日付不明 決戦の火蓋とか
春の日の夜はまだ肌寒い。
普段ならば眠らない日の夜だからか、なかなか眠れない二人は縁側に並んで座り、ただ夜空を眺めていた。
彼らはその夜に到るまで、至極穏やかに時間は過ぎていた。朝は揃って起きられなかったが、昼には一緒に食事をとったし、下の街に買い物に行ったり、夜は出来合いの惣菜を余るほど買って、ちょっとしたパーティーのような様相だった。
腹を満たして、吸血鬼は今日は風呂に入らないと言ったから狩人はそれを許容して、眠れないから縁側に二人して腰かけてぴったり寄り添って、ただ手を繋いでいた。
普段の様子からは少し、違和感は嗅ぎ取れない程度に、口数少なくはあったような気がした。
「なんてことないんだよ。運命っていうけどさ。一緒にいるだけですごく楽しいし。きっとこういうのが幸せって言うんだろうなって、思えるんだ」
狩人はぎゅっと絡めた手を握る。存在を確かめるように、吸血鬼のいる方を見る。
変わらず可愛らしいまるい黄金色の目が見返していた。
「僕は君と一緒に居るのが幸せなんだ。離れている間はすごく、寂しかったから。きっと」
「俺はそうじゃない」
珍しく真面目な声色で、吸血鬼は頬を摺り寄せた。仲のいい猫がするようにして、それからまた、耳元で内緒話をするように囁く。
「俺は幸せじゃなかったよ」
膝の上に乗り向かい合うように座り、情事の前のように首に縋り抱き着いて、吸血鬼はふたたび強調するように言う。
「俺は理人といて幸せだったことなんて無い」
冷たい身体が離れる。手のひらを首に宛がう。吸血鬼の細い指がやさしく触れ、殺す練習をするように狩人の首を締め付ける。本気で殺すためとは思えないほどか弱く爪を立て、引き裂く練習をするように慎重に、指を動かし跡を付ける。
殺されてはたまらないので、狩人は吸血鬼の手首を握って止めた。
直ぐにでもへし折れそうな細い手首だ。真冬の鉄のように冷たい。
「シャンジュ、泣かないでよ」
「理人なんて好きじゃない」
「どうして泣いてるんだよ……」
ぐっと押し入れた親指に咳き込みかける。狩人は自分の首を絞める腕を力づくに解き、吸血鬼に問いかける。
「僕を殺すなら笑って食べて。出来ないなら僕は死なない」
「理人!」
吸血鬼の腕が獣のように変貌する。いよいよぐっと力を籠め、今度こそ本当に首を裂きかける。手首を捻って狩人の身体を投げ飛ばす。吸血鬼は掴まれた手ごと一緒に庭に倒れ込む。
泣きじゃくって泥まみれの顔に、再び夜を超えて、もう一度一緒にいようと吼えた。