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吸血鬼狩人、宿敵と同居する  作者: せいいち
日付不明 二年目
98/104

日付不明 あなたに似合う靴を買おう

 狩人がミカジロ邸に来たばかりのときだった。

「靴がボロボロだ」

 玄関先に置かれた吸血鬼の靴は、最早元の色がわからなくなるくらい灰色に色褪せていた。日の当たらないところだけは何らかの色の痕跡があるが、触りたくないほど汚く、臭い。人差し指と親指で摘まんで裏返せば、真っ平らな白いクッションに小さな石ころがくっついていた。指ではじくとクッションはだんだんと元の形に戻っていったが、完全には元に戻らず、凹みを残していた。

「シャンジュ、新しい靴を買いに行こう」

 どうして今までボロボロだということに気が付かなかったのだろう、と狩人は考える。三〇六号室の玄関は薄暗かったが、この家はそれ以上に薄暗い。今靴を見るあては、玄関の引き戸のガラスから漏れる外の光だけだった。

 自分と共に居なかったおよそ一か月で、これほどに彼は靴をボロボロにできたのだ。

「いいよ」

 と吸血鬼が玄関を覗き込み、狩人に軽い返事をした翌日。

 彼らは共に最寄りのショッピングモールにいた。いつもの買い物のついでだった。

「その靴、元の色は何色だったんだ」

「灰色だよ。多分。俺が履いた時から綺麗な灰色じゃなかったけどな。ところどころに色も付いてた。足が入ったし、気に入ったから一年履いてたんだ」

 それで今履いている埃のような色に見えたのだ。彼はこの靴を多分人からを奪って、あるいは譲り受けてきたのだろう。もともとの持ち主はきっと、碌な目に遭っていないだろう。吸血鬼と屋根を共にしたのだから。

 吸血鬼にとっては共に海を渡り、コンクリートジャングル含む野山を駆けた戦友である。その戦友にももはや寿命がきていた。最近は足が地面を上手く掴めず、何もないところですっ転びそうになることさえあった。何もかも底の磨り減った靴のせいだった。狩人に指摘されて気が付いた。

 ショッピングモールには靴を売っている店がいくつかあった。吸血鬼は歩きやすい靴がいいと言ったので、店選びは難航しなかった。靴をファッションの一つとみなし、登山には向かないデザインで作っているブランドの何と多いことか。

「これがいい」

 吸血鬼は靴専門店で黄色いスニーカーを手に取った。店に入って一分足らずの出来事だった。何の変哲もない黄色のスニーカーで、しいて言うなら少々赤みがかって向日葵色。サイズは今履いているものと同じくらいに見えた。勿論ピカピカの新品だった。

「ちゃんと試着しなよ」

「俺が吸血鬼だってこと知ってるか? 理想人体への変身で靴擦れを知らない身体になれる」

「それでも試着はしなよ。実際に履いてみないと、幅とか履き心地とかわからないんじゃないか」

 それもそうか、と吸血鬼は古い靴を脱ぎ、黄色いスニーカーに足を入れた。

「うん。いい感じ」

 立ち上がり、吸血鬼は爪先をかるくとんとんと地面に打ち付けて、タグが付いた靴で数歩歩いた。普段あまり見られる表情ではないので、狩人は吸血鬼のこのような顔を見るのが大好きだった。

 他の靴はもう目に入らなかった。狩人は最初に目に留まり、手にした黄色いスニーカーを買うことにした。「そのまま履いて行かれますか」という店員の問いに、吸血鬼は「はい」と答えた。余程気に入ったらしい。にこやかで、この上なくご機嫌だった。

「うん、いい感じ」

 吸血鬼は店を出て再び言った。古い靴を新しい靴が入っていた箱に入れて持ち帰る。吸血鬼は浮足立っていた。日常の買い物がまだ残っていた。

「よかった」

「何が?」

「その靴、何がお気に入りだったの?」

「いい感じの黄色なとこ」

「それだけ?」

「それだけだけど。今日の晩飯、何かリクエストある?」

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