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 森には未知の生物が数多く潜んでいた。

 そもそも木の種類が既知のものではないのかもしれない。植物学には詳しくないため確信は持てないが、葉の形が独特で、かつていた大陸では見たことのないものだとユーリは感じた。


 樹木が違えば、そこに棲息する昆虫も違う。長い翅を震わせながら飛来する青い甲虫を、ユーリは掌で軽く払いながら先へ進んだ。


「魔獣だ」


 いち早くユーリが気づき、次いで仲間たちが戦闘の準備をした。

 戦闘に参加できないミルエが一歩下がる。反対に、レイドは血気盛んな様子で鞘から剣を抜き、魔獣と睨み合った。船上で戦った時は実戦経験が少なそうだと思ったが、この有り余る気迫は長所と成り得るだろう。


「なんじゃ、あれは。猿か?」


「……尾の先端が刃物みたいになってるな。尻尾の動きに気をつけるぞ」


 四匹の猿みたいな魔獣が、枝の上から飛び降りて襲い掛かってきた。

 猿が着地するよりも早くユーリは剣を振るい二匹斬り伏せる。同時にマオが砲弾を創って放ち、一匹を吹っ飛ばした。


「ふんッ!!」


 残りの一匹はレイドが仕留める。

 問題なく一太刀で倒せたようだ。……念のため強そうな個体は先に倒しておいたが、魔獣の動きを正しく見切っていたし、要らぬ気遣いだったかもしれない。


(……悪くないバランスだな)


 前衛はユーリとレイドの二人。後衛はマオとミルエの二人。ミルエは戦闘能力こそないが治療に長けるため、全員の継戦能力を底上げしてくれる。

 ロジールの人選は見事としか言いようがない。改めて、彼が隊長でよかったとユーリは思った。


 そのまま進むと、地面が少しずつ坂になった。

 この森は山と隣接している。本格的に山を登るわけではないが、第七遠征隊の拠点は山の麓にあるため海岸からは少し登らなくてはならない。


「ふぅ……ふぅ……っ」


 ミルエが肩で息をしていた。レイドも呼吸が乱れている。

 二人の様子を見たユーリは、斬撃を飛ばし、ミルエたちの邪魔になりそうな茂みや木の枝を次々刈り取った。マオも地面に階段を創って、ミルエたちに歩きやすい道を用意する。


「ゆっくりでいいぞ。この辺りに魔獣の気配はない」


 二人のためにも少しペースを落とす。

 すると、マオが話しかけてきた。


「遠征隊の選抜試験を首席合格だと言っておったが、つまりお主が隊の中で一番優秀なのか?」


「何を以て優秀とするかによるな。政治は隊長の方が得意だし、医療は本職のミルエには敵わないが……戦闘に関しては多分、俺が一番だ」


 多分と言葉を濁したのは、別に謙遜のためではなく、誰かが実力を隠している可能性を否定できないからだった。もっとも、否定できないだけでその可能性を信じているわけではないが。


「でも、これから合流しようとしている第七遠征隊には、俺が何回挑んでも勝てなかった奴がいるぞ」


「……お主が勝てなかった相手じゃと? それは本当に人間か?」


「過大評価し過ぎだ。……まあ、最後に手合わせしたのが二年前で、今より背も低かったからなぁ」


 今と比べると、本来の力は発揮できなかった頃だ。

 だが、今なら絶対に勝てるかと問われると、肯定はできない。

 そのくらい、あの男は強かった。


「多分、お前んとこの四天王と同格だ」


「む……妾の四天王は選りすぐりの戦士たちじゃぞ? そう簡単に並ばれはせんはずじゃ」


「つい最近、主君のお前が手も足も出ない化け物と遭遇したばかりだろ」


「のじゃぁ……」


 マオが嘆いた。

 世界の広さを知った今、己の中にある物差しは無用の長物と化している。


「おっ」


 ふとユーリが声を零す。

 その視線の先には、木々の少ない開けた場所があった。


「なあ、ちょっとあっち行ってみようぜ」


「え? でもユーリさん、地図によるとここは真っ直ぐ進むべきじゃ……」


「いいからいいから」


 大して時間を取るわけでもない。

 大丈夫だと言うユーリに、今度はレイドが声を荒げた。


「おい、野蛮人! 僕は寄り道なんかしないぞ!」


「いいから来てみろって。多分、後悔はしないからさ」


 そう言って予定とは違う道を進むユーリに、他三人は首を傾げながらついて行った。

 茂みを掻き分けた先。吹き抜ける風に髪を揺らされながら、ユーリは眼下の景色を見た。


 思っていたよりも登っていたみたいだ。

 ユーリたちの正面には、美しい海原の景色が広がっていた。


「………………綺麗」


 ミルエが小さく呟く。

 空は快晴。陽に照らされた海原は青く輝いていた。砂浜は眩いほど白く、打ち寄せる波を見ていると潮の香りを思い出す。


「これが、お主の見たかった景色か?」


「ああ。いい景色だろ?」


「……確かに、悪くないのぉ」


 マオが景色に見とれて微笑む。

 初めにユーリは言った。冒険がしたいと。それは即ち、色んな景色を見てみたいという意味だと。


「目的ばっかり見てたらさ、息苦しいと思うんだ。だから偶にはこういうことをしようぜ。何があるか分からない新大陸だからこそな」


 いつ死ぬか分からない状況だからこそ、悔いのない選択を続けたい。見たいものは見たいし、食べたいものは食べるし、出会いたい人と出会う。


 それは決して息抜きではない。不思議な話だが、確かに己の血肉となるのだ。

 大事なものしか見ていないと、大事なものが残らないことがある。


 元来、ユーリはこういう性格だった。だが前世では女神の操り人形となり、魔王を討つことしか考えられない人生を送った。その虚しさは今も鮮明に覚えている。剣を握るだけの日々に、ユーリはついぞ価値を見出せずにいた。


 レイドの方を見ると、口を開いたまま眼下の大海原を眺めていた。

 壮大な海を見ていると、なんだか全ての悩み事がどうでもよくなってくる。


「後悔しなかっただろ?」


「べ、別に、僕は何とも思ってない!!」


 明らかな照れ隠しだったが、指摘するのも野暮なので無視した。


「じゃあ、そろそろ目的地に向かうか」


 一通り絶景を満喫したところで、移動を始めようとする。

 しかしマオが動かなかった。何をしているのか見てみると、いつの間にか創造した紙に何かを記入している。


「マオ、何してるんだ?」


「ここはいい場所じゃから、後で拠点を創りに来ようと思ってのぉ」


 位置情報をメモしているらしい。

 マオは有言実行していた。――お主が見つけた土地に、妾が拠点を立ててやろう。そういえばそんなことを言っていたなと思い出し、ユーリは軽く笑う。


 メモを終えたマオと共に、第七遠征隊の拠点へ向かう。

 その途中――微かに、違和感を覚えた。


「ん?」


 ユーリは立ち止まり、周囲を見渡した。

 妙な感覚だ。乗り物酔いを薄めたような……ほんの一瞬だけ前後不覚になったような、違和感。


「マオ、何か感じなかったか?」


「何も感じなかったが……お主が感じたというなら、確実に何かあるんじゃろうな」


 マオは杖を握り、戦闘の準備をした。

 場に漂う緊張感からか、レイドとミルエが固唾を呑んだのが分かった。


「何かがこっちに近づいてくる」


 レイドが慌てて剣を抜いた。

 陣形を整えるか? いや――。


 ――疾い。


 レイドでは手に余る。マオの権能では間に合わない。

 己一人で処理するしかない。そう判断したユーリは、まばたきよりも速く覚悟を決め、斬撃を放った。


 接近する何かと斬撃が衝突する。

 敵の正体は――剣を構えた人骨だった。


「なんだこいつ!? ほ、骨……ッ!?」


 レイドの驚愕を他所に、ユーリは立て続けに剣を振り下ろす。

 人骨の魔獣は、まるでユーリの剣筋を読んでいるかのように紙一重で回避した。……やはり疾い。それに先程の斬撃で倒せなかった辺り、かなり硬いようだ。


 もっと、研ぎ澄まさねばならない。

 ユーリは攻めの手を止め、迎撃の姿勢を取った。人骨はその誘いに乗り、恐ろしい速度で切上げてくる。


「そこ――」


 風を斬る音と共に、ユーリは剣を振るった。

 人骨の目にも留まらぬ切上げに対し、ユーリはその腕を狙って袈裟斬りを繰り出す。敵が速ければその速さを利用すればいい。跳ね上がった相対速度はユーリが放つ刃に味方し、人骨の剣を持つ腕が斬り落とされた。


 反撃の芽を摘めば、力を溜められる。

 足を大きく開き、剣を掲げ、ユーリは全体重を乗せて剣を振るった。

 人骨が、縦に一刀両断された。


「……ふぅ」


 他に魔獣の気配はない。

 ユーリは剣を鞘に納め、一息ついた。


(……さっきの違和感とは別物か?)


 妙な違和感を覚えた直後にこの魔獣が現れたため、両者は関連があると思っていたが、いざ戦ってみれば何も関連は見えない。


「な、なんだ……大袈裟に構えていたわりには一瞬で片が付いたな」


 各々が肩の力を抜く中、レイドが乾いた笑いと共に言った。

 その態度に、マオが「ふむ」と小さく声を零す。


「お主はもう少し観察眼を磨いた方がいいのぉ。今の戦闘の密度に気づかぬようじゃ、まだまだじゃ」


「なっ!? ぼ、僕が未熟だと言いたいのか!!」


「自分でも分かっておるじゃろ」


 マオは真面目な顔で言う。


「お主は、素人にしては随分やる方じゃよ。その自尊心から察するに、元いた大陸では優等生だったはずじゃ。貴族の長男なら将来も嘱望されていたじゃろう」


 図星だったのか、レイドは沈黙する。


「しかしこの新大陸では、生半可な実力は通用せんようじゃ。生き残るためにも、その事実は認めばならぬ。お主も、妾も……この地に足を踏み入れた全員がな」


 レイドの発言に、ユーリは大した感想を抱かなかった。だがマオは丁度いい機会だと判断し、真剣な話をした。


 この話は必要なものだったと思う。

 どれだけ強靱な生き物も、環境の変化には抗う術がない。適応するには、己の惰弱さを認めることが重要だ。ユーリとマオは、九頭の大蛇と相対した時にその儀式を終えていた。


「誰かがこっちに来ているな」


 重たい沈黙を破ったのは、そんなユーリの呟きだった。


「魔獣か?」


「いや、多分……客だな」


 人であることは間違いないから()()と言ったのだ。

 しばらく待ち構えていると、正面から白銀の軽装鎧を纏った男が現れる。


「取り逃がしたと思い、焦って来てみれば…………」


 その男とユーリは、長い間視線を交錯させた。

 筋骨隆々の肉体。その身に纏う重たい空気。ユーリにとって、とても見覚えのある男だ。


「久しぶりだな、ガレス」


「……ああ。久しぶりだな、ユーリ」


 第七遠征隊の隊長。

 騎士ガレスは、安堵の息を零して笑った。



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