日付不明 エンゲージリング
「とりあえずは、これで」
と、日の翳ってきた縁側に並んで座り、狩人は吸血鬼の左手を取って、薬指に指輪を嵌める。サイズは吸血鬼の細い指に比べ緩く作ったはずだが、必死の抵抗のせいで第二関節までは嵌らなかった。
外見はベコベコに歪んでいるが、内側は指輪らしく滑らかな円形で装着には支障ない。手作り感あふれる銀色の指輪である。台座らしき大きな平らにはペケが刻まれて、なるほど、これが不愉快の根源であったらしいと吸血鬼は嘆息する。
「何これ。銀?」
吸血鬼が指輪をよく見るために手を目の前にやると、いともたやすく第二関節をすり抜けて指の隙間に落ちて来る。これに吸血鬼はちょっと唇を尖らせて、それでも指輪をけなすためによく目を凝らした。
「たまに君はとても可愛らしいよな」
「嘘つけ、いつも可愛いんだろ」
「それは、まあ、そうだけど。フィギュア作るときに買った、もののついでだ。後でもっとちゃんとしたものを用意する」
ベコベコに見えた凹凸に規則性はまったく見えない。手作りの指輪など贈る可愛らしくいじらしいその心がけは買うが、台のペケ、十字というべきこれは、吸血鬼にはどうにも不愉快だ。
「へえ。薬指に嵌めたってことはエンゲージリングなんだろ。ねちっこくて強権的で、お前らしい出来だな」
出来の悪い指輪をじっくり眺めた後、吸血鬼はゆっくり視線を狩人の目にやる。いつでも真っ直ぐこちらを見つめる、すみれ色の目だ。
「それで。ついで。この俺に用意するエンゲージリングをついでと言ったか。おれにそんなツンデレかますとは、理人くんも可愛くなったじゃない」
「本当についでなんだ。悪いけど。思い付きでやった。だから、後でもっといいのを一緒に買おう。僕の分までは作れなかったし。見ての通りあまり、いいセンスじゃないだろ。マリッジリングはまた今度」
「ふーん」
吸血鬼は指輪を外し、ポイ、と草むらに投げ捨てる。そして何がおかしいのか、ゲタゲタ笑った。
「探してきて」
「ヤだねっ」
狩人は立ち上がると、すたすた歩いて草むらの中で迷いもせず手を伸ばし指輪を拾ってきた。狩人はこれでも探し物と追跡は得意分野で、投げた人間と投げられた場所がわかっているこれは、いままでやってきたどんな探し物よりも簡単だった。
「嫌みなやつ!」
「付ける付けないも君の自由だ」
吸血鬼の手に指輪を握らせる。自分と比べ筋肉質で柔らかい手だ、と吸血鬼は思う。
「でも捨てないで。お願いだから」
真っ直ぐ見つめるすみれ色の目に翳る日のオレンジ色が照り返る。吸血鬼は気まずそうに地面のほうへ目を反らす。
「わかったよ。大事にしとく」
骨ばった細い手の中、銀色の指輪だけがあたたかかった。
吸血鬼は改めて指輪を眺めてから、さっさと口の中に放り込んでごくん、と咽喉を鳴らした。指輪一つ分の膨らみが鎖骨の間を通り抜け、胴の中に落ちていった。
「こら! ペッして! ペッ!」
「もう飲んじゃったもんね。これで永遠に一緒だ」
ぺろりと悪戯っぽく舌を出し、そろそろ飯の準備をしよう、と吸血鬼は縁側から立った。腹の具合は悪かった。




