。


 ふぅ、と一息つく。

 骨の兵士とも戦い慣れてきたな、なんて思っていると、足元に転がった兵士の頭蓋がカタカタと音を鳴らした。


『ぁ……ア、ルザス…………』


 頭蓋が、掠れた声を響かせる。


『アル、ザスに…………栄光、あれ…………』


 骨の兵士はそう言って、床に倒れた。

 虚ろな眼窩からは、もう一筋の光すら感じない。


【〝祈祷師〟を獲得しました】


 頭の中から声が聞こえた。


「……えっ、こわっ」


 最後に聞こえた兵士の呻き声と言い……。

 それを倒したことで資格が手に入ることと言い……。

 不気味なものを感じて険しい顔をしたユーリは、部屋の中を散策してみる。扉がずっと閉まっていたなら保存状態もいいかと思ったが、外に面した壁に微かな隙間があり、空気の出入りが中の物体を摩耗させていた。


「なんだこれ……文書か?」


 テーブルの上に紙束がある。

 全部で四枚。サイズは同じ。全く読めない字で書かれているが、何かの手がかりにはなりそうだ。


 文書を手に取ったユーリは、塔の外まで出た。

 そして、未だに鉱石に霧中になっているマオへ声をかけた。


「マオ」


「待て、待つのじゃ。こっちの石の方が研磨すればいい輝きになる……しかし建物の素材に使うなら、こっちの方が頑丈で……」


「どっちも持って帰ればいいだろ」


 一気に持って帰れないなら、また来ればいいだけだ。

 二つの鉱石を手に持って悩んでいるマオは、ユーリの一言に「……確かに」と納得した。


「収穫が三つあったぞ」


「ふむ、それぞれ聞くのじゃ」


「一つは新しい資格を手に入れた」


「……資格って、そんなほいほい手に入るものなのじゃ?」


「かなりイレギュラーな感じだったし、今回のはレアケースだろうな」


 後でガレスに〝祈祷師〟の権能について知らないか尋ねよう。


「二つ目、妙な壁画を発見した。でもこれは目立つ位置にあったし、ガレスたちも発見しているはずだ。向こうの方が先に研究してそうだから、それを共有してもらった方がいいと思う」


「む……分かったのじゃ。ちょっと気になるが我慢しよう」


 最後に、三つ目。

 ユーリはその手に持つ紙束をマオに見せた。


「最後は、この紙束だ」


「……ほぉ。ガレスは何も残っていないと言っておったが、どこにあったんじゃ?」


「開かないと言われていた扉が、宝座に反応して開いた」


 ユーリの言葉を聞いて、マオは神妙な顔で考え出した。


「やはり資格というのは、文字通り何らかの権限を持つ肩書きのようじゃのう。恐らくこの大陸では、特定の資格がなければ入場できない空間があるとみた。それも一つではなく複数じゃ」


「複数って言うと、この塔だけが特別ではないってことか?」


 マオは首を縦に振る。


「この塔が千年前に建てられたものだとしたら、この大陸に妾たちが知らぬ古代文明が栄えていたことになる。つまりここには文明があったわけじゃな」


 理路整然と説明するマオに、ユーリはふむふむと頷いた。

 やはり考察はマオに任せてよかったと確信する。


「妾は、その文明の中核となった仕組みこそが資格だと考えておる」


「根拠は?」


「能力の管理だけでよいなら権能という仕組みだけで充分なはずじゃ。資格の存在意義が分からぬ」


 確かに……。

 資格と権能、二つの要素には密接な繋がりこそあるものの、それぞれ別の概念として存在している。正直それぞれを別物として管理するのはちょっと面倒だし、覚えるのも大変だった。


「多分、古代文明において資格はこういう使われ方をしたんじゃろう。……お~~い! 危険な魔獣が出たから〝魔獣討ち〟を五人くらい集めてくれ~~! 〝魔獣狩り〟なら十人くらい必要だ~~!!」


「分かりやすいな」


「じゃろう? なかなか便利な仕組みじゃ」


 いや、分かりやすいと評価したのはマオの説明なのだが……まあいいや、とユーリは流すことにした。


「ここまで便利な仕組みを応用しない手はないじゃろう。〝剣士〟だけが入れる部屋や、〝魔獣狩り〟にしか触れられぬ書物などがあるかもしれぬ。資格とは言わば、肩書きであり、()のようなものじゃな」


 資格は鍵の機能も持つ。

 ならば、ユーリが塔の最奥にあった扉を開いたのは――。


「……宝座も資格の一つってことか」


「うむ。それも恐らく、かなり高位のものじゃ」


 ガレスたちは扉が開かないと言っていた。その扉を開くことができた以上、宝座はガレスたちが持つどの資格よりも上位の権限を持つ鍵だと分かる。


 だが、ユーリはそれだけではない気がした。

 宝座にはまだ何かが秘められている。そんな予感がする。


(なーんか……宝座だけ、他の仕組みと独立している気がするんだよなぁ)


 資格と権能。この二つに対し、宝座の性能はそう単純ではなさそうだ。

 それに塔の内側に描かれていた壁画。あれもまだ知らぬ要素である。


「寄り道してよかったな。大収穫だ」


「お主……ちゃんと寄り道の自覚があったのか……」


 当たり前である。

 塔に寄ったのはあくまでユーリの好奇心が抑えられなかったから。

 そろそろ当初の目的を果たすべきだろう。


「さて、じゃあ例の閉じ込められている現象について調べてみるか」


「うむ。海岸に向かうのじゃ」


 塔から離れ、第八遠征隊の皆が待つ海岸まで向かう。

 この辺りはガレスと一緒に歩いた場所だ。そのため迷うことはない。はずだが――。


「……あれ? なんで目の前に塔が見えるんだ?」


「お主が方向音痴になるなんて珍しいこともあるものじゃな。次は妾が先導しよう」


 いつの間にか塔まで戻ってきてしまった。

 次はマオが先導して海岸まで向かうが――。


「………………のじゃぁ?」


 またしても塔に戻ってきた。


「これは、あれか」


「恐らくそういうことじゃな」


 ユーリたちは、この状況を察する。


「俺たち、閉じ込められたのか」


 小屋の扉を抜けたら、小屋の中に戻ってくる。

 ガレスの言っていた意味がよく分かった。


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